#25 要求Ⅲ
「おい! ゲオルグッ!! ボサっとしてねぇでクソ犬共を始末しやがれ!!」
名前を知らなかったので、ずっと騎士団長としか呼んでいなかったが、どうやらゲオルグという名前のようだ。
そのゲオルグだが、国王から尻を叩かれても微動だにしない。
「国王、私は騎士団長のみならず、騎士団そのものを、本日をもって解任となっております」
「あ!? それがどうした!! 今日までは騎士団員だろうがっ!!」
「と申されましても、明日から仕える新しい主に刃を向けるのは、些か具合が悪いというものです」
「クソがっ!! どいつもこいつも!!」
ガシャン!!
王の間へ続く廊下の方で、ガラスが割れる音が響く。私兵の一人が様子を見に行くと、そこには、身体中の骨が粉砕され、信じられない方向に四肢が曲がりくねり息絶えている同僚の姿があった。
「城の敷地内は、何やら関係者以外の攻撃魔法の発動を妨害する仕掛けが施されていますね。
でもね、安心してはいけませんよ? 我が社の社員は鍛え上げていますから」
庭では、その言葉通りの状況が発生していたようだ。
男性幹部が無双するのは容易に想像出来るだろう。だが、その中で男顔負けの無双っぷりで、魔導師のルナが暴れ回っていたのだ。
「魔導師の女を先に血祭りに上げてやれ!」
数名の私兵に囲まれ、万事休すの ”はず” のルナを後目に、男性幹部は誰一人として助けに行こうとしない。
それは何故か?
「迂闊に近寄ると三途の川に落ちるわよ? 私のクリティカル率は90%以上!! 一撃で頭潰してやるんだからっ!!」
ルナは屋敷を出る時、こう言っていた。
『話が丸く収まったとしても、私兵は皆殺しにしてやるわ。私を怒らすとどうなるか、あんたらも覚えておきなさいよ? 私兵全員の ”タマ” もぎ取って、国王の前に並べてやるんだから』
本来、遠方で盗賊狩りをして発散するはずのストレスに、シャーロットとベルの件がプラスされ、相当危険な精神状態なのだ。下手に手出しして、後々因縁つけられるのを恐れているのだろう。
その証拠に、魔法媒体として使用する愛用のロッドから、直撃すれば唯では済まないだろう戦棍にチェンジしていた。
”あのさぁ…… 私達、華奢で見た目麗しい乙女だけど、何気に戦闘民族なんだよねぇ……”
昔、彼女がふと口にした言葉だ。
1つ、また1つと魔力反応が減っていく様が、自称戦闘民族は伊達ではないと、そう雄弁に物語っている。
「愉快ですねぇ。魔法は封印されているはずなのに、200名以上の戦力が、僅か数名に壊滅状態に追いやられている。
…… そして、その数名よりも強い代表取締役は、国王と相対している。
いつでも命を取れる距離でね」
「ま、待ってくれ! 聖女と護衛の件は謝る! 表の乱闘も見なかった事にする!」
「慰謝料を忘れてませんか?」
「すぐには用意出来ねぇんだ! 少しだけ待ってくれ!」
「シャーロット、どうしますか?」
「待ってくれっちゃうやろ!!待たへんわ!!」
「ふむ…… では、ルミナ。どう思いますか?」
ルミナは、黙ったまま国王になったばかりの青二才を睨みつけている。
その様子から、即取り立てるつもりなのは分かるが、本当に現金が無いのであればどうしようもない。
「どうやら、2人は待つことは出来ないようですが…… 私としては、待ってもいいと思っています」
私の言葉に、国王の顔は一瞬綻んだ。
傍に控えている私兵達も、外す事なく鋭い視線を浴びせて続けていたが、一瞬口元が緩む。
「冗談抜きに、すぐには用意出来ねぇんだ!1週間待ってくれりゃあ、必ずお前の屋敷まで持って行くからよ!!」
「しかし、 この件を帝国に告げ口されて、事を構えるような状況になるのも、そこの兵士に襲撃されるのも嫌なんですよね。恐らくB+が1名にB-が4名、背後から襲われれば対処しかねます」
「心配すんな! 俺がそんな事を考えてるように見えるかよ?」
「…… そうですか、では帰るとしましょう」
そう言うと、私は国王その他に背を向けた。
ルミナは何も言わないが、見るからに機嫌が悪そうで、そして明らかに落胆していた。
シャーロット然りだが、その落胆の原因は私だ。
(ライ、こんなにすんなり引き下がると思わなかったわ。本当にもういいの?)
(いいえ、良くありません)
(!?)
(ルミナはよく分かったと思いますが、彼は筋金入りの馬鹿ですし、何よりクズです。
見て分からない者には言っても分からないとは、何処かで聞いた言葉ですが、正にその通りなのです。
ですので、体に ”直接” 叩き込まねばなりません。
恐怖というものをね)
見ても分からない、言い聞かせてみても分かりそうにない。そんな者には、殴る蹴るが一番効果的だろう。
案の定、私兵の団長と思しき男から ”殺気” が滲み出た。
”生きて此処から出られる訳がねぇだろうがっ!!”
立ち去る我々の背中を見ながら、そんな事を思っていたのだろうが、国王の頭を冷やすかのように、その頭上には血の雨が振り注いだ。
「ヒィィッッ!!」
私は、愛用している大型のナイフを音速を超える速度で一振りし、国王の横に立っていた私兵団長と思しき男を斬首した。
俗に言う ”鎌鼬” だ。
「失礼、先程の話は冗談です。
私は、B+の雑魚に不意討ちされて殺られるようなボンクラではありません」
怯えきった国王を ”殲滅領域” に取り込むと、私は、彼の魂に落書きをしてやったのだ。
自殺不可
ストレス耐性極大
服従
これらを刻み込んでやった。
「さて、我々は帰りますが、生き残っている飼い犬は一人残らず処刑しておいて下さい。
今後の事は、金銭の受渡しの時にゆっくり話をしましょう」
「金貨200万枚もむしり取って、他にまだ要求すんのかよっ!!?」
「国王? 賢い勝者はね……
可能な限り、自分の要求を何度も分割して敗者に課すものです」
「なっ!!?」
「安心して下さい。使い所が無くなれば殺してあげますから」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
馬鹿な国王を矢面に立たせ、裏から国を操る。先代の国王には申し訳ないが、私には私の目的があるのだ。
「国王陛下。1週間後、オフィスでお待ちしていますよ? では」




