#24 要求Ⅱ
「おい! 何でボロ雑巾になったベルがルナと一緒に帰って来んだよ!!」
ルナの言っていた通り、これは大問題だ。
見た所、骨折や裂傷は粗方治療されているが、内蔵の損傷は治療しきれていない。
特に気になったのは、ベルの両手だ。
粉砕骨折した痕跡が見受けられる。明らかに拷問の痕だ。
「ルミナ、ベルの治療をお願いします」
ルミナに治療を任せ、ルナから状況を聞くことにした。
「街が遠くに見え始めた時よ。這いずりながら、こっちに来る ”何か” も見えたの。
それは、死にかけてるベルだったわ」
「「…………」」
「ライと遣り取りしている間、ベルと同期の子が横で懸命に治療をしてくれてたけど、内蔵の損傷が激しすぎて、ここまで持たないんじゃないかって心配したわ」
「近くにシャーロットは?」
「ベルだけよ。ベルは手紙を持たされてたわ」
ベルが持っていた手紙には、シャーロットが城の牢屋にぶち込まれている旨が書いてあった。
不敬罪だそうだ。
明日の午後に身柄を引き受けに来いと書いてある。つまり、シャーロットは殺されてはいないようだ。だが、来なければ明後日には処刑するとも書いてある。
「ライ、シャーロットを救出しに行くんだよな?」
「勿論です。しかし救出ではありません。身柄を引受に行くのです」
その時、部屋にルミナとベル、そして魔王ミアが入って来た。
流石は回復職の上位クラスだ。見事に治療が完了している。
「ベル! もう大丈夫なのか!?」
駆け寄るシドに、魔王ミアは言った。
「大丈夫よ。ルミナちゃんが治療して、ついでに私の魔力を少し分けてあげたから、ほぼ全快したわ」
魔王ミアの魔力恐るべし。今日は意識は戻らないと思っていたが、意識どころか体力も問題無く回復している。
我々は一先ず安心したが、テオだけは違ったようだ。
「おい、シド。てめぇがなぁなぁな訓練させてっから、こんな事になったんじゃねぇのか!?」
「あ? そんなヌルい訓練なんかさせてねぇよ」
「そうかよ、まぁいい。で? ベル、お前の任務は何だ? シャーロットの護衛じゃないのか? シャーロットは? 今何処に居るんだ?」
「…… ストラス城の…… 牢屋です」
「警護対象のシャーロットが牢屋にぶち込まれてるのに、何で護衛のお前が会社に居るんだよ。何でなんだ?」
「…………」
ポロポロと大粒の涙を零しはじめたベルに、テオは容赦無く罵声を浴びせた。
「何でテメェだけが此処に居るのか説明しろって言ってんだよッッ!!!
泣いて済む話じゃねぇだろッッ!!! 違うかッッ!!?」
「泣いてないですっ!! 汗ですっっ!!
…… 私の力不足が原因で、シャーロット様を護りきる事が出来ませんでしたっっ!!」
「ベル、貴女は悪くないわ」
「ルミナ、貴女は悪くないじゃねぇだろ?
今は仲良しごっこしてる場合じゃないんだ」
「テオ! 皆がみんな、あんたみたいに対多数の戦闘に慣れてる訳じゃないでしょ!
寝込みに広範囲打撃魔法を叩き込まれて、あんた対応出来んの!?
無理でしょ!? 誰にでも得手不得手はあんの!!」
「得手不得手の話じゃねぇんだよ!」
テオの怒りは治まりそうにない。
恐らく、ストラスに無事に帰り着いて空気が抜けた所を、王子の私兵とやらに襲撃されたのだろう。
道中、常に行動を共にしていた私兵達が、乗り合わせている馬車の扉を開けるという動作から、それがエスコートではなく襲撃だと思えたかどうかと考えると、正直、経験値の低いベルにはキツいだろう。
仮に警戒していたとしても、相手がBランク複数名なら為す術はない。
「テオ、もういいでしょう。
ベルを護衛に付けるという最終的な判断をしたのは、代表である私です。
この件の責任の所在は、ベルではなく私にあります。
それに、ベルは、先程地獄を見て来たばかりです。それ以上の追及は許しません」
私が庇った事で、テオは追及を止めた。
誰一人言葉を発する者は居なくなり、静まり返った執務室で、ヴィットマンが問う。
「ラインハートよ。で? どうするんだ?」
「今日は王位継承の儀が行われているようですので、手紙の指示通り、明日の午後にシャーロットの身柄を引受に行きます。
手ぶらでは行けないので、金貨50万枚を馬車に積み込んでおいてください」
「おいおい、ベルがこんな目に遭わされたのに頭下げに行くつもりかよ」
「えぇ、そのつもりです。幹部の皆さんも一緒に行くんですよ」
「「…………」」
「それと、ベル。貴女の処分は後日言い渡します。それまで、屋敷から出る事を禁じます。いいですね?」
「…… はい」
その日の夜。
ベルの部屋には、ルナ、ルミナ、そして魔王ミアの姿があった。
「私の、私のせいで……」
「貴女は悪くない。それは本当よ? だから、自分を責めないで。
”自分を責めている時間” は無駄な時間でしかないの。貴女が考えなくてはならないのは、シャーロットの無事と未来の事なの」
「…… 未来…… ですか? 」
「そうよ? この先どうなるのだろうとか考えて悩むんじゃなくて ”どんな未来にしたいか” を考えるの。未来は、遠いようで直ぐにやって来るものよ? 良い未来にする為に、自分が今後どう在るべきかを考えるべきじゃない? それを考える事に比べれば、自分を責める事に使う時間って勿体なくないかしら?
そ・れ・に、シャーロットは大丈夫よ! この件はラインハートが丸く収めてくれるから」
自分を責め続けるベルに、魔王ミアは優しく言った。
その日、ベルはルナに頭を撫でられながら、シングルのベッドに4人で寝たそうだ。
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翌日、幹部達は執務室に集まっていた。
「準備は出来ましたか?」
「あぁ、持つ物持ったし、積むもんも積んだけどよ。マジであんなに持っていかねぇといけねぇのか?」
「えぇ、勿論です。我々の本気度を分かってもらう為には、中途半端な事をしてはいけませんからね」
シドやエスカーは、不満たらたらで終始ブツブツ言っているが、彼等の気持ちは分からなくはない。
予定通り、馬車は大金貨5万枚…… つまり、金貨50万枚分が積み込まれているのだ。
ベルは瀕死の重症を負わされ、シャーロットも無傷とは限らないのに、国王に即位したてのバカなガキに頭を下げに行く。これは素直に精神衛生上良くない。
「さぁ、行きましょうか」
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我々がストラス城に到着し、衛兵に要件を伝えていた頃だろうか。
シャーロットに危機が迫っていた。
「お前ら覚えとけよッッ!! 女の顔殴るとか最っ低っやろっ!!」
「おいおい、お嬢ちゃん…… 口の利き方には最大限の注意を払うべきだと思うぜ?
何故なら、俺達は ”ある意味” では神様なんだからな」
「…… はぁ!? 神様なわけないやろっ!! ただのクソやんかッ!!」
「お嬢ちゃん、お前さんは ”神に愛された人間” だ。人とは違う能力を与えられている。そうだろ?」
「だから何なん!?」
「正規の騎士が居ない、ほんの僅かな時間に、俺達は ”神様” に成れる。
お前さんが神様から与えられた特別な力、それを行使する為の条件は…… 確か ”純潔” である事だったか?」
「…… !?」
「お前さんを汚す事で、神様から与えられた特別な力を俺達は ”奪う” ことが出来る。
どうだ? ある意味、神様だろ?」
「…… !!?」
そう言うと、私兵はベルトを緩めながら、シャーロットに歩み寄る。
勿論、シャーロットは語気を荒げて威嚇するが、回復職である彼女が出来るのは、所詮その程度の抵抗のみだ。
「ホンッットッッやめろっ!! お前ら近くに来んなッッ!!」
「おい!お前達!! 何をしている!!
まったく、目を離すと禄な事をしないな!!
国王の命令だ! 大至急中庭に集合せよ!!
聖女は身柄引受人に引渡す手続きの為、私が王の間へ連行するっ!!」
後15分でも我々の到着が遅けれていれば、シャーロットは聖女の力を失っていたかも知れない。まぁ、それはここだけの話だ。
乾いた血の痕が生々しい手紙と、荷馬車に積まれた大金貨5万枚を見た衛兵は、大急ぎで国王に報告に行ってくれた。
そのおかげで、私とルミナは、実にスムーズに王の間へ行く事が出来た訳だ。
「手紙の内容は、ちゃんと見たみたいだな。
手土産の件は聞いたぜ? 気が利くじゃねぇか」
「えぇ、我が社の社員が大変な無礼を働いた事、非常に重く受け止めております…… 我々が用意出来る最大限をお持ち致しました。
何卒、御海容いただきますようお願い申し上げます」
「まったく、俺の誘いを断るなんてよ。躾がなってねぇぞ?
まぁ、今回は大金貨5万枚で手を打ってやる。次は無ぇぞ?」
「ありがとうございます」
私の言葉を聞いたルミナは、正直、幻滅したそうだ。だが、以前に魔王ミアが 『どんなに小さな国であっても王様は王様よ』 という言葉を思い出し、怒鳴りつけたい欲求を人生で一番我慢したそうだ。
その直後、王の間にシャーロットが連行されて来た。
そこそこしっかり目に殴る蹴るの暴行を加えられたのだろ。ボコボコになっている。
「おい! お前ホンマに覚えとけよっ!! 絶っ対許さんからなっ!!」
国王の顔を見るなり、シャーロットは大爆発だ。
「おい、もう帰っていいぞ。って言うか、その五月蝿いメス連れて、とっとと失せろ」
帰る素振りを見せない私達に、国王は言い放った。
だが、私は帰らない。
とりあえず、シャーロットが無礼を働いた謝罪が終わったので、本題に入らせてもらうのだ。
「国王、シャーロットの件は大金貨5万枚で手打ちとなりました。
しかし、国王…… 我が社の社員、貴重な人材である聖女と、その護衛任務に就いていた有望な新入社員。その2人に行った残虐極まりない暴力行為に対する慰謝料、金貨200万枚を ”まだ” 頂いておりません」
「耳が腐っちまったか? 何か慰謝料がどうのって聞こえたが」
「聞き間違いではありませんよ。2人に対する慰謝料、金貨200万枚で手打ちにしてやろうって言ったんですよ。実質、金貨150万枚ですね。破格ですよ?」
「犬野郎が!!」
私兵共に念話を送ったのだろうか、一気に城内が騒がしくなった。国王の傍らには、私兵団のリーダー格と思しき者と、その取り巻きが数名。シャーロットを連れて来た騎士団長は少し離れた所に立っている。
その他大勢の魔力が中庭にあり、それ以外の分散している魔力反応は正規の騎士達だろう。
(ラインハートよ、間抜け面した馬鹿野郎共が大喜びでコッチに向かって来てるぞ。
ありゃどうすんだ? 数は…… 100? いや、もっと居るか?)
ヴィットマンからの念話だ。
念話なので念じればいいのだが、私は国王に聞こえるように声に出した。
「あぁ、それは恐らく、”名前ばかり” 国王が飼っている私兵とやらです。
遭遇攻撃の訓練には丁度いい機会です。楽しんで下さい」
(準備運動にもなりゃしねぇよ。正規の騎士団はどうする?)
「騎士団は関係ありません。
動かないと思いますが、もし参戦して来るようなら問答無用です」
(確かに、今のところ凛々しい顔つきの奴は居ねぇな。じゃ、遠慮無く始末するぜ)
遣り取りの一部を聞いた国王は、額に青筋を浮かべるだけでは飽き足らず、顔のほぼ全てを茹でダコの様に真っ赤に染め上げた。




