#23 要求
求人を終え、新入社員に諸々の訓練も施し終えた頃の話だ。
戦力の増強を終えた victory order 社に、ストラス王国の王子が依頼に訪れた。
「王子、もう一度依頼内容をお聞きしても?」
「聖女を派遣しろって言ってんだ。 居るんだろ?」
その内容は聖女の派遣だった。
シャーロットが任務に就いた事はなく、していた事といえば、負傷した社員の治療と、社屋の裏に勝手に作った菜園を耕すぐらいだ。
そのシャーロットは、頻繁に街へ遊びに行っては住民とフレンドリーに接しているので、victory order社に聖女が在籍しているという情報が出回るのは仕方無いとして…… そんな民間企業に在籍する、実績も無い、本当に聖女かどうかも怪しい者を派遣しろとは余程切羽詰まっているのだろう。と、私は思ったのだ。
「王子。衛生兵が必要なら他に優秀な者が多数在籍してますので紹介致しますが」
「てめぇの頭に付いてる耳みてぇなのはキクラゲか何かなのか? 俺は聖女を派遣しろって言ってんだよ。
知ってるだろ? 何処とも戦争してねぇし、看護要員なんて要らねぇ」
キクラゲとは酷い言われ様だ。
気を取り直して詳しく聞くと、王子は再来週に帝国で行われる宴の席に聖女を同席させたいようだ。
聖女を抱える国は、それ相当の国力があると看做され、他国の王達からは羨望の眼差しが向けられる。
早い話が見栄を張りたいという事だろう。
「王子。我が社はガールフレンドを派遣する会社ではありませんよ?」
「おい、てめぇ誰に意見してんだ」
「…… 失礼しました。
では先ず料金ですが、基本料金として金貨1万枚。別途、金貨1000枚×日数分を事前にお支払い下さい。
それと、聖女単独での派遣は行ってはいませんので、護衛の者が常時同行する事になります。ご了承いただけるなら手配致します」
かなり高額な料金だと思うのだが、そこには何も言わず、明日にでも城まで取りに来いとだけ言い残し、王子は帰って行った。
現国王は感じの良い人物だったが、王子から感じるのは ”利己主義” とは少し違う ”自己中心主義” のようなものだ。
一体、どこでどうねじ曲がったのやら。
親の顔を知っているだけに、非常に疑問がわいたものだ。
翌日、ストラス城に行くと宰相が費用を用意して待っていた。
”あんなの” でも聖女は聖女だ。万が一が有っては困る。
正式に依頼を請ける前に、王子の人となりを少しでも聞いておきたかったが、側近から聞くのは野暮だろう。
こちらが護衛に手練を用意すれば事足りると思った私は、前払いの報酬を受取り、領収書にサインをしたのだ。
その帰り道、街で井戸端会議をしているマダム達に遭遇した。
「うちの旦那が言ってたんだけど、近々、王位継承の儀があるらしいわよ?」
「え!? あのバカ息子が王様になるの!?」
「そうらしいわよ? しかも、どこで捕まえたか知らないけど、聖女を妃にするらしいのよ!」
「え!? …… あのさ、聖女様ってピンキリなの? あんなのに引っ掛かるなんて信じられないんだけど」
「ホントそれ! ギャハハハ!!」
偶然とはいえ、頭が痛くなる話と聞き捨てならない話が聞けた訳だ。
王子は、victory order社を結婚相談所か何かと勘違いしていて、私に払った金貨19,000枚も、結納金か何かと思っているのではなかろうか。
「ラー! 王子様とデートなんやろ!? 聞いたで!!」
「デートではありません。ストラス国の関係者として王子に同行するだけです」
「だから、それはデートやろ? 何がちゃうの?」
シャーロット派遣の日まで後4日。
ルミナや、魔王ミアに頼んで礼儀作法を叩き込んでもらうべきかとも考えたが、そんな事はせず、素を晒してもらって王子に幻滅してもらった方がいいだろう。
”こんなの” でも聖女は聖女だ。せめて、掛けたコスト分の仕事をしてもらうまでは手放すわけにはいかないのだ。
シャーロットに付ける護衛を選ぶ為、新入社員の訓練を担当させているシドに意見を聞くことにした。
「シャーロットの護衛として同行させる女性社員を早急に選抜しなくてはならなくなりました。ストラス国関係者として帝国での晩餐会に参加するので、かなりの軽装になると予想されますが、新入社員に経験を積ませるには良い案件かも知れません」
「模擬要人警護か?
そうだな、ベルなんか良いと思うぜ。明日には戻る予定だしな」
ベルとは、今回採用した新入社員の中でも頭一つ抜けた人材なのだそうだ。
戦力的にはC+。非常に責任感が強く、現在は遠方の護送任務で小隊の指揮を執らせているらしい。
新入社員の中に目星い者が居なければ、ルナにお願いしようと思っていたのだが、シドが推すなら問題無いだろう。
「良いでしょう。ドレスの仕立てはエヴドニアが担当します。ベルには任務の内容を伝え、必要な装備のリストを作成するよう伝えて下さい」
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出発の日の朝。
ストラス国の騎士団が迎えに来た。
「ラー!お土産買ってくるわな!」
「えぇ、楽しみにしています。ベル、頼みましたよ」
「はいっ!!行ってまいります!!」
ベルには暗器を数種類と、魔王ミアが即席で作ったマジックバッグを持たせた。
そのマジックバッグには、金貨50枚とポーションの類いや魔道具を幾つか収納しているが、パーティーバッグ程度のサイズで嵩張らない。
2人が着ているドレスは、裁縫が趣味というエヴドニアに任せたが、仕立てられたドレスは、最早、趣味の域を遥かに超えた仕上がりだった。会場で着るドレスも期待を上回る出来栄えだろう。
「団長お久しぶりです。往復で10日程ですがよろしくお願いしますね」
騎士団長も来ていたので、軽く挨拶したのだが、少し浮かない顔をしている。
「私は、ここから城までなのです。
城に着いたら王子と合流し、ストラスから帝国の往復は、王子の私兵が同行します」
「私兵?」
ストラス国騎士団以外で、王子が個人的に所有している兵団の存在が明るみに出た。
最初は十数名程だったそうだが、最近は増えに増えて200名程になっているらしい。王子が国王に成れば、自分は解任されてしまうだろうと、団長は苦笑いしながら言うのだ。
「理不尽に役を解かれるのは屈辱ですが、私も家族を養わなくてはならない。
騎士団に残れたら、我慢して勤め上げるつもりです。しかし、騎士団自体を辞めなくてはならなくなってしまったら…… ハハハハ、想像もしたくありませんね」
「その時は、是非 victory order社に就職して下さい。その時は、我が社は魅力的な提案をしますから」
「魅力的な?」
私は空間収納からメモ帳を取り出し ”誠意ある金額” を書き、団長に手渡した。
「そこに書かれた額は、我が社が ”貴方に支払う報酬の最低額” です。参考までにどうぞ」
紙を受け取った団長は、内容は確認せず笑顔で馬車に乗り込んだ。
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シャーロットが出発してから9日。
今日辺り、2人はストラス国に帰って来ているだろう。何やら、街では王位継承の儀が行われるとかで、住民は準備に追われているそうだ。
王位継承はあったとしても、シャーロットが王妃に即位する儀式は無いだろうが。
「じゃあ行ってくるわね」
「気をつけて」
その日、シャーロットの護衛として同行しているベルに代わり、ルナが遠方への現金輸送任務に就いた。
他の新入社員の中から代理の者を選んでも良かったのだが、久しぶりに遠くに行きたいとルナが言うので、お言葉に甘えたのだ。
創業初期からの社員達が、かなり派手に殺らかしたおかげで、盗賊達にもかなり警戒されている。しかし、名を挙げたい連中や、親の仇討ちをする為に襲撃して来る連中も居るのだ。補給や援軍の期待出来ない遠方では、そのリスクが高まる。
「ライ、姉さんが頼りになるのは知ってるけどよ。少しばかり手薄過ぎねぇか?」
今回の編成を見たエスカーは、少し不安そうな顔だ。
その編成だが、シーフ系のクラスの者が2名、回復職1名、それにルナだ。まぁ、ルナ以外は新入社員だし、確かに手薄と言われればそうなのだが、これはルナが望んだ事だ。
「いいのよ。私のリクエストだし」
ルナ曰く、罠を発見する前衛が居れば、他の諸々は自分で殺るそうだ。
盗賊共には、御愁傷様と言いたい。
ルナ達を見送ってから、私は執務室で書類を整理していた。
もし、万が一にも盗賊達の襲撃があったら、一体どのような残酷物語が誕生するのだろうか? そんな事を考えていた時、ルナから念話が入った。
(ライ? もうすぐ街なんだけど、大問題が発生したから戻るわ。そのまま、私は輸送任務を外れるから、部隊の再編よろしくね)
「…… 分かりました。代わりの者を直ぐに送り出します」
その念話は、私個人ではなく、幹部全員がやり取り出来るグループの回線で届いていた。続々と執務室に集まる幹部達の表情は険しい。
「念話が届くって事は、ルナは此処から5kmも離れてねぇって事だ。こんな近距離でトラブったなんて初めてじゃねぇか?」
「初めてですね。しかし、皆さんも聞いていたので分かると思いますが、どうやら攻撃を受けている様子ではありませんでした」
「…… じゃあアレか? 姉さんが腹下して戦闘に参加出来なくなっちまったとかか?」
「エスカー? あんた死んだわよ?」
「……じ、冗談だよ! とにかく! 今のはオフレコで頼むぜ?」
攻撃を受けているとかではないが、少し焦っているように聞こえたのは確かだ。恐らく、ルナは転移魔法で戻って来るだろうが、それにしても遅過ぎる。
それから15分程が過ぎた頃、ルナが屋敷に戻った。
……吐血し続けるベルと共にだ。




