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#22 ナホカト国の悪夢Ⅸ

強引に引き戻され、目覚めた私が目にしたのは、パチッ パチッ っと音を立てながら輝く球体と、聖痕が発現したローラの姿であった。

そう、集束魔法が発動し始めているのだ。

最後のテストと言っていたが、魔力を乱す拘束用魔道具が無い状況で、一体どうしろと言うのやら。


「ライ! 手に負えないわ!

私達の張った結界は一瞬で消し飛んじゃったし! 魔道具も無い! とにかく此処から離れなきゃ死ぬわ!!」


恐らく、現時点で最高の強度を持たせた結界は既に粉砕され、屋敷は半壊している。

ルミナもルナも諦めて撤退しようとしているが、魔王ミアだけは少し楽しそうに私を見詰めていた。

私がしくじれば、半径数kmが硝子の大地に変わるどころか自分自身も消滅するのにだ。


「ライ! 命は一つよ!?」


それは分かっている。

だが、引けないのだ。私の実力を見込んで嗾けた魔王ミアは、例え死のうが此処に留まるというリスクを背負ったのだ。

それに、彼女達は転移魔法で脱出しようとしているが、同じように転移魔法で安全地帯に逃れられるのは少数だ。転移魔法は希少であり誰もが使える魔法では無い。もし、転移魔法を使えないその他大勢を転移させようものなら、巨大な魔法陣を描き、その中に移動させたい者達を集めなくてはならないのだ。

他の幹部達は、大急ぎで社員を退避させようとしている。我先にと逃げ出さないのは流石だが、集束魔法の効果範囲は半径数km、効果を発揮するまで数十秒程度しかないのだ。

つまり、運悪く任務で出払っていない社員達の大半は此処で死ぬ。


「半神半魔の勇敢なる戦士よ。

人族の小娘が言う通り、一刻も早く逃げ出すべきだと思うぞ?」

「森羅万象。この世に存在する数多の現象の中で、私が唯一操作出来るものがあります」

「ほう……。この危機的状況を、それで乗り切れると? ならば試してみるがいい。

だがな…… 最早、私を殺しても ”これ” は消えんぞ?」


私に操作出来る唯一とは ”冷却” だ。

これは、魔法の類ではなく ”唯一無二のスキル”

それを使う。


私は、集束魔法を覆う様に ”冷却させる空間” を発生させた。


「ライ! 発動してる魔法は、そんなんでどうにか出来る代物じゃないわっ!!」


確かに、単なる氷系の魔法なら不可能だろう。だが、私のスキルは森羅万象の一部を司ると言っても過言ではないのだ。


「ルミナ。今日は体調も良いので、かなり冷えると思いますよ?

これでダメだったら、その時は来世で会いましょう」

「ライ! あんた冗談言ってる場合じゃ……」


直後、ルミナとルナが目撃したのは、徐々に輝きを失い、そして崩壊する集束魔法であった。


「ライ…… あんた何をしたの?」


この世で最も速いのは光だ。

それに次ぐのは、光速の5%程度の速度を持つ光撃魔法だろうか。

まぁ、使えるのは勇者ぐらいのものだろう。

勇者の光撃魔法なら何とかなる可能性は有る。何故ならば、それは発生源が魔力だからだ。

その威力を上回る結界を張る事が出来れば防ぐ事が出来るのだ。

しかし、光はどうだろうか。魔法ではないが…… では物理なのだろうか?

試しに万能防御結界を張ってみれば解るが、光は結界を通過する。

質量も無ければ魔力でもないので当然だ。


だが私は、そんな光を停止させ、輝きを奪う事が出来る。

私の第三のスキル ”絶対零度” を使えば可能なのだ。


「あんな破壊を凍結させるなんて…… あんた秘密が多過ぎよ! 他にも隠し持ってるんでしょ!!」


大喜びで駆け寄って来たルミナ達は勘違いしているが、凍結なんてしていないのだ。


これは、私が幼かった頃の話だ。

夕食の支度を手伝っている時、私は鍋を覗き込んだ。鍋の中は湯気が立ち込め、見た目で熱いと分かるほどに煮えたぎっていた。

その時、一つの疑問がよぎったのだ。

見た目で熱いと分かるが、そもそも鍋の周囲が熱いのだ。

幼い私は、それが何であるが理解できなかったが、時が経つにつれ理解は深まった。

そう、この世に存在するエネルギーは、目に見えない ”何か” を伝って広がっている事に。


「貴方は、誰も効果が分からず ”役立たず” と言われ続けた、自分の謎スキルの可能性に遂に気がついた」


魔王ミアの言う通り、私が最精鋭部隊に所属している事を知らない数多くの兵士達からは、役立たずの穀潰しと言われ続けていた。

勿論、精鋭部隊に所属した後も、魔王や幹部達からは不安材料としてイジられたりもした。


だが、魔王ミアだけは違った。

無駄なスキルなど無い、そう言ったのだ。


任務に追われる日々だったが、私は様々な実験を行い続けた。

ある日、一人で野営しながら焚き木を眺めていた時、ふと幼い日の事を思い出した。そう、沸騰した鍋の事だ。

目の前の焚き木も、炎には触れていないのに熱が伝わって来る。この熱は、なぜ伝わるのだろうか?と思ったわけだ。

私は、焚き木との間に範囲指定したスキルを発動させた。何も起こらないと思っていたが、結果として熱を遮断したのだ。

それからというもの、私は有りと有らゆるものにスキルを試した。音を遮り、熱を遮断し、魔法を遮断し…… そして、遂に光を遮断したのだ。

スキルの影響を受けた光は、弱々しく減光し消えてしまった。


これは私の推測でしかないが、この世界には目に見えない ”何か網のようなもの” が張り巡らされていて、エネルギーは、網を ”波” 若しくは ”振動” ように伝わっている。

そして私のスキルは、その網に伝わる任意のエネルギーの ”波” 若しくは ”振動” を止める能力だと。


「見事だ。勇敢なる戦士よ。

約束を守らなくてはならないな」

「では……」


後の事は任せろと魔王ミアに言われていたので、その指示に従うようにイザベルに言いたかったのだが、思わぬ邪魔者が乱入した。


「おいクソガキッ!! テメェが火遊びしてくれたおかげで俺の部屋が吹き飛んじまったじゃねぇかっ!! 重労働が出来ねぇテメェに最適な職場を紹介してやるぜ!!

歩いて3時間ぐれぇの所に娼館があるっ! その娼館でみっちり働いて建て直せっ!!

目を閉じて横になってるだけで稼げるぜ!?心配すんな!パイオツがショボかろうが関係ねぇ……ゴハッ!」


ルナの(ロッド)を喉に受け、エスカーは膝から崩れ落ちた。

その後、引き摺られながら何処かに消えてしまったが、まぁ殺されはしないだろう。


その後、魔王ミアと別室に移動したイザベルは、ローラそっくりのホムンクルスに魂を移された。


……………………………………………………………………………


「流石は ”元魔王軍の精鋭” ね。

イザベルが元気にしてる姿を見れれば、私は満足よ」


イザベルが新しい身体に馴染むのを待って、エヴドニアに引き合わせた。

連れ去られると思っていたが、エヴドニアは遠くから見守るという事だ。


「我々は、2人で静かに暮らせる土地を探すよ。ありがとう、勇敢なる戦士達」

「ラインハートさん、ありがとうございました」


ローラとイザベルも旅立ち、エヴドニアからの入金も確認出来た。ようやく依頼(厄介事)が終わったのだ。


半壊した屋敷だが、これを機に増築する事にした。社員達の宿舎を兼ねているが、少々手狭だったので丁度いい。

盗賊からの依頼はどうでもいいが、東西トリアの紛争が控えている事もあり、工事が終わり次第求人するつもりだ。


「代表のラインハート殿は?」

「居ねぇよ。街にメシ食いに行ってる」

「…………」


私が留守の間に、ストラスの騎士団が訪ねて来たそうだ。

後日、城に来て欲しいと団長から伝言を頼まれたエスカー曰く、大した用事がじゃないだろうとの事だったが鵜呑みには出来ない。彼は何せ胡散臭いから仕方無いのだ。


伝言の日時に城へ行くと、王の間へ通された。


「今回の件は災難であったな。して、犯人の目星は付いておるのか?」

「いえ、さっぱり。恨みを買いやすい職業柄、今回の件を教訓に守りを固めるのみです」

「ふむ、今後も事業は継続するという事じゃな? 屋敷の修繕費として金貨1500枚の補助金を出しておくぞ」

「国王陛下、ご厚情痛み入ります」


屋敷が半壊していると、近隣住民から通報があったそうだ。国王は、この件で優良企業の victory order社 が国外に移転するのではないかと心配していたらしい。だが、そんな心配は無用だ。

ストラス国は小国だが、大陸を縦断する山脈の切れ目に在る国だ。要は交易の要衝なのだ。

うま味が有るから拠点にしているし、移転する気も無い。


……………………………………………………………………………


補助金も貰い、屋敷の増改築も終わった victory order社は、正社員の求人を行っていた。

今日は、実技試験を突破した者達の面接だ。


「ライ、どんな感じ?」

「悪くはありません。手練と言って差支えのない者も見受けられましたよ」

「そう……。そのいい感じの流れに水を差すようで悪いんだけど、本日最後の面接は厄介かもよ」

「最後? ルミナ、今日はもう終わりでは?」


伏せ目がちなルミナは、無言で3枚の履歴書を机の上に置き、面接希望者を呼びに行ってしまった。


何度も言うが、今日は実技試験を突破した者達だけの面談だ。

だが他に目星い者が居れば、その限りでは無いとも申し付けである。

つまり、この後この部屋を訪れる者は、飛び入りで参加出来る…… 試験官である幹部を唸らす猛者と思うべきだろう。

そう考えると楽しみで仕方無い。


コンコン。


ノックする音と、控え目な魔力…… 抑えているのだろうか。焦らされているようで何とももどかしい。


「どうぞ」


ドアが開いた瞬間、私の期待は霧散し、後に残ったのは何とも言えない渋い感情だった。


「ラインハートさん、お久しぶりです」

「お久しぶり、元魔王軍の精鋭さん♡」

「…… お、お久しぶりです。今日はどういったご要件で?」

「求人見たわよ? 是非とも御社で働きたいと思いまして♡」

「そういう事だ。よろしく頼むぞ? 勇敢なる戦士よ」

「…… 教会の方は?」

「辞めたわ!」

「…………」


どうやら、件の依頼が一段落した後、エヴドニアとローラ達は安住の地を求めて彷徨ったらしい。だが、エヴドニアがケツを割った。


身辺警護ばかりで自分の時間が確保出来ない状態になる。そう薄々勘付いたエヴドニアの目に、victory order社の求人が留まった ”らしい” のだ。


「でも最高のタイミングよね! 新築同然にリフォームされた直後だし! 警備も厳重だし! 夢のようだわ♡」


どうやら、私は一件落着したと思い込んでいただけだったようだ。


「ラインハートさん、私達は2階の角部屋がいいです!」

「よろしく頼むぞ? 勇敢なる戦士よ」

「…… えぇ、もう好きにして下さい」


この悪夢は、まだ終わりそうにない。

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