#21 ナホカト国の悪夢Ⅷ
「なるほどね」
話を聞いた魔王ミアは、少し微笑みながら瞳を閉じた。
部屋に居る幹部達は、自他共に認める戦闘民族で、こと戦闘に関してはどうとでも立ち回るだろうが、今回の件は完全に畑違いだ。
最初こそ止めに入ったが、解決策を知っていそうな魔王ミアの表情に、どこか期待し始めていた。
「沙庭人の身体に宿る複数の魂は、神が沙庭人のために意図的に宿らせたと云う説があるわ」
「意図的に?」
「そう。飽くまで一つの説に過ぎないけど、それぞれの魂は何かに特化していて、その肉体を守る為に存在してるそうよ?」
その説が最有力だとするならば、主となる魂は ”一般人に特化したローラの魂” に身体を使わせる。
そして、その身に危険が迫れば ”接近戦闘に特化した魂” や ”魔法に特化した魂” を矢面に立たせ危機を回避する訳か?
「では、主となる沙庭人の魂が肉体を使う時というのは……」
「恐らく、その魂以外では対処出来ない危機的状況下や、仕える国の王の勅命か…… でしょうね」
では、徹底的に半殺しにすれば、やがてイザベルの魂が現れるのだろうか?
民間軍事会社なので、金次第では荒事もやってのけるのだが…… その大前提として筋は通すつもりだ。
ルミナが此方を心配そうに見ている。
依頼の達成率は気にするが、幼い幼女を寄って集って血祭りに挙げるつもりは無い。
非人道的な解決策に訴えるつもりが無いのなら、ローラの依頼は未達と言う事にして返金処理で良い。
「ローラの依頼はそれでいいと思うわ。でも、エヴドニアの依頼はどうすんのよ」
エヴドニアの依頼はキャンセルだ。
その事で、エヴドニアが帝国に情報を流すとも思えない。
わざわざ危険を冒してまで帝国から連れ出したのだ、ナホカト国に送り届けられたローラと勝手に噛み合うだろう。
まぁ、ローラには申し訳ないが、その時点で victory order は無関係なのだから。
と、そんな話を幹部としていると、黙って聞いていた魔王ミアが口を開いた。
「ライ、貴方は成果主義よね?
本当は、自分が一番納得してないんじゃないのかしら?」
その通り、私は成果主義者だ。
しかし、短期的な成果に固執する事は無い。
そうするべきだと判断すれば、問題を先送りにもするし、諦める時もある。
「貴方に ”力” と ”神の前に立つ度胸” が有れば、問題は解決出来るわ。
やるのなら、私は使える全てを使って支援してあげる」
私はやってみる事にした。
憧れの人を前に、ケツを捲るなんて出来なかったのだ。
幹部達は、私が前言を撤回した事を意外に思っているだろう。私自身もそう思っている。
500年以上生きてきて、それなりに色々な経験を積んできたつもりだったが、どうやら…… まだまだケツの青いガキだったみたいだ。
それに、魔王ミアは優秀な上司だ。
手が届くかどうかのギリギリに目標を設定するのが上手い。
……………………………………………………………………………
「ローラさん、そちらの椅子にお座り下さい」
ルナとルミナの結界に覆われた部屋には、2つの椅子が用意されていた。
魔王ミアの話では、私の魂を俗に言う幽体離脱させ、ローラの身体に宿る魂に干渉させるそうだ。
「率直に申し上げます。
ローラさんの妹は、貴女の中に眠っているという結論に至りました」
「!?…… 私の中に?」
「えぇ、ですので少し深い眠りに就いてもらいます。今日は深層意識に干渉し、それを検証するのです」
「分かりました……」
不安そうなローラを後目に、魔王ミアは強力な精神支配術式を発動させた。
「さぁ、2人とも深い眠りに身を任せなさい」
ローラの意識は一瞬にして絶たれたようだが、私は少しの間、意識を保っていた。
その時、魔王ミアの背後に不穏な気配がある事に気付いたのだ。
「…… ミア様、後ろに…… 居るのは……」
「大丈夫よ。 ”大悪魔アザゼル” は貴方を引き戻すのを手伝ってもらう為に呼んだのよ」
どうやら ”魔神召喚” を使って悪夢を呼び出したようだ。悪魔ならば大概の事はやってのけるだろうが、悪魔の召喚には対価が必要になる。
そんな心配をしながら、私の意識は途絶えた。
……………………………………………………………………………
気が付くと、私は草原の中に居た。
その草原を当てもなく歩いていると、遠くに人影が見えたのだ。
「よぉ、中々察しがいいじゃねぇか」
「どうせ無理だって思ってたんだけど、早目に相談してれば良かったわね」
現れたのは、ガラの悪い剣士と魔導士の女だった。
2人は、身体に宿る魂だろうか?
「お2人は、ローラさんの身体に宿る魂…… ですね?」
「そうだぜ? てめぇの部下は揶揄い甲斐いは有るが、ローラの事は任せられねぇ。だが、上司のてめぇになら任せてみてもいい」
「? …………」
2人に付いて行くと、1軒の民家に辿り着いた。
そこは、まるで街の一部から切り取られたかの様な異様な光景だった。
民家の前には石畳があるが、10m程で途切れている。家の横には、隣近所の家屋の外壁が張りぼての様に聳え立っているのだ。
「此処は…… まさか、ナホカト国の住処ですか?」
「そうだ。これはナホカト国の住処を部分的に再現してる。この民家は現実には存在しないが、ここならローラとイザベルは別々の存在のように振る舞える」
「なるほど」
つまり、行く先々の景色を模した仮想空間が在り、そこがローラと他の魂が ”入れ替る場所” となっている訳か。
ローラの意識が眠りに落ちる瞬間、その現実世界の場所が意識下の仮想空間内に作られ、違和感無く他の魂に身体を開け渡している。
他の魂は、身体を使い終われば ”この場所” に戻り、ローラの魂と入れ替る。器用な事をするものだ。
「ローラさんは、あなた方の存在を知らない。知っているのはイザベルの魂のみ。
という事ですか?」
「ローラの魂は傷付き易い。俺達の役目は護る事だ」
「では、シェフシャでの襲撃事件は? ローラさんの旅費と我々に支払う費用を稼ぐ為に、あなた方が殺しを代行したと?」
「そんな話は便所にでも流しとけ。先ずは本題だ」
「…………」
シェフシャでの商隊襲撃事件に関与しているのは間違いないが、そんな凶行を平然と行う輩が、何故か困っている。
話を聞くと、目の前の家屋の中にイザベルが居るのは間違い無いのだが、何やら接触出来ずにいるらしい。
流石は、イザベルの支配する仮想空間という事か。閉ざされた扉は押しても引いても動かず、どんな攻撃も無力化されるのだそうだ。
「俺達は入れねぇ。中にはイザベルと ”他の4人” が居るはずなんだ」
「…… 4人?」
そんな話をしていると、ガチンと扉を解錠する音が響いた。
目の前の2人は門前払いだったが、どうやら私はチャンスを与えられたらしい。
「あ…… 開いた」
「私一人で行きます。この空間がイザベルさんの支配下だとすれば、あなた方の受ける制約は相当なものでしょう」
……………………………………………………………………………
家の中に入ったが、そこは薄暗く広い空間だった。
外観からは想像も出来ない広さだ。
背後の扉が閉まり、私は仮想空間の中の亜空間に閉じ込められてしまった。それは想定内だが、違和感はあった。
スキルは封じられているが、魔法は使えて身体も自由に動かせる。
しかも、四方から暗器や魔法が飛んで来るが、十分に対処出来てしまうというケツの収まりの悪い状況なのだ。
「おや、難無く斬り伏せてくれるじゃないか。
一先ず合格だか…… 解せないね。
この空間に武器を持ち込むだけでも普通じゃないのに、魂相手に効力が発生している」
そう、仮想空間内では支配者側が圧倒的に優位なのは言うまでも無い。
通常の武器を使った攻撃は無意味となり、辛うじて魔力を使った攻撃だけが有効性を持つ。
だが、私の2本の愛刀、その内1本は ”魂殺し” だ。
肉体だけではなく、魂そのものを抉る。
「イザベルさん、今日は話をしに来ました。ご存知の通り、ローラさんは貴女を探しています。
姿を見せなくなった貴女を、危険を省みず探している。そして、そんなローラさんを不審な人物と、この大陸の覇権国家が探しているのです」
「勿論知っているとも。
帝国にいた頃、私が娑婆の空気を吸いたいと我儘を言ったおかげで、ローラには辛い思いをさせてしまったのだから……」
「イザベルさん、貴女が表に出なくても、帝国は貴女を表に引きずり出す技術を開発し、貴女の力を管理下に置こうとするでしょう。
出来なければ、最終的にはローラさんの魂諸共 ”冷たい石の下” に収まる」
「少し甘かったのかも知れない」
表で待っている2人は、普段身体を使っているローラに協力的で、家の中でイザベルと一緒に居た4人は、イザベルに協力的で ”深夜の人攫い” という猿芝居に協力した訳か。
その共通点は、その身体を護る事。
イザベルとローラの接点を断ってしまえば、能力について何も知らないローラは、挙動不審になる事もなく普段通りに生活する。そして、イザベルが表に出なければ聖痕も能力も発現しない。
「ですが、ローラさんは諦めずに貴女を探し始めてしまった」
「潮時だろうな。私が表に出なくても、ローラは危険に晒されている。策は有るのかね?」
「えぇ、貴女の魂を分離させます」
「面白い。では、最後のテストを始めよう。
この状況を切り抜ければ、私は素直に従おう。出来るか? 半神半魔の勇敢なる戦士よ」
半神?
次の瞬間、私の魂は巨大な禍々しい手に鷲掴みにされ、元の肉体に戻された。




