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#20 ナホカト国の悪夢Ⅶ

「てめぇは馬鹿かっ!! 金貨を1万枚もドブに捨てやがって!! んで? 大枚はたいて手に入れてきたのは魔族の女!? は!!?」

「エスカー、落ち着いて下さい」

「落ち着かねぇよ!! あの厄介なクソガキに関する情報なら兎も角!! てめぇがムッツリ拗らせて女に1万も突っ込むなんて、神様でも予想出来ねぇ事態だ!!

女が欲しけりゃな! この魔族に突っ込んだ金貨1万枚がありゃ! 街の娼館に1万回通えるだろうがっ!!」

「その使い道は解せませんね」

「俺の給料は!? 俺のボーナスはどうなるんだよ!?」


エスカーに再来月支払う予定の賞与の額をコッソリ教えた結果、ようやく静かになったので話を始める事が出来た。


「ライ? この魔族は何なの?」

「この美しい魔族は、元上司にして魔王の1柱 ”魔王 ミア・ミューラー” です」


場が静まり返ったが、驚愕のあまり静まり返った訳ではなかった。誰それ? という反応が9割以上だ。

そんな中、ルナだけが青い顔で沈黙していた。


「ルナ、知っていますか?」

「知ってるわ。帝国領内の大きな湖…… そこは、500年以上前だけど旧帝国の首都があった場所らしいの」

「あの海みたいにでっかい湖か?」

「そうよ。当時、その首都に滞在していた勇者一行と、街を丸ごと消し去って湖に変えた伝説の魔族…… その名は ”ミア・ミューラー”

魔導師として生きる者が持つのは敵対心じゃないわ。畏怖と尊敬の念よ」

「「!!?」」

「でも、本当にミア・ミューラーなのかしら? 私が見た古文書では、その後、ミア・ミューラーは忽然と姿を消し、今日まで目撃情報は無いわ。

そもそも、魔王だったなんて初耳よ?」


魔王ミアは、500年前は確かに魔王ではなかった。

魔王軍内で、彼女は魔王以上に魔王としての実力を兼ね備えていたのだが、プライベートの時間が少なくなるのを嫌い、魔王昇進を拒み続けていたのだ。


そんな彼女に、大魔王は言った。


”少し辺鄙な所だが、十分に自分の時間を持てる領地が空席となっている”


卓越した戦闘能力を秘めてはいるが、自然を愛し、優しい心を持つミアは躊躇した。

だが、遂にその話に食い付く。


”一般の兵士枠は無い。統治者(魔王)が不在なのだ”


暫し悩んだ末、彼女は魔王昇進を受け入れる事にしたのだが、大魔王は、ある条件を出した。


”異動願を出している魔王が数名居るのだ。それを黙らせるだけの実績が欲しい”


他の上司(魔王)を黙らせるだけの実績とは? 彼女が真っ先に思い付いたのは、勇者殺しという馬鹿でも分かる偉業であった。


「ごめんなさい。私は…… 私は鬼ヶ島で、のんびりガーデニングと家庭菜園をやりたいの!!」


そんな個人的な理由で、当時の勇者と国は消されたのだ。


「じゃあ、魔王になって前線に出て来なくなっただけなの?」

「えぇ。遥か遠い土地で、後進の育成に専念していました。私もお世話になった口です」


知っておくべき事は膨大に有るが、それと同じように、知らなくて良い事も山ほどある。

畏怖と尊敬の念が消えて無くならないように、私は何となくそれっぽい事を言ってみた。


「ねぇ、どうやったら目覚めるの? 目覚めたら私達殺されちゃう?」

「大丈夫ですよ。殺しに行かなければ、殺される事はありません。覚醒させる為の条件は ”安全地帯である事” と ”覚えのある魔力を持つ者” が傍に居る事でしょう」

「じゃあ……」


傷を付ける事も不可能だろう聖櫃は、光の膜の様に変化し、一瞬で消え去った。

残ったのは、神々しく比肩する者さえ思い浮かばない美しき魔族の姫。ゆっくりと開く瞼の奥に、瑞々しく鮮やかな紫の瞳が現れた。


「アシェル…… 会えるって信じてた」

「ミア様、お久しぶ!?」

「心配したわ…… ゴンドワナ大陸の南は、完全に人間の領土(テリトリー)よ。そんな所に何時までもペンダントの反応があるから、捕まって酷い目に遭ってるんじゃないかって思ってたの!」


どうやら、鬼ヶ島を出る時に頂いたペンダントは、私の居場所を特定する為の発信機だったようだ。

抱き寄せられ、私は子供のように頭を撫でられた。周りに居る人間の事など気にも留めず、彼女は私を幼子の様に扱ったのだ。


「…… ライ。

お楽しみのところ申し訳ないんだけど、その魔族は本当に ”魔王ミア・ミューラー” なの?」


ルミナが、少し離れた所から不機嫌そうな顔で問う。

目の前の魔族に恐怖心を抱いている様子ではなかった。彼女程の実力者ならば、目覚めた魔族が内包する、その桁違いの魔力を感じ取っていて然りな筈なのだが。


「ごめんなさい。この子に会えた事が嬉しすぎて自己紹介を忘れていたわ。

私は ”魔王 ミア・ミューラー”

遥か昔、北の大地を焦土に変えた魔族よ」

「だったら、一つ聞いていいかしら?

勇者と当時の覇権国家を消滅させておきながら、何故それ以上の進軍はしなかったの?」

「…… 当時、私の目的は勇者を始末する事だけだったわ。何かを命令された訳ではなかったし、軍がどう動こうが関係無かったの。

私には、時間があればそれだけで良かった。

この子に寄り添うための自分の時間がね」


それを聞いて、拳を力いっぱい握り締めているルミナを後目に、ルナが徐ろに席を立った。


「でもさぁ、もう寄り添うため時間は必要無いわね!? それに! アシェルじゃないわ! 今はラインハートよ!」

「そうよ! ライは、私が守ってあげるしっ!!」


ルナの言葉に、ルミナも便乗する。

しかし、相手は勇者殺しの魔王だ。当然、英雄達は慌てて止めに入った。


「おいおい! 喧嘩売るのは勝手だけどな! そのドンパチに巻き込まれる方の事をちょっとは考えやがれ!!」

「なによ、あんたビビってんの?」


ビビっているとか、そういう話ではないのだが。

言い合いがエスカレートし、すっかり騒がしくなった室内に魔王ミアの声が響いた。


「貴女達、今後もアシェル…… いえ、ラインハートを守ってあげてね」

「「……え?」」


2人は、驚いて口論を止めてしまった。

しかし、私は魔王ミアの反応に驚くことは無かった。何故なら、彼女は頗るいい女だからだ。


「此処は人間の領土(テリトリー)。この地では私に特権なんてものは勿論無いし、純粋な魔族である私は、不要な争いを生むだけの厄介な存在でしょう。

私の胸と足をチラチラ見てくる胡散臭い優男はともかく…… 貴女達の事は信用してるのよ?

少なくとも、さっきの言葉に邪念は無かった。だから、この子の事は引き続きお願いしたいの」

「「は、はい……」」


すっと目を閉じ、魔王ミアは言い寄る2人に頭を下げた。

それを目の当たりにしたワンパクな2人は、少し緊張した面持ちで ”はい” とだけ返事をした。

2人の目には、心の中を見透す高次元の存在に見えたのかも知れない。

魔族でありながら天使の様に美しい魔王ミアの姿も相まって、苛立ちや先入観、敵対心を2人の心から消し去ったのだ。


「私は、ラインハートの暮らしぶりが見てみたい。少しだけ滞在しても良いかしら?」

「「は、はい!」」


まぁ、魔王領へ帰ろうと思えば直ぐに帰る術も有るし、何より、私は不謹慎にも魔王ミアと1分でも1秒でも長く過ごしたいと思ってしまったのだ。

2人の同意も得て、その他の幹部も異論は無いようなので、事務所兼屋敷に魔王ミアが滞在する事になった。


「それはそうと、この屋敷には絶滅危惧種の ”沙庭人” も居るのね」

「!? …… ミア様、いつから気付いていたのですか?」

「目覚めてから直ぐに。

昔は、人間の国王の傍には必ず ”その” 気配が有ったものよ?

その懐かしい気配が、何故か屋敷にも有る……。 ライ、貴方もしかして……」


私は、沙庭人について詳しい事は知らない。

しかし、沙庭人を良く知っていると思しき魔王ミアは、鋭い視線を此方に向けている。

もしかしたら、沙庭人が敷地内に居る事は禁忌(タブー)なのかも知れない。だが、今それを知ったところで後の祭りだろう。

兎にも角にも、私に出来る事は、鋭い視線を浴びせながら沈黙する魔王ミアが、次の言葉を発するまで、冷や汗を流しながら待つのみだ。


「ライ…… まさか貴方は……」


魔王ミアは徐ろに立ち上がると、私を抱き寄せ頭を撫で回した。


「凄いわ! まさか国王になってしまってるなんて!! どんなに小さな国であっても王様は王様よ!」


とんでもない勘違いをされただけな訳だが、件の沙庭人と思しき人物は、金欠で家に帰れないから屋敷に居るだけである。

そして、我々は依頼を受けたものの行き詰まり、出口の見えない森の中を彷徨っている状況だ。


私の表情が、一瞬曇ったのだろうか。

彼女は、それを見逃さなかった。


「ライ? 貴方は悩み事があると、何時もそんな顔してたわね」

「…… えぇ。実は」

「ライ、守秘義務が……」


ルミナは止めたが、私は今回の件を魔王ミアに相談したのだ。

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