#2 出会い
荷物を纏め、鬼ヶ島を旅立つ。
「旅なんだから転移魔法なんて無粋よ。やっぱり船とか馬車でしょ?」
と言われ……
半ば強引に与えられた船に乗り、鬼ヶ島を出た。
鬼ヶ島が見えなくなって程なく、海は大時化となり、荒波に揉まれ…… 何とか沈没は免れたが、舵が効かない。
転移魔法を使えば良かったのだろうが、私は馬鹿正直に流れに身を任せた。
そして、彷徨う事1週間。
命からがら漂着した先は、人間の領土であった。
「人間の土地のようですね」
独りなだけに独り言が多くなる。
旅がしたいと言っても、生命体の近寄らない辺境巡りをしたい訳ではないのだ。
雨風凌げる程度の簡易宿でいいから泊まりたいし、パンとスープぐらいは欲しい。
サバイバルは極力避けたいのだ。
「ダメで元々。人間の街に行ってみるとしますか」
外見で人間と違う部分といえば、魔眼ぐらいのものだ。
それ以外に、魔族に有りがちな角や羽、爪なども無い。
魔法で瞳を変化させる事も可能だが、先ずは馬鹿正直に魔眼を晒してみるのも一興ではないだろうか。
殺されそうになった時は逃げればいい。
そう決めた私は人間の街を目指して森を進んだのだが、3日目にして気が付いた事がある。
どうやら遭難してしまったらしい。
「これは間違いなく……詰みですね」
人間の街や村は疎か、森を抜ける気がしない。
元々、どの方角に人間の街が在るか等知る由も無い訳だが、適当に歩いていれば森を抜けるだろうと楽観していた自分に腹が立つ。
「ミア様から頂いた食糧は今日で尽きてしまう。何とか…… せめて日が暮れるまでに人間の街に辿り着かねば…… 食糧が尽きるだけではなく、時間的に宿が取れません!」
ミア用意してくれたのは、船と2週間分程の食糧、そして売れば通貨になるであろう金塊と、謎の種を数種類だ。
魔王軍時代の貯金も有るが、魔族の通貨は人間の街では使えないだろう。
空間収納に保管してあるので嵩張らないが、換金できなければ意味の無い金塊と、収穫前に餓死している未来しか見えない謎の種。
そして道中で始末した魔物の素材。
それ等が全財産な訳で、嵩張らないが故に湧かない実感は悲しさを増幅させる。
日没まで5時間程だろうか。
私は、 兎にも角にも一直線に、只ひたすら森を進んだのだ。
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「日没まで、後2時間ぐらいか?」
「そうね、そろそろ野営の準備をしましょ。
男子はいつも通り野鹿の解体とテントの用意×2と薪集めね。
私達は、野草を収穫して来るわ」
「はいはい。ったく、戦争も無くならねぇけど男性差別も無くならねぇな」
「なんか言った?」
森を進んでいると、男性2名と女性2名のパーティに遭遇した。
認識阻害のおかげで、かなり近くに居るのだが気付かれていない様だ。
その場で認識阻害を解除しても良かったのだが、突然現れるよりは、徐々に近付いて来る魔力反応を探知させる方が親切だろう。
少々面倒だが、3キロ程離れると認識阻害を解除し、彼等が野営している地点へ向かう。
もし彼等が手練ならば、解除した瞬間に捕捉する筈なのだ。
魔力を抑え、ゆっくりと目標地点へ向かったのだが、そこには集めていたであろう薪は勿論、人の姿も無かった。
どうやら、彼等はそれなりの手練だったようだ。
獣程度の微弱な反応が2つ、やや大きな反応が2つ。
やや大きな反応は、男子諸君だろう。
どうやら、手練なだけでなく紳士らしい。
「少し休むとしましょう」
そう呟くと、座り心地の良さそうな倒木に腰掛ける。
私の装備は、皮の軽装鎧に愛用の短剣が2本のみ。
ソロの冒険者にしては少し軽装過ぎるかも知れないが、魔物から逃げる時に落としてしまう事もあれば、盗賊に遭遇して貴重品を巻き上げられる事もあるだろう。
何とでも言えてしまうのだ。
倒木に腰掛け、少しウトウトと不用心に振る舞うと、ジリジリと距離を詰めていた反応が一気に動いた。
手練だろうとは思っていたが、少し認識が甘かったようだ。予想を超える速さに不覚にも面食らってしまった。
喉元に添えられるナイフは良く手入れされ、まるで溶かしバターの様に、楽に肉を切裂くだろう。
しかし、ナイフは喉元に添えられたまま、その先を実行には移さない。
「おい、てめぇ。 この危険な森で何してる?」
男がそう問い掛けると、他のメンバーも姿を現した。
防御結界を展開し、安全を確保する女子2名。
1人はヒーラー、もう1人は魔導士だろうか?
展開している攻撃術式は、発射直前の状態だ。
もう1人の男の手には、そこそこ強力そうなクロスボウが握られている。
狙撃手が本職では無さそうだが 、中々の腕前なのかも知れない。
「落ち着いて下さい。私は道に迷った旅人。
歩けど森を出る事が出来ずに困り果てているのです」
そんな適当な事を言う私を制するように、女子の1人が叫んだ。
「そいつは旅人なんかじゃない! 眼を見て!!」
「!?…… 魔眼! コイツ魔族かっ!!?」
そうですとも…… 貴様らが対峙しているのは、魔王軍の最精鋭部隊の兵士だ!! 死ぬがいいっ!!
と、少し前なら言っていたかも知れないが、今は本当に旅人なのだ。
凄まじく警戒されているが、ものは試しという事で。
何とか武力行使無しで解決してみようと思う。
軍を辞めて初めて出会った人間達だ。出来れば友好関係を築きたい。
「少しだけ、私の話を聞いて下さい!
私は魔族なのかも知れませんが、貴方達に危害を加えるつもりはありません!」
「おいおい、魔族なのかもって何だよ? どうせ魔王軍の兵士だろうがっ!!」
「いえ、私は兵士などではありません!
私は、森の奥深くに暮らしていましたが、ある日、両親に捨てられたのです。
食料も尽き、どうしようもなく家を出ました」
「この森は一般人を寄せ付けない秘境だが、人間の土地に違いねぇ。
此処では、魔物は居ても魔族の目撃情報は未だ嘗てねぇんだよっ!」
「実は、私は人間と魔族の混血なのです……」
「おいおい、咄嗟に吐いた嘘が混血たぁ笑わせるぜ」
喉元に当てられたナイフがスライドする直前、魔導師と思しき女子が声を挙げた。
「ちょっと待って!
その混血どうのこうのの話、興味あるわ。
君、続けたまえ」
食い付いて来た。
道に迷ったのは事実だし、今は魔王軍の兵士でもないし単なる魔族でもない。
この森以外の森に住んでいたという事以外嘘はついていないのだ。
「父は人間、母が魔族でした。
私は、両親に教育を受けましたが、その中で自分の存在が禁忌である事を知ったのです。
そして、遥か遠くに人間の街がある事も聞きました。
しかし、両親は私の存在を隠さねばならなかったのでしょう。
森から出る事は許されなかったのです。
狩りは手伝っていましたが、人間の街での買い物は全て父が。母は家事全般と、家庭菜園で野菜を育てていました。私は……」
「ちょっとゴメン。休憩! 」
私の話を遮る2人の女子。
瞳を閉じ、少し顔を赤らめながら、祈る様に天を仰いでいる。
「人間と魔族の禁断の恋…… 考えたら、すんごいロマンチックな話だわ……
こんな不便で危険な森の中で長年暮らすなんて…… 愛ね。
日が暮れちゃうから、ちゃっちゃと野営の準備を済ませましょ!
ご両親の出会いとかは、食事しながら教えてちょうだい!
あんた、名前は?」
名前を聞かれて、少し焦ってしまった。
正直、魔王軍時代の事は思い出したくない気持ちもある。
なので、まっ更な状態でスタートする為に名前も変えようと思う。
「ラインハートです」
「見た目に負けない男前な名前ね。ライって呼ぶわ」
「え? 少し可愛らしいから名前負けしてない?」
まぁ女子の評価はこんな感じだった。
女子が興味を持ってくれたおかげで、無益な戦闘は回避出来た。
私は、男子諸君に愛用の短剣を預け野営の準備を手伝う事になったのだ。
野営の準備も終わり、食事を摂りながら互いの話をした。
聞くと、彼等はBランクの冒険者で、討伐依頼を受けて定期的に森に来ているそうだ。
「俺はシド。クラスは ”怪盗”だ。
で、そっちのおっかない顔した野郎は、テオ。クラスは ”剣聖” だ」
「…… おっかない面で悪かったな」
「私はルナ。クラスは ”精霊魔導師” よ」
「私はルミナ。クラスは ”巫女兼バフ担当”よ。
ライ、あんた魔物とか狩れるの? 文字の読み書きとか算数出来る? 1+1は何? 答え解る? フフフッ」
勿論、プライベートな事も根掘り葉掘り聞かれ、警戒されている事をヒシヒシと感じるが、久々の暖かい食事が楽しみだ。
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食事の前に水浴びをしたが、女子が優先。
土魔法で脱衣場と目隠しのフェンスを造り、覗き見対策も万全だ。
やはり、このパーティの男子諸君は紳士だ。
非常に好感が持てる。
まぁ、私が水浴びしている時は、当然の事ながら複数名の視線やら何やらを感じ続けた訳だが仕方無い。
「ライのママは高位の魔族っぽいわね。
パパは手練の冒険者って感じ?」
「ねぇ、パパは勇者だったとか? 強い男じゃないと、魔族のママお嫁に来てくれなくない?」
食事をしながら様々な話をしたが、正直あまり聞いていなかった。
合点がいかないのだ。
魔王軍時代に見た資料では、殆どの人間や亜人は適性検査の様なものを受けて、自分の秀でた技能を知る。
それが、彼等の言う ”クラス” な訳だが、適性検査前から頭角を現している者も居れば、遅咲きの者もいる。
だが、遅かれ早かれ ”クラス” に見合った能力を手に入れるらしいのだ。
この4名、 ”クラス” は何れも上位だ。
個人のランクは不明だが、パーティランクはBランク。
これ程の面子が揃っているのなら、Aランクでも全く違和感は無いだろう。
その辺の事を聞きたいが、今は無理だ。
何故なら、私は迷子のフリをした魔王軍のスパイという疑いが晴れた訳ではない。
「ねぇ、ライ? あんた人間どう思う?」
「両親からは、私の事をよく知らない人間に会えば、危害を加えられる可能性が高いと教えられました。
早い話が、危険な存在だと……」
「まぁ、普通に考えればそうだよね。殺されない方が不思議かも」
ルナは笑いながらそう言った。
「では、あなた方は何故私を殺さないのですか?」
私の問い掛けに、ルミナが答える。
「あんなに隙を見せて、オドオド水浴びする暗殺者居ないよ。
疑われてるんだから、常に警戒するでしょ?」
それは水が思ったより冷たく驚いたのと、襲われても返り討ちにする自信が有るからなのだが、まぁ言わぬが花だろう。
「あんたの事は、魔王軍の兵士じゃなくて、人間と魔族のハーフで迷子って事にしておくわ。
この森で自給自足するよりは、人間の街で暮らした方がいいと思うけど…… 正直生きにくいと思う。
だから、暫く私達が一緒に行動してあげる」
「……とても有難いですが、皆さんに迷惑が掛かってしまいませんか?」
願ってもない事だが、それは4人を矢面に立たせてしまうという事だ。
私としては、森を抜けて人間の街まで案内してもらえれば充分なのだ。
そこで門前払いされれば、次の街に流れればいい。ただそれだけなのだから。
その申し出を断ろうとした時、テオが面倒くさそうな、少し照れを隠す様な顔で言うのだ。
「気にすんなって。
薄々気付いてるだろうけど、お姫様達は我儘なんだ。
言い出したら聞かない。
で、俺達下僕は、その我儘を星の数程くらって耐性が有る。
めんどくせぇ事が一つ増えたぐらい何でもない」
申し訳なさそうに苦笑いするルナが続ける。
「そういう事よ。
それに、私達も人間には思うところがあるんだよね……。
同じ人間に対して…… ね 」
意味深な発言だったが、話を掘り下げる事は無い。
個が集まれば、メリットだけでなくデメリットも生じてしまうという現象は、どの種族でも起こるのだ。
「問題は仕事よね」
「仕事?」
「戦えるんだったら、冒険者登録して私達と一緒に稼ぐのが手っ取り早いわよ?
あんた、魔物の討伐とかどうなの? さっきサラッと流したけど、正直どうなのよ?」
「戦闘技術は、幼い頃から叩き込まれていますよ?
森で彷徨っている間、何体か魔物は討伐しました」
「ホントに? 何か証拠無いの?」
別の意味で疑われ始めたので、道中で仕留めた魔物の素材を、これ見よがしに披露した。
「!? なぁ、これって1人で狩る奴?」
「狩れなくはない…… しかし、大概の者は、1体でお腹いっぱいって感じだろ。未熟な冒険者ならパーティ壊滅なんてざらだ」
「でも4体分あるわ…… あんた、家を出て何日目だっけ?」
「3日目ですが?」
何やら嫌な予感がする。
「あんたさぁ、やっぱり魔王軍の兵士じゃないの?」
悪い予感はよく当たるものだ。
私が仕留めたのは、二足歩行も熟す大型のトカゲの様な魔物 ”エファアルティ” だ。
森の悪夢と呼ばれているらしく、熟練の冒険者でも手を焼く化物との事だ。
狡猾で獰猛なトカゲは、体重500kgを超える巨体。
その驚異は、威圧感溢れる様相だけでは無い。
目を見張る機動力、強靭な爪は幻覚作用を齎す毒まで完備し、獲物を捕食する。
そんな危険な魔物とは知らず、私は1人で4体も始末してしまったのだ。
「おかしいですね。父は、この魔物を素手で瞬殺していましたが」
「素手!? あんたのパパって本当に勇者だったり!?」
はて…… これ以上面倒な事になる前に、何とか話を切り上げなくては。
「父が勇者かどうかは分かりません。
聞いた事ありませんし。
ですが、このトカゲ…… 実際に戦ってみて思ったのですが、言う程強い魔物ではないですよね?」
私の一言で、彼等は一瞬にして静まり返った。
どうやら、私は彼等のチンケなプライドを刺激してしまった様だ。
「お、おぅ! 全然大した事無い魔物だぜ!
素手どころか、俺達の覇気にビビって姿も見せねぇよ!」
「探すの、すんっっごい苦労するもんね!」
「ならば、皆さんが討伐する魔物はトカゲよりも強い魔物なんですよね?」
またしても静まり返る4名。
どうやら、余計な事を言ってしまった様だ。
「…… いや、俺達が受けた依頼はトカゲの討伐なんだよ。コイツを3体だ」
バツの悪そうな顔をしたシドが、か細い声で呟く。
「3体ですか。この素材で討伐を証明する事は出来ますか?」
「出来るわ。……くれるの?」
「勿論です。その代わり、私を暫く同行させて下さいね」
「…… くっ! 殺しなさいよっ!!」
「え!? 何故です!?」
その日、私の素性について詮索される事も魔物の話も一切無く、無事に夜を明かす事が出来た。
翌朝、私は彼等と共に人間の街に向けて出発したのだ。
今回は殺されずに済んだが、向かうのは人間の街だ。
言うまでもなく厄介な事になってしまう。