#18 ナホカト国の悪夢Ⅴ
事務所に戻ると、私は直ぐにローラの様子を確認しに客室に向かった。
「ローラさん、今日は別件で西トリアに行ってきました。これはお土産の焼き菓子です。良かったら召し上がってください」
「わぁ、ありがとうございます」
喜んで焼き菓子を頬張るローラは、出発する前と同じく大人しい良い子だ。
体調はどうかと尋ねると、少し寝過ぎたせいで頭が痛いと言っていた。
その後、エヴドニアの件を報告すべく念話で招集を掛けたのだが、幹部達は既に会議室で待っていた。
何となく妙な雰囲気を感じた私は、その原因に直ぐに気が付いた。
エスカーの機嫌が悪いのだ。
「どうしました?」
「どうもこうもねぇよ。
お前が出て行った直後の事だ。俺は部下と一緒に訓練に精を出してた。天気も良いし、二日酔いも無かったからな。
そこに、あのクソガキが現れて訓練の見学をし始めた。で、意外と面倒見のいい俺は、見てるだけじゃつまらねぇだろうと思って 『お前もヤバい目に遭ってんだろ? 教えてやるから一緒にやらねぇか?』 って声を掛けてやった訳だ。
そしたら、あのクソガキは徐ろに立ち上がったかと思ったら 『雑魚が必死に鍛えてるザマが面白いから見てんだ。俺は強ぇから鍛えねぇ。さっさと踊りの続きを披露しやがれ』 ってぬかしやがった。
俺は大人だし、ガキ相手にマジになる事はねぇ。だが、ムカつかなかったと言えば嘘になる。
そんな訳で、早々に引き揚げて部屋で酒を喰らってたんだが、今度は飲み過ぎて頭が痛ぇ。
まったくとんでもない日だ!」
私が居ない間に色々とあったらしい。
先程、ローラと話したばかりだが、そんな態度の悪さは微塵も感じなかった。
「まぁいい。シスターの依頼は請けたのか?」
「請けました」
「…… ビンゴか?」
「半分ビンゴでした」
半分の理由が分からない幹部達に、エヴドニアの探している ”イザベル” の特徴を伝え、例の記録映像を見せた。
「ライ、ビンゴじゃねぇか! あのクソガキにクリソツだぜ?」
「いえ、半分ビンゴです」
先程ローラの部屋に行き、世間話がてら確認したのだが、ローラの手首には ”聖痕” がなかった。
映像の画質は多少荒かったが、それでも聖痕はハッキリと確認出来るのだ。
「じゃあ別人って事?」
「いえ、私が魔王軍に所属していた時ですが、一つの肉体に複数の魂が宿っている者について書かれた本を目にした事があります」
「じゃあ……」
「えぇ、可能性の段階ですが、エヴドニアと我々が探している ”イザベル” は、ローラの中に居るかも知れないのです」
仮にそうだとすれば、既に見付けているのと同義だが、会議室は得も言われぬ静寂に包まれてしまった。
その場に居た幹部全員に、その可能性を確信に変えうるだけの心当たりが有ったのだ。
だが、そこで問題となるのは、ローラの内に居るのなら ”何故、ローラが探しているのか” だ。
エヴドニアが探すのは理解出来る。しかし、イザベルを宿しているはずのローラが探しているのは解せない。
「それが、半分ビンゴとしか言えない理由です。仮に、ローラに宿っているとしても、当の本人が無自覚なのです。
話になりません」
何か、良い策は無いものか。皆が考え込んでいる中、ルミナが口を開いた。
「これは厄介な話ね。そもそも、どういう状況に持っていけば依頼達成になるのかしら?」
ローラの依頼は、妹であるイザベルを探す事。エヴドニアの依頼は、イザベルの状態で引渡す必要がある。
つまり、ローラの依頼を達成するには、心の中で対面出来る状態にするしかない訳で、エヴドニアの依頼を達成するには、ローラの身体をイザベルが使っている状態でいてもらう必要がある。
何方も、先ずはローラの中にイザベルが居るのか否かを確認しなくてはならない。
「なぁ、ラー。ローラじゃない時に聞いたらどうなん?」
シャーロットは幹部ではないが、何か話をしていると、いつの間にか紛れ込んでいる。
まぁ、それはどうでもいいが、シャーロットの言うローラではない状態とは、精霊使いの状態と悪態を吐く状態だろう。
「難儀な依頼だぜ…… ナホカト国の方の情報も、シドとテオが帰って来ねぇと分からねぇ。
シェフシャの襲撃事件の調査結果もまだだ」
「明日には戻るでしょう。別の可能性を期待したいですが、シャーロットの言う通り ”ローラではない時” に積極的に話をしてみるとしましょう」
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翌日、ナホカト国での調査を終えてシドとテオ戻り、西トリア騎士団の代理でシェフシャ入りしていた社員が戻った。
社員の報告して来た内容は、襲われた商隊の被害状況についてだ。
東西トリアやストラス、そして再南西端の国プチアの商人達から成る商隊は、シェフシャで補給や特産品の仕入を済ませ帝国へ向かう道中に襲撃されたようだ。襲撃犯の規模は不明だが、 商隊と言うだけあって護衛を付けているはずの一団は1人残らず惨殺され、所持金と少しばかりの食料が奪われていた。
「ライ、商品は手付かずなのか?」
「えぇ、報告通りなら手付かずです。
殺り合っている時に破損したと思しき物は有ったそうですが……。
それに、商人が身に付けていた貴金属の類は残されていたようです」
「じゃあ盗賊とは違うんじゃねぇか?」
我々は襲撃犯を盗賊だと思い込んでいたが、どうやら違うようだ。
盗賊が犯人ならば、商品は勿論、お楽しみや売却の為に連れ去られる者も居る。死体の身に付けている貴金属や、護衛の武器や回復薬など売れそうな物が残っている訳がない。それが普通だ。
「ナホカト国の方ですが、ローラの住んでいた家は特定出来たようですね。シド、状況は?」
「大通りからは少し遠いが、アクセスの悪くねぇ住宅街の中の1軒だ。
旅行が趣味で、ちょいちょい留守にする老夫婦が住んでいたらしいが、孫娘が越して来たのを機に旅行には行かなくなったそうだ。
その孫娘なんだが、特徴からローラで間違いねぇ。
老夫婦から直接話が聞ければ良かったんだが、数ヶ月前に押し込み強盗に殺られちまってた。
ナホカト国の騎士団は強盗殺人で処理したらしいが、特に盗られた物も無いらしいし、ご近所さんは口を揃えて、恨みを買うような年寄りじゃあないって言ってる」
何人いるかは知らないが、その老夫婦もエヴドニアの仲間だろう。
その他、殺人事件についても調べてくれたようだが、直近3ヶ月以内に街で発生した殺人事件は無かった。
「孤児院も回ったけど、ローラのそっくりさんは居なかったぜ?」
シェフシャの孤児院も調べさせていたのだが、やはりローラ似の子供は居なかったようだ。
「ライ、さっき言ってた本なんだけどさ、どこに有んの?」
「…… 魔王軍本部ですが」
「ねぇ、その本が魔王軍に有るって事は、同じような事例が有ったって事でしょ?
もう少し深堀出来ないの?」
「ルナさん、どうやってですか?」
「え? 魔王軍の本部で閲覧して来るに決まってんじゃない」
ルナは、そんなの当たり前でしょ? といった顔で即答したが、私は ”元魔王軍の兵士” なのだ。関係者以外の立ち入りは不可能だし、魔王軍の誰かに頼んで借りを作りたくもない。
何より、会いたくない方々が大勢居るのだ。
「それは無理です。
私は、もう魔王軍の兵士ではないのですから」
その本を見付けた当時は、当然だが、そんな珍現象には興味の欠片も無かった。
今更、閲覧出来る物でもないのなら、早々に諦めて別の方法を探るのみだろう。