#17 ナホカト国の悪夢Ⅳ
「ライ、シスターの依頼請けてみたらどうかしら?」
確かに、ルナの提案は悪くない。
シドとテオを付けて、ナホカト国へ部隊を送り出したが、そこで得られる情報は高が知れているだろう。
恐らく、我々が探している ”イザベル” と、シスターの探している ”イザベル” は同一人物の可能性が極めて高い。
もう少しすれば、ローラは魔法の効果が切れて起きて来るだろうが、良い子に戻っているとも限らない。
仮に、良い子に戻っていたとしても、いつ凶暴化するか分からない以上、件の依頼には可能な限り早くケリを付けたい。
もし、シスターの探している子供がローラの妹だったとしたらだが、会社の資金が潤うだけでなく、我々の知らない情報も手に入り一石二鳥なのだ。
「報酬は?」
「恐らく分割になると思いますが、達成すれば金貨5万枚です」
「すっごーーーい!! 教会のくせに払い良いじゃん!! 」
実際には、それの100倍だが……
その事実は伏せておいた方がいいだろう。
「ライ、請けようぜ!
そのイザベルってガキは、ローラとクリソツなんだろ?
だったら、あのクソガキをプレゼントしてやりゃ、厄介なやつが居なくなって、代わりに大金が転がり込むじゃねぇか!
5万枚もありゃ当分働かなくても豪遊出来るぜ?」
「何度も言いますが、完全に別人の可能性があるんです。勝手にプレゼントしないで下さいね」
金貨5万枚でも、こんな輩が現れる。
まだ、シスターの言う ”イザベル” が、ローラの妹と同一人物だと確定してはいないのだ。
もし違えば、我々は2人の人間を探さなくてはならなくなってしまうのに。
「エスカー? 勿論、貴方にも働いてもらいますよ?」
「おうよ! 早速シスターに心変わりを伝えて来い!」
言質は取った。
吐いた唾を飲む様な輩では無いと思うが、これは大事な事だ。
目覚めたローラが落ち着いていた事もあり、翌日の午後、私は西トリアの教会へ向かったのだ。
教会に入ると、聖人と化したシスターが目に付いた。表で会った時の印象とは余りにも掛け離れているが、何方も自然体で、それに関しては違和感は無い。
「あら、魔族さん。こんにちは」
相変わらず笑顔で挨拶して来るが、私が教会に来た目的に薄々勘づいているようだ。
今日は、喫茶店ではなく別の場所で話をする事になったが、私が彼女を待つのは相変わらず喫茶店だ。
しばらく待っているとシスターがやって来た。
「嬉しい。こんなに早く再会出来るなんて。請けてくれると思ってたのよ」
「我が社にとって専門外なのは先日申し上げた通りですが、それも勘定に入っていると思って良いのですか?」
「勿論よ。じゃ契約成立ね?」
そう言うと、シスター…… エヴドニアは自宅で話をしようと提案して来たのだ。
エヴドニアの自宅に着いたが、何とも生活感の無い家だった。
部屋には、テーブルとクローゼット、そして若干開いた扉の奥に、ポツンとベッドが置かれているのが見えた。
着いて早々、彼女は映像記録用の魔道具を取り出した。
この魔道具は、立体映像を再生するので喫茶店では確認出来ない。それを私に手渡し、話を続けた。
彼女の話はこうだ。
嘗て、ゲヴァルテ帝国には ”沙廷人” という神意を伝える者達が居たそうだ。
その者達は、その特殊な力で帝国の発展に多大なる貢献をしたのだが、ある日、帝国の更なる発展という大義の元、沙廷人の一族を一つの施設に集めた。
どうやら、その施設は沙廷人の能力を解明する…… と言えば聞こえは良いが、早い話 ”能力を奪う” 為の施設だったそうだ。
そこでは、背筋も凍る様な人体実験が日夜行われ、殆どの者は娑婆に出る事なく石の下だ。
「その ”沙廷人” の生き残りが、イザベルだと?」
「そうよ。イザベルは、数年前まで普通に帝国領で暮らしていたのが確認されてる。
本人は自分の血筋なんか知らないみたいだけど、ある日、帝国の研究者に見つかっちゃったのよ」
本人が無自覚という事は、その ”沙廷人” としての能力にも気付いていない可能性がある。しかも子供だ。
果たして、他人が気が付けるものなのだろうか。
「イザベルの手首と脇腹には聖痕がある。大きな釘で打ち抜かれた様な痣と、ロンギヌスの槍で穿かれた痕が5つね。
その聖痕だけがイザベルを探す手掛かりよ」
その前に、他に言う事があるだろう。
帝国の研究者に見付かったのなら、何故探す必要があるのか。
しかも、捜索するのは帝国から遥か南の小国だ。
北部に位置する帝国から遠ざかる為に南下した、そう考えるのは妥当だが、大金を積んでまで我々を巻き込む必要は全く無い。
「 ” 我々” が、帝国から救出したのよ。
その後、ナホカト国の隠れ家で保護してたんだけど、迂闊にも見失ってしまって……」
エヴドニアの仲間は、イザベルを帝国の極秘施設から救出する程の優秀さだが、詰めの甘い間抜けな一面も持ち合わせているようだ。
「その ”イザベル” という子供が、ナホカト国の隠れ家から一人で脱出したのですか?」
「いいえ、複数名の ”協力者” が手引きしたみたい。ストレスを感じさせると ”不味い事” になるから、結構自由にさせていたのよ。自由に外出出来る程度にね」
「それは、逃げられても仕方ありませんね」
「そうでも無いわ。上位クラスの者が24時間体制で監視をしていたのよ? 複数名でね。
でも殺されてしまったわ」
逃げられる等、馬鹿が考えても分かりそうなものだろう。と思っていたが、エヴドニアの話では、監視に当たっていたのは上位クラスの者。
魔王軍的な言い方をすれば、脅威度B+にランキングされる者達だった。
「手引きした者の存在は手に余る。
そこで、元英雄や上位クラスが多数在籍している victory order社 に話を持って来た。と言う訳ですか?」
「そうよ。 賢いと思わない? ”元英雄” と ”元魔王軍の精鋭” ならトチる事は無いものね? 」
「エヴドニアさん、冗談が過ぎますよ?」
私の脳裏を過ぎったのは、人族に化けた魔族のイメージだった。
大した魔力を感じないエヴドニアだが、実は可能性はある。
擬態に特化した魔族に限って、魔力は底辺な場合が多いのだ。仮に魔族ではなかったとしても、帝国に密告されれば ”勇者” が派遣されるだろう。そうなれば、社員皆殺しの憂い目に遭う事必至だ。
始末するにしても、問い詰めるにしても、密室に2人きりの今しかない。
私が動こうとしたのと同時に、タイミングを見計らったように隣の家のマダムが野菜のお裾分けにやって来た。
トリアに知り合いの居ない筈のエヴドニアだけなら人知れず殺る事も出来たが、おしゃべりが大好きそうなマダムに見られてしまったのだ。
そのマダムは、エヴドニアの仲間かも知れないし、単なる世話好きの隣人かも知れない。
だが、どちらにしても殺れば ”事が大きくなる”
一体どこまで知っているのやら。
仕方無いが、この女を何とかするのは仕事が終わった後にしよう。
「背丈、髪や瞳の色は? 聖痕以外の特徴を教えて下さい」
「聞くより、見た方が早いわ」
私は、言われるがままに魔道具の映像を再生した。そこに映し出されたのは、ローラと瓜二つの幼子の姿だったのだ。
帝国の極秘施設だろうか。薄暗い部屋で、椅子に厳重に固定された ”イザベル” の周囲には、十数名の聖騎士の姿があった。
俯いたまま動かない ”イザベル” の体には無数の管が差し込まれ、何かを注入されている。
『神をも畏れぬ罰当たりな者達よ。神の慈愛は、お前達にも平等に注がれる』
突然喋りだした ”イザベル” は、ローラの様な幼さは無く、どこか神々しさを感じさせる異質な存在だった。
『神をも畏れぬ罰当たりな者達よ。その蛮勇が、真に心の底から湧き上がるものか見極める為に、神は ”その力の片鱗” を披露したいと仰っておられる』
背後が騒がしくなり、死に物狂いで魔力を乱す拘束用魔道具を装着しようと、騎士達が ”イザベル” に飛び付く。
そのイザベルの頭上には、数cm程の光り輝く球体が浮かんでいる。
これが火炎系の魔法なら爆ぜて終わりなのだが、その球体は パチッ、パチッと音を立て、徐々に大きくなり、周囲に衝撃波をパラ撒いている。
「……馬鹿な。集束魔法を発動させようとしているのか!?」
私は目を疑った。
集束魔法とは、魔王軍が現在進行形で研究している ”対勇者の切り札” だ。
空間を漂う魔力を光速と同等以上の速度で衝突させ、それを更に圧縮する魔法である。
衝突した魔力は変質し、圧倒的な高エネルギーを放出する。
その効果は発動地点から数kmの範囲を高温に晒すのだが、温度が桁違いだ。
実に摂取6兆度の高温で焼き尽くすらしいが、未だかつて発動に成功した例は無い。
理論上は可能とされている魔法であり、集束させる魔力は、その空間に自然に発生している魔力を使うのだが制御が非常に難しいのだ。
結局、発動前に拘束用魔道具の装着に成功し、焼け野原は回避したようだが、数名の騎士は重度の火傷を負い息絶えている。
「エヴドニア、依頼はキャンセルです。
神が相手では分が悪過ぎます」
「ビビっちゃったかしら? でも、よく考えて。
帝国は血眼になって行方を探してるのよ? 彼等に先を越されて、この力をコントロールする術を発見されれば、今のパワーバランスは崩壊。帝国がこの世界の覇者になるのよ? 」
その可能性はあるが、コントロール出来ずに帝国が地図上から消え去る可能性の方が高いだろう。そんなものに巻き込まれるのは御免だ。
「ある日突然蒸発するのは、北部の帝国と魔王軍だけでしょう」
「そう…… 分かったわ。じゃあ、この件は ”別の所” に相談するわ」
エヴドニアの言う ”別の所” とは、十中八九帝国だろう。
非常に厄介だ。エヴドニアは ”イザベル” の潜伏先を粗方把握していて、我々に話を持って来ている。そう思っていい。
「それで良いかしら?」
卑しく微笑むエヴドニアの、その吸い込まれそうな深いグリーンの瞳を睨みながら、私は再度 ”気が変わった” と伝えたのだ。
victory order社の敷地が、紛争地と爆心地に変わらないように。