#16 ナホカト国の悪夢Ⅲ
「私は、元魔王軍の兵士です。
軍歴は400年以上、最精鋭の兵士でした。
貴方達と同じく ”英雄” と呼ばれる者達を、過去に何人も殺しています」
最早、捻りも覆いも必要無いだろう。
私は、彼等の望み通り ”どストレート” に答えてやった。
何故か、ルミナまでも目を見開いているが、この状況で優先順位を付けるとすれば、一番は ”元英雄達” の方だ。
次点で、ルミナ。最後に ”お客さんの接待” だ。
「クソが。んなこったろうと思ったぜ」
エスカーは目を閉じ、腕組みをしたまま 静かにそう言った。
しかし、その額には青筋が浮き、普段の軽さは微塵も感じられない。
今や、彼等はかけがえのない仲間だ。
だからこそ、争いは避けたかったが ”敢えて、どストレート” に答えてやったのだ。
「社長殿!! 突然、突然ガキが暴れだしました!! 手に負えません!!!」
元英雄の2人との関係が今後どうなっていくのか、その話し合いは、拳で語り合う事になるだろうと思っていた矢先、一人の社員が部屋に駆け込んで来た。
どうやら、ローラが ”また” 豹変したようだ。
元英雄は、無視して話を続けるかと思ったが、自分の部下を見捨てるような ”冷たい奴ら” ではないようだ。
「ふぅ。まぁ後にしよう。
先ずは、クソ生意気なガキのお守りだ」
「えぇ、そうしましょう」
庭に出ると、そこら一面穴だらけだ。
ローラの周りは大勢の社員が取り囲み、これ以上の暴走を阻止しようと必死だ。
殺すのは簡単だろうが、相手は依頼人なので手荒なマネをせず事態を収拾しようとした結果、手に負えないという事か。
どれだけ凶暴化したのかと心配したが、杞憂だったようだ。
しかし、何故、豹変してしまったのだろうか。
「ローラさん、ご機嫌斜めですが如何なさいましたか?」
「ラインハート、てめぇも ”グル” だったのかよ!!」
一体何を言っているのだろうか。
さっぱり分からなかったので、詳しく聞くべきだろう。
「心当たりがありませんね。”グルだったのか” と言われましても、何がなんだか、さっぱりですが…… 」
「シラ切るつもりかよ? 俺は気付いてるんだぜ!? この屋敷を囲んでる ”盗賊” だよ!! 惚けんなっ!!」
気難しい多感な年頃の子供だと思っていたが、魔力探知で ”お客さん” の存在に気付いている。
庭に空いた穴を見る限り、お子様の魔法にしては威力が強い。
「ローラさん、何度も言いますが、我が社は民間軍事会社です。
今は運送業が忙しいので、盗賊共から逆恨みされる事が ”それに比例して多いだけ” ですよ。
我々と盗賊は関係ありません。
反比例してくれると助かるのですがね」
「てめぇ大根役者だって言われねぇか!!?」
次の瞬間、私に向けられたローラの掌が強く発光した。
どうやら信用してもらえなかったようだが、どうでもいい。その掌は魔法の発動を告げているが、そんな魔法には興味の欠片も無いし、仮に飛んで来たとしても、信用してもらえなかったのと同じで ”どうでもいい事” なのだ。
そう、これは ”子供のおいた” だ。
多少イラッとはするが、民間軍事会社の代表として、そして一人の大人として、いちいち目くじら立てる事ではないのだ。
「ローラさん、貴女は少し気が張り過ぎているのですよ。少し昼寝してスッキリしましょうか」
魔法が発射されるよりも速く、私の右拳はローラの顎を優しく撫でた。
脳震盪を起こし崩れ落ちるローラを抱きとめ、睡眠魔法で深い眠りへと誘った。
「3時間は起きて来ないでしょう」
ローラを部屋のベッドに横たえ、我々は再度執務室に戻った。
また気不味い空気になるのだが、ローラの一件で少しばかり冷静になっているかも知れない。
そんな淡い期待を抱きつつ、私は席に着いたのだ。
「シド達と森で出会う前…… 出会う2週間程前まで、私は魔王軍の部隊に所属していました」
「ライ、冗談なんだろ? 訂正するなら今のうちだぜ?」
信じたくないのだろうか。
必死と言うよりも、切羽詰まった表情のエスカーが言い寄ってくる。
そんなエスカーに、ヴィットマンは言うのだ。
「エスカー、もう諦めろ。本人がそうだと言ってるんだ」
その言葉に、エスカーは叫んだ。
「ちっっくっしょょょょ!!!
金貨100枚ドブに捨てちまったッ!!!」
「……金貨100枚? 何の事ですか?」
私は、エスカーの言ってる事が理解出来なかった。勿論、何故そんなに悔しそうな顔をするのか、その理由を聞こうとするのだが、そのタイミングを握り潰すように部屋に社員が駆け込んで来た。
「社長殿、来客です」
「…… すぐ行きます。応接室に通して下さい」
今日は最悪な日だ。
朝から、モヤモヤが途切れる事無く襲ってくる。こんな日を人間の世界では何と言うのだろうか。
後で聞いたが、一部の地域では ”仏滅” と言うそうだ。
神様が ”休暇” を取って、どこかへ出掛けてしまうらしい。
「お待たせしました」
「よぉ、てめぇがラインハートか」
応接室で待っていたのは、盗賊風で人相の悪い若者だった。
優先順位は大きく変わってしまったが、何事も臨機応変さが大切というものだ。
「えぇ、代表のラインハートです。
今日はご依頼ですか? それとも因縁ですか?」
「両方だ。てめぇらのお陰で景気が悪い」
因縁を付けに来たようだが、本人は両方だと言うのだ。正直、こんなカスと話をする時間も惜しいが、丁度シェフシャの件で聞きたい事もある。
聞くだけ聞いてやる代わりに、此方の聞きたい事も喋ってもらおう。
「俺達は、奪う殺すでメシ食ってんだ。分かるか?」
「えぇ、勿論です。おたく等みたいな小バエが居るお陰で、私達は儲かって仕方が無い」
「悪い事は言わねぇ。護衛業から手を引け」
「それは違いますよ? 少し視点を変えましょうか。我々が同行している集団にちょっかい出さなければいい。それだけの事です」
「おいおい。わざわざ隠れ家から出張って行って、てめぇら V・O が居たばっかりに ”じゃあ今日は帰りましょうか” ってなるダセー盗賊が何処にいるってんだよ? あ?」
だったら、死にに来ればいい。
そう言いたいが、その前に言いたい事が他にある。
「おい…… そのしかめっ面は何だ?」
抑えていた魔力を少しばかり解放した結果、先程までのフレンドリーな空気は一転し、何とも禍々しい空気が応接室を支配した。
部屋の外には、幹部達の気配がある。
私が魔力を解放した事で、彼等を心配させてしまったのかと思ったのだが、後で聞くと、どうやら私の口調が荒れたのが珍しかったので ”ちょっと様子を見に来た” だけだったようだ。
「くっ…… 脅しかよ。一応依頼も有るんだがな!」
「失礼。おたくの目ん玉がガラス玉でなければ、屋敷の中に入るまでに庭の様子を見たと思います。
お察しの通り、我が社は、今 ”面倒事” を抱えてるんですよ」
「請けねぇつもりか?」
「その面倒事のタイムリミットは2ヶ月後です。その後で良ければ請けましょう」
私は、その盗賊にシェフシャの商隊惨殺事件について聞いたのだが、嘘か誠か、盗賊の親玉と思しき若者は知らないの一点張りだった。
その後、依頼内容の書かれた紙を受け取り、盗賊達は生かして返した。
「ライ、ぶっ殺さなくて良かったのか?」
エスカーは殺る気満々だが、盗賊達は victory order社の大切な餌なのだ。
護衛任務で少しづつ数を減らせばいい。
その結果、盗賊が絶滅したとしても、また別の需要が立つだろう。
「エスカー、さっき言ってた金貨100枚。
何の話ですか?」
「いや、実はよ。
俺とヴィットマンは、シドと賭けをしてた訳よ」
彼等は、私が現役の魔王軍の兵士か否かの賭けをしていたそうだ。
エスカーとヴィットマンは、私の事を現役の兵士…… つまりスパイだと思っていたらしく、そちらに金貨100枚を賭けた。
勿論、シドは真相を知っているので、事は成立したのだ。
「でもよ、心の底では信じてたぜ? いや、マジで。なぁヴィットマン」
「おう、もちろんだ」
「…… そうですか」
「ライ、あんた軍歴400年以上って何?」
「私は519歳なんですよ。500と19歳と言いませんでしたっけ?」
「聞いてないわ! でも、あんたの見た目的に、お姉さんが守ってあげるって言っても大丈夫よね!? ね!?」
こんな時まで ”しまらない” 彼等だが、少しモヤが晴れた気がした。
「ライ、シスターの依頼請けてみたらどうかしら?」
かなり脱線したが、ルナの軌道修正が入った。
確かに、ルナの提案は有りだ。
これ以上厄介な状況になるのを恐れ断ったが、考えてみれば、シスターの持っている情報は貴重だ。2ヶ月というタイムリミットを待たずに、ローラとおさらば出来る可能性が出てくる。
何より、情報と同時に大金が手に入るのいい。




