#15 ナホカト国の悪夢Ⅱ
次に私が向かったのは、ルミナ達と訪れた街の教会だ。
人間の宗教には疎いが、この手の教会は何処かに本部があると聞いた事がある。
つまり、各地に支部がある筈で、孤児の情報はある程度共有しているかも知れない。
そう思い、私はシスターに話し掛けた。
「シスター、少しお時間よろしいでしょうか?」
「はい? あぁ、貴方は…… 一般市民の魔族さん」
少し笑いながら、シスターは近くの喫茶店で会おうと言ってきた。
混血とはいえ、魔眼を持つ者と教会内で話をするのは、やはり聖職者としては体裁が悪いのかも知れないと、その時はそう思ったのだ。
「お待たせしました」
「……? シスター?」
喫茶店で待っていると、一人の女性が声を掛けてきた。
その女性は、ウィンプルを被っていない状態のシスターだった。
あまりにも印象が違い過ぎて、一瞬判らなかったが無理もない、素の彼女は垢抜けた都会の女性そのものだったのだ。
「シスターの格好で私と会うのは、やはり体裁が悪かったですか?」
「いいえ。私は、最近この教区に来たばかりなので知り合いは居ないの。
なので ”ここで話をする理由” は体裁ではないわ」
相変わらず微笑みを絶やさないシスターは、何故か、私が市民権を持っている事を知っている。だが、知っているのはそれだけではなかった。
「最近、”victory order” って民間軍事会社がストラス王国に出来たって聞いたわ。貴方の会社かしら?」
私や元英雄の2人が市民権を持っていると知っているのは、基本的には西トリアの騎士達や取引先関係者だけだ。
それは、魔眼を持つ私や、本来入国出来ないはずの2人が、事ある毎にしょっぴかれて来ると面倒だと思ったアルザスが、気を利かせて騎士団に触れ回ったからだ。
街の入口をパスすれば、街中で市民権だのなんだのでモメる事は無い。
なので、もし仮に我々が市民権を持っていると知っている一般市民が居るとすれば、それは我々を不審に思い、騎士団に通報した者となる。
「よくご存知で。我が社の社員に知り合いでも?」
そして、民間軍事会社の者だと知っているのも、西トリアでは騎士団と取引先以外には居ない筈なのだ。
最近は運送業以外の依頼も舞い込むようになったが、教会からは何一つ…… そう、庭木の手入れも、畑の草刈りも依頼された事は無い。
「いいえ、言ったでしょ? この辺に知り合いは居ないわ。
私は貴方を探していた。
お仕事の依頼をしたいと思っていたのよ。
これは、神のお導きね」
謎は益々深まるばかりだ。
この辺に知り合いが居ないのなら、頼れるのは騎士団か教会関係者のみとなるが、私が教会を訪れたのは一度きり。
”貴方を探していた” というのは問題発言だ。何処かのタイミングで私服の彼女と遭遇し、魔眼を見られ、騎士団に通報されたとしても、私が市民権を持っていると知れるぐらいで民間軍事会社の者だと知ってる訳が無いのだ。
西トリアに来たのが最近で、にも関わらず私の事を多少なりとも知っていて、挙句、依頼をしたいと言い出すシスターには、最早違和感しか感じない。
祈りと慈善事業に生きる彼女の依頼とは、一体何なのか。
少なくとも、命を狙われている可能性は無いだろう。
ならば、教会の修繕か? 夕食の買出し依頼か? 何にしても、教会関係者が民間軍事会社を頼るような案件は思い浮かばない。
「依頼ですか?」
「えぇ。是非、貴方にお願いしたいのよ」
「…… 伺いましょうか」
一体どの様な依頼なのかと、少しばかり興味は有った。なので、私は話を聞くだけのつもりで返事をしたのだ。
”どうせ、駆け出しの冒険者によろしくどうぞの案件だ” そうだろうと思ってたし、そうであって欲しかったのだ。
「”イザベル” って名前の子供を探して欲しいの。
請けてくれるなら、報酬は金貨500万枚。どうかしら?」
どうもこうもない。
教会の外で話をしなくてはならない理由は、それが ”金” の話だからだろう。だが、私的に、それ以上に問題視しなくてはならないと思ったのは ”その馬鹿げた金額” を、そのキュートな口から軽いノリで言い放つ ”シスターの振りをした不審な女” の素性だ。
「良い話ですが、お断りします」
「報酬は少なくはないと思うけど?」
「いえ、報酬の問題では無いのです。
我が社…… victory order社は、戦闘民族を集めて煮込んだような会社なもので、その手の依頼は専門外なのです」
請けられる訳が無い。
報酬は十分過ぎる程美味しい。しかし、ローラの時と同様、私の勘は危険信号を発しているのだ。
恐らく、彼女の探しているイザベルという子供は、ローラの妹と同姓同名の赤の他人ではなく、ローラの妹その人だろう。
「残念。でも、気が変わったら教会に来て。
私の名前は ”エヴドニア” よ。
じゃね」
そう言うと、彼女は喫茶店の会計を済ませて出て行ってしまった。
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モヤモヤと何かが頭の中に渦巻いているが、私は一先ず事務所に戻った。
「ラー! お前おったんか!!」
「…… いえ、居ませんでしたよ。今、丁度戻って来たところです」
「うん、知っとる。
なぁ、あの子何なん? ちょっと怖いんやけど……」
相変わらずの出迎えだが、シャーロットは怯えていた。
その視線の先には、屋敷の庭の中で一番大きな木に向かって何かブツブツ呟いているローラの姿があったのだ。
その近くで、ルナとエスカーが監視している。
所詮は子供だ。あの2人が監視しているのなら、例え豹変しても一瞬の捕物劇で終わるだろう。
「ローラは、何時からあんな調子なのですか?」
監視している2人に状況を確認すると、どうやら1時間以上も庭の木に話し掛けているそうだ。
「ローラさん、何をしているんですか?」
「精霊と話をしているのよ。この屋敷に貴方達が来てからの事を教えてもらってるの」
「この木に精霊が居るのですか?」
私には、それ相当のエネルギーを持つ精霊以外は見えない。
俗に言う ”下位の精霊” は、その存在力が弱過ぎて、 ”精霊魔導師” であるルナや、その他の ”精霊を使役するクラスの者” にしか見えない。
「幻覚でも見ているのでしょうか?」
「そう思うでしょ? ところがどっこい居るのよ ”大地の下位精霊” が」
ルナが居ると言うのだ。ローラの妄言ではなく精霊は確かに存在していた。
ローラは、我々が創業してからの事を精霊に聞いていると言っていたが、一体何の為にそんな事を聞いているのだろうか。
「ローラさん、貴女のクラスは ”精霊使い系” だったのですか?」
「えぇ」
「素晴らしいクラスですね。それに、我が社に興味を持っていただいて嬉しい限りです。精霊は何と言っていましたか? 」
「ガラの悪い人が多いけど、精霊の話を聞く限り問題無いみたいね」
「何か心配でも?」
確かに我が社の社員は、お世辞にもガラが良いとは言えないが、皆、規律を守っている。
口は悪いが、そんなものはご愛嬌だ。
「ローラに害があるといけないから ”私達が” 調べてるのよ」
「…………。そうですか。精霊の言う通りガラは悪いですが、皆よい社員ばかりです。ご安心下さい」
監視をBランクの社員数名に任せ、私は先程のローラの発言を気にしつつも執務室に戻ると、シスターの件を幹部達に話した。
「シスターが、ライの事を知ってる? 確かなの?」
「えぇ、この会社の事も知っていました。
彼女の依頼は、イザベルという名の子供を探して欲しい。そして、報酬として ”笑いも出ない金額” を提示されましたよ」
「何て答えの?」
「勿論断りました。
私はナホカト国の孤児について聞こうと思っていたのですが、その話をする前に依頼の話をされて、断ったら即解散でしたよ。
お茶までご馳走になってしまって、一体何をしに行ったのか分かりませんね」
執務室には、普段賑やかなヴィットマンとエスカーも居るのだが珍しく静かだ。
2人共、腕組みをしたまま何か考え事をしている。
「どうしました?」
私の問い掛けに、ヴィットマンが静かに口を開いた。
「シスターは、お前の事を多少知ってる。
俺達も、お前の事を多少は知ってるが、所詮は ”多少知ってる” その程度だ。
お前は、俺達を幹部として迎え入れ、俺達の部下の面倒も見てくれてる。
感謝しているが、それとこれとは別の話だ」
まさか、このタイミングで問い詰められるとは思わなかった。
会社を立ち上げた今でも、私の素性を知るのは森で出会った彼等のみだ。
「気になりますか?」
「お前の魔眼、強さ、少なくとも森で親に捨てられた可哀想な迷子ちゃんじゃねぇ。
解せねぇんだよ。いつまでも隠されてるのはよ」
私は、ルミナとルナの方を見る。
目が合うと、彼女達は何も言わず、ただ頷いたのだ。
「私は、元魔王軍の兵士です。
軍歴は400年以上、最精鋭の兵士でした。
貴方達と同じく ”英雄” と呼ばれる者達を、過去に何人も殺しています」
魔族を憎んでいるであろうヴィットマンに対して、自分は元魔王軍の兵士であると告げるラインハート。
その場に居合わせたルナとルミナは、2人の再戦を予感するのだった。




