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#14 ナホカト国の悪夢Ⅰ

ストラス王国より遥か北。

ゲヴァルテ帝国の東にある亜人の王が治める国 ナホカト国。


その国で、連日奇妙な事件が起こっていた。


その日の夜も、変死体が路地裏に転がっていたのだ。


5人目の被害者だ。


拷問された末に殺されたのだろうか。それとも民衆に死刑(リンチ)されたのだろうか。


いや、どうやら違うようだ。

酷く損傷した遺体、辺り一面血の海と化した犯行現場には、少年とも少女とも言い難い中性的な人間の子供が佇んでいたのだ。


翌朝、その子供は粗末なベッドの上で目を覚ますと、胸の辺りを抑え、呼吸困難寸前の荒い呼吸を整えようとする。


悪い夢でも見たのだろうか。


とても酷い寝汗だった。


まだ速く脈打つ心臓、震える手。

その手を力一杯握り締め、服も着替えず大急ぎで事件現場へ向かった。


大騒ぎになっている筈の路地裏は、職場に向かう人々が平然と行き来し、いつも通りの日常が繰り返されていた。

遺体は勿論、血痕一つ残されていない犯行現場に、誰一人として違和感を感じる事もなく、まるで……

そう、まるでその事件そのものが無かったかのように。


……………………………………………………………………………



西トリアで私が逮捕されている間。


事務所では、幹部は勿論、非番の社員も総出で宴の準備をしていた。

私の出所と、市民権獲得を祝う会だそうだ。


率先して仕切っているのは、ルナとシャーロットだ。

2人は、私が連行された日は留守番をしていて、現場に来ていない。

特に指示した訳ではないが、常日頃、事務所を無人にしてはいけないと言っていた私の令を守ったのだ。

もどかしかったのだろう。

食材や酒の発注に始まり、その会で着る衣装まで新調する念の入れようだ。

そして私が釈放され、盛大に宴が催された。

後日、何故か私個人宛に高額な請求書が届いたが、今回は目を瞑るとしよう。


「ライ、お出掛け?」

「えぇ、西トリアの教会に行きます。

中の雰囲気や、何が行われているのか前から気になっていまして」

「魔眼を持つ者が教会に行くと、天罰が下るわよ?」

「!? そうだったんですか…… それは、とても残念です」

「冗談よ。私達も行くわ」


魔王軍時代に、神様とは何と理不尽なのかと思っていた私には、かなりキツい冗談だ。

丁度、その日は礼拝が行われているの日だったので、ルミナとルナ、それにシャーロットも行く事になった。


「教会? 祈りに?

行かねぇよ! 祈ってる暇があったら遠方の護衛依頼行くぜ!」

「何故です? 貴方は遠方の依頼を任せると嫌な顔をするじゃないですか」

「神頼みよりもな、金に物言わせる方が現実的だって言ってんだよ。

金の方が、よっぽど ”力” があるってことよ」


女子3名の産廃を見る目を意に介さず、エスカーは言い放った。

女子の反応は辛辣だったが、私は少し納得していた。

先日届いた請求書然り、魔王軍時代は家畜の如く扱き使われていたので意識しなかったが、最近は金の有難味を感じる事が多い。


ルナの精霊に追い回され、エスカーは何処かへ逃げて行った。

早速出発だ。


到着して、最初に行ったのは献金だ。

これは教会や孤児院の運営、身体の不自由な者の為に使われるそうだ。


「金額の決まりは有りますか?」

「特に無いわよ? ライが思った金額で大丈夫」


相場が分からないので、金貨5枚を献金として捧げた。


教会の内部は、美しく色鮮やかな窓硝子に大きな十字架がある神秘的な空間だった。

静かな空間に、聖書の一部を読み上げるシスターの声が優しく響く。

皆、跪き祈っているが何を祈っているのだろうか。


「神様に我儘なお願いをしてるわけじゃないのよ?

神様が与えてくれた日常に感謝して、お礼をするの。

罪があれば告白して、それを赦してもらう為に導いて下さいとかもあるわ」


なるほど。

エスカーは、祈りというものについて根本的な勘違いをしている訳だ。

私は仲間達との出会いに感謝し、この大陸で力強く生きていくと誓った。

今後の運命に、神の祝福がありますようにと祈りを捧げたのだ。


教会を出ると、女子は吸い込まれるように甘味処へ入って行く。

私も後を追い店に入った。


「ヤバ……。 ラー! 財布忘れてしもた!」

「何処に忘れたのですか? 教会ですか?」

「たぶん事務所や…… 後で返すから、とりあえず奢って」

「「…………」」


シャーロットが、教会で自前の財布を出し献金していたのを、我々はバッチリ見ていた。

後で返すから奢って欲しいと言うシャーロットが、自分で矛盾している事を言っている自覚が有るかどうかは置いておいて、我々が最も関心を寄せているのは、こんな聖女が ”神に愛された者” だという衝撃の事実だ。


午後には事務所に帰ったが、案の定シャーロットからはスイーツ代は貰えなかった。

そうなると思っていたし、請求する気も無いが。


「ラー、最近物騒やな」

「はて? 何かありましたか?」

「シェフシャで商隊が襲撃されていっぱい死んどる」

「シェフシャは隣の国ですね。

盗賊が多い事で有名ですから、我々も気をつけなくてはなりませんね」


彼女は、たまに怖がりになる。

普段は能天気な彼女を、人間でも魔族でも亜人でもない、第4の ”何か” だと思いがちな私は、怖がる彼女を見て、感受性の有る人間の女の子だった事を思い出しハッとするのだ。


新聞を片手に、不安な表情を浮かべるシャーロットと話しているとルミナがやって来た。


「ライ、可愛らしいお客様がお越しよ」


応接室へ行くと、少年にも少女にも見える中性的な人間の子供が待っていた。

高価なマジックバッグに、高そうな服。

しかし、足元は履き込んだボロの靴で、髪は自分で切ったのだろうか? 所々不揃いで少し歪だ。

痩せこけている訳ではないので、物盗りではないだろう。

だが、少なくとも良い家の子供ではない事は、容易に想像出来た。

都会に憧れる田舎の子供といった雰囲気だ。


「初めまして、私はvictory order代表のラインハートと申します。

本日は、どの様な御依頼ですか?」

「…… 妹を探して欲しいの」


新しい案件だ。

護衛、輸送、警備と来て、遂に捜索まで依頼される日が来た。

聞くと、この子の名前はローラ。

中性的過ぎて分からなかったが女の子だ。

我が社の噂を聞き、わざわざナホカト国から来たと言う。


「我が社は民間軍事会社です。

探偵ではないのですよ?

先ずは、探偵事務所に依頼をされるべきでは?」

「もう探偵には何回も依頼したよ! でも、見付けられなかったんです……」


どうやってストラスまで来たのか聞くと、馬車と徒歩だと言うのだが、子供が1人で来れるのだろうか?

道中には、魔物も盗賊も出る。

先程の新聞記事の様な事件も起こるのだ。


「ストラスまでは、護衛の冒険者を雇ったのですか?」

「雇ってないよ? ずっと一人来たんです。

あ! お金の心配ですか? お金は沢山有ります!!」


マジックバッグから出して来たのは、なんと金貨1000枚。

子供が扱える金額ではない。


「このお金は、どうやって工面したのですか?」

「家に有ったのを掻き集めてきたの。

足りませんか?」


何だ? この違和感は……

よく見ると、時折大人びた表情も垣間見せる。

と言うより、大人に見える瞬間があると言うべきか。


「…… 妹さんの事を聞かせて下さい。

ある日突然失踪してしまったのでしょうか?」

「攫われたんだ。

数人の男に連れ去られて…… 」


連れ去られたのは、ナホカト国で一緒に暮らしていた妹のイザベル。

2人は双子で、並べば区別がつかない程そっくりだという。

特に怨恨や、その他思い当たる節は無い。

連れ去られた時の状況だが、深夜に数名の男が押し入って来て、妹のみを連れ去りローラには見向きもしなかったそうだ。

因みに、その時ローラは金縛りにでも遭ったかの様に指一本動かせず、ベッドの上で犯行を眺める事しか出来なかったらしい。

拘束系の魔法だろうか? だとすれば盗賊よりも奴隷商の線が濃厚かも知れない。


「お願いします! 妹を探して!!」

「…………」


何か臭う。

私の勘は、明らかに警告を発していたのだ。

見付けられるかどうか。

それも問題だが、そもそも関わってはいけない気がしてならない。


「…… おい。

引き受けるのか引き受けねぇのかどっちなんだよっ!! ハッキリしろよっ!!

ボンクラッ!! 」


豹変したのだ。

字の如く、猫が豹の様に獰猛な猛獣へと変わり、私を睨み付けている。


「……。落ち着いて下さい。

先程も言いましたが、我が社は民間軍事会社です。

我々が依頼を受ける受けないの前に、幾つか貴女に納得してもらわなくてはならない事が有ります」

「言えよ」

「先ず、報酬は前払い。

労力を先に提供する事は出来ません。

ここにある金貨1000枚ですと、5名を投入し捜索期間は2ヶ月となります。

そして、依頼の内容を変更して頂きます」

「変更? どういう事だ」

「妹さんの捜索ではなく、妹さんの救出作戦となります。

最も重要なのは、期間内に男達のアジトに辿り着けない可能性もありますし、辿り着けても…… 妹さんが生存しているとは限らないという事です。

それを納得して頂けるなら引き受けましょう」

「それで結構です……

宜しくお願いします」

「…… では、私の行動命令に基づく定時報告書の写しの送付先なのですが、どちらにお送りしましょう?」

「その…… 依頼料を払ったら、帰りの馬車代が無くて……」


先程の獰猛さはすっかり鳴りを潜め、最初の状態に戻ったローラは、弱々しく呟く。

正直、家に帰って報告を待ってもらいたかったのだが、お茶のお代わりを持ってきたルミナの提案で、2ヶ月間を事務所兼屋敷で過ごしてもらい、期間終了後に護衛を付けてナホカト国まで送り届ける事になった。


ルミナがローラを部屋に案内する為に連れ出した後、私も部屋を出たのだが、ドアを開けると、そこにはエスカーが壁に撓垂れ掛かりながら待っていた。


「ライ、あのガキ何者だ?

さっきの魔力、ありゃガキの魔力じゃねぇ」

「私も、ずっと違和感を感じています。

大人しい幼子かと思えば、突如豹変する。

大人にしか見えない瞬間も有りました。

印象じゃないんです。

顔がコロコロ変わるんですよ」

人喰い箱(ミミック)を屋敷に置いとく訳にはいかねぇ。

今更キャンセル出来ねぇなら、さっさと終わらせようぜ」


今回ばかりは、エスカーの言う通りだ。

早速、シドとテオに今回の依頼内容を説明した。

ナホカト国で日銭を稼いで生活していたヴィットマンの部下3名を編成し、その日の内に送り出したのだ。


「ライ、どこ行くの?」

「西トリアへ行ってきます」


私も援護射撃をする為に動き始めた。

目的地は、西トリア城。

王様に会いに行くのだ。


「てめぇは何様のつもりなんだ?

軽いノリで国王に会いに来るんじゃねぇよ」

「アルザス陛下、善良な市民が謁見賜りに国外の職場から来てるのですよ?

無碍に扱って良いのですか?」


アルザスは顔を歪め、深い溜息を吐いた。


「てめぇのどこが善良な市民なんだよ。

宰相の野郎が、今どんな状態か知ってるか?

お抱えの治癒士(プリースト)に治療してもらったが、トラウマ抱えちまったみたいでよ。

ブルっちまって、暫く部屋に引き篭った。

んで、出てきたかと思ったら、横領だの経歴詐称だの洗いざらい白状しだしてよ。

臭い飯を喜んで食ってやがる。

どんだけ殴ったら、あんなに人間変わっちまうのか……」

「そうですか、良かったじゃないですか。

陛下もスッキリしたでしょ?」

「まぁな。

で? 今日は何の用事だ?」


私は、アルザスに調べてもらいたい事が幾つかあったのだ。

それは、ナホカト国とシェフシャ王国での奴隷売買の詳細と、直近の盗賊絡みの殺人についてだ。

東西トリアの関係は険悪だが、その他の隣国とは特に火種は抱えていないので、ある程度の情報は共有出来る筈だ。


「手ぶらで来たんじゃねぇよな?」

「勿論ですとも。

ストラスで一番人気の焼菓子をお持ちしました」


菓子折りの底には、金貨200枚が敷き詰められている。

断られるかも知れないが、その時は時間は掛かるだろうが自分で調べればいい。


「ベタな野郎かよ。

まぁいい。先日、うちの商隊も襲撃されてな。

猫の手も借りてぇのに、騎士を派遣しなくちゃならねぇ。

この端金で足りねぇ分は、お前のとこの犬を代わりに働かせろ。

情報を回せ、それでチャラにしてやるよ」


アルザスから王国の馬車を拝借し、面の割れていない社員数名を現場に向かわせる。

現場の状況や、各国の動きを知るには良い機会だ。

手配を終えると、私はもう一つの目的地へと移動したのだ。


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