#13 少し特殊な依頼
様々な依頼が舞い込む victory order社に、新たな依頼が舞い込んだ。
我が社は、どんな依頼でも ”紳士に対応し” 、そして必ず達成するのだ。
ある日。
「ラインハートさん、折り入ってお願いがあるんです!」
「ライ…… 知り合いですか?」
「いいえ、他人の空似でしょう。
間違いなく初対面です」
やって来たのは、クロエという膨よかな女性。
何やら、私の事を知っている様な口振りなので聞いてみた所、どうやらシャーロットが絡んでいるようだ。
「本日は、どの様なご依頼ですか?」
「私、痩せたいんです!
シャーロットさんから、ラインハートさんに相談したら何とかしてくれるって言われて来ました!!」
シャーロットは、このクロエという女性と街で親しくなり、良い人ぶって悩み相談を受けた。
唯、それだけの関係だそうだ。
そんな女性に対して民間軍事会社を紹介した挙句、当の本人は屋敷に居るはずなのだが姿を見せない。
「クロエさん? 大変申し訳ありませんが、生憎、我が社はフィットネスジムの会員は募集してませんし、専門的な設備もありません。
お引き取り下さい」
「ラー! お前そんな奴やったんかっ!!」
「シャーロットさん!」
壊れるのではないかと思う程の勢いでドアが開いた。
入って来たのはシャーロットだ。
やっと出てきたかと思えば、客の前でお前呼ばわりする始末。
しかも、何故か結構本気で怒っているのだ。
眉間に顬、後頭部も…… 頭部は満遍なく謎の頭痛襲われ、お引き取り頂く直前とはいえ客の前で頭痛薬に手を伸ばしてしまうところだ。
「では…… 痩せたい理由だけでも伺いましょう」
さっさと追い払えばいいと思われるかも知れないが、シャーロットが物凄い剣幕で睨んでいて、そんな状況にルミナはアタフタしている。
ルミナは、今とても困っているのだろう。
私は、そんなルミナを助ける為だけに、一応話を聞くのだ。
「半年後に、シェフシャ国の国王が側室を募集するんです」
「側室…… ですか」
「はい、側室です。
でも、男の子を産めば一生安泰なんです!
その為にも、先ずは選ばれないといけないんです!」
側室…… 一夫多妻制に於ける妾のポジションだったか。
国によって側室の扱いは様々だと聞いた事があるが、どうやらシェフシャ国では側室が男児を出産すると正妻の権力を凌駕するようだ。
気になるのは、女児だったらどうなるのか。だが、その場合は御役御免となり母子水入らずで里帰りだ。
里帰りの際、手切れ金ぐらいは支給されるだろうが、そもそも、よくもそんなリスキーな進路を選んだものだと、私はある意味感心した。
「半年後でしたか? 大変失礼ですが、現在の体重は?」
今すぐにでも目の前に置かれた机を蹴り飛ばして退室したいが、これ以上ルミナを困らせてはいけないのだ。
「…… 92kgです。40kg台まで落としたいです」
「設定値が高過ぎます。期間内に目標を達成するのは不可能でしょう。
お引き取りくだ」
「ライ、女子に体重聴いたんだから何とかしてあげて」
そこまで聞いておいて、断るのは悪いわ。
そんなルミナの心の声が聞こえた気がした。
まぁ、ルミナの頼みとあっては断れないが、最終的には地獄の沙汰も金次第となる訳だ。
金の話をする為に、民間軍事会社の業務なので費用として○○掛かりますと同然の如く言いたい。
そして、諦めてくれれば万々歳だ。
私なりに考えた結果、これは訓練という事にした。
作戦能力を獲得したい駆け出しの傭兵へ、基礎訓練を実施するのだ。
「お分かりかと思いますが、我が社は民間軍事会社です。
ですので、この件は訓練の依頼として処理します」
「訓練?」
「そうです。
この屋敷で寝泊まりし、我が社の社員の指示に従い、満足行くまで基礎体力訓練を熟して頂きます。
費用として、1週間分金貨5枚を前払いして頂きます。
よろしいですか?」
「お願いします!!」
費用を捻出出来ずに諦めるだろうと思っていたが、どうやら彼女は結構持っているようだ。
家が金持ちなのか、それとも使い道が無かっただけなのかは分からないが、私は大きく肩を落とした。
金貨5枚といえば、20代前半の一般労働者の月給に相当する。
その金額を毎週払わせて、何の成果も無いのは不味いだろう。
覚悟を決めた私は、ヴィットマンを別室に呼び付け話をした。
「ラインハートよ、遂に指名依頼か?」
「えぇ、傭兵を志す女性が依頼人です。
戦闘技術を少々と、あわよくばスッキリ絞りたいと。
ただし、これは普通の依頼ではありませんよ? 特殊依頼です」
「おい、スペシャルだろうがグレートだろうが、所詮は訓練だろうが。
たまには命懸けの依頼取ってこいよ」
そう言いつつも、ヴィットマンは応接室へやって来た。
そして、依頼人を目の当たりにした彼は 「お前が依頼人か?」 と問いただしたのだ。
恐らく、何かの間違いだと思ったのだろう。
その問いに、彼女は ”そうだ” と応えた。
その後は酷かった。
ヴィットマンは 「おい、豚野郎。俺の訓練はハードだが根を上げずに付いてこい。その弛みきったケツが引き締まるぜ」 そう言ったのだ。
そんなヴィットマンの言葉に、彼女は当然ながら不機嫌な顔で私に言うのだ。
「他の人は居ないんですか!?」
なので、私は民間軍事会社らしくフレンドリーに言ってやった。
「彼は、社内では随分と紳士な方です。
嫌なら依頼はキャンセルで結構なんですよ? 子豚さん 」
彼女は血管が破裂しそうなぐらい血圧が上がり、露店で売られているスパイシーなチキンよりも赤く熱々だが、私はルミナに怒られ、顔が海よりも青くなるほど頗るクールだ。
だが、暫くの間、悪者扱いされ続けるのは嫌だったので、少し小話をしようと思う。
「クロエさん、貴女ダイエットの経験は?」
「もちろん有ります。でも、断食しても痩せないんです」
「リバウンドした事はありますか?」
「有ります。しっかり食事制限してるのに体重が戻ってしまうんです」
「そうですか」
ダイエットあるあるだが、私は信じない。
何故なら、この世で無から有が生まれるという現象は確認されていないからだ。
脂肪1kgを増やす為に必要なカロリーは、凡そ7000kcal。
現状維持、又は体重が増えるという事は、それ相当のカロリーを摂取している事になる。
彼女は極端な食事制限の最中、無意識に間食をしていたはずだ。
この位ならと思える様な、ほんの少量の菓子を、日に何回も何十回も食べたとしたら……
痩せるかクソッタレ。である。
一見、無から有を生み出しているように見える魔法でさえ、極論を言えばエネルギーの移動でしかないのだ。
「クロエさん、貴女は ”良い選択” をするという習慣を身に付けなくてはなりません」
「良い選択?」
私が、彼女のトレーナーにヴィットマンを選んだのは ”紳士だから” だけではない。
もう一つの理由は、その驚異的な肉体である。
その肉体を造り、支え続けるのはヴィットマンの常日頃の選択に他ならない。
人生とは、常に選択の連続なのだ。
どの様な選択を繰り返してきたかが、その人を形作っていると言っても過言ではない。
今回は、ヴィットマンを例に話を進めていこう。
今は人間離れした肉体のヴィットマンとて、生まれながらに化け物じみていたわけではない。
今は見る影もないが、産まれた時は玉の様に丸く、頬っぺもプニプニして可愛らしい姿だったに違いないのだ。
そんな姿を見て、ご両親は ”将来は騎士になる” だの ”いいや学者になる” だの、売れないお笑い芸人よりも寒い事を言い合っただろう。
そんな無垢な赤子が、何故に騎士や学者を通り越して、人間そのものを卒業してしまったのか。
問題は結果ではなく、そこに至った経緯だ。
これは私の推測なのだが、彼は幼少期に戦闘職の漢気か、魔族由来の災難に直面しているはずだ。
その時、彼は強く思っただろう。
強くならなくてはならない。と
その瞬間から、ヴィットマンは肉体を武器化する戦慄の日々を送って来たはずだが、嫌々では人間を超越する事は出来ない。
つまり、ヴィットマンは辛い選択をする事に ”喜び” を見出していたのだ。
例えば、一般人の目には明らかにオーバーワークと思えるハードなトレーニングを日課にしたとしよう。
自主練なので、見ている者は誰も居ない。
そんな状況なら、すぐに根を上げてメニューを変更してもいいし、手抜きし放題だ。
しかし、ヴィットマンは ”絶対に手抜きせず決めたメニューを熟す” という選択をする。
もう一つは、目的地手前で魔族に遭遇したとしよう。
ここで、2つの選択肢が発生する。
1つは、くわばらくわばらと念仏の様に唱えながら、見付からない様にその場を立ち去る選択肢。
もう1つは、魔族の顔面に鉄拳を叩き込み、撃滅するかだ。
リスキーなのは明らかに後者だが、彼が選択するのは魔族との対峙だ。
「貴女は、先程非常に不愉快な思いをされた訳ですが、それは貴女がつまみ食いをするという選択をした代償なのかも知れません。
仮に、つまみ食いを我慢するという選択をし続けたなら、何が待っていると思いますか?」
「…………」
考え込むクロエを後目に、私は話続けた。
「結論から言いますと、待っているのは ”喜び” です」
最初は辛いだろう。
食べたいという欲求を ”抑制” するのは苦痛を伴う。
しかし、ある日を境に ”抑制” は ”節制” へと変わるのだ。
食べたい物を我慢し、トレーニングに励む日々は、ある日、身体の変化を実感させる。
心の変化が始まるのは、その ”ある日” だ。
それを台無しにしないように、もっと美しくなる為に慎重に選択をするようになり、軈て、その選択は脳に刷り込まれ、意思決定までの時間は徐々に短縮されるのだ。
”慣れ” というのは恐ろしいものだ。
遂には、喜んで間食を控え、健康的なスタイルを維持する為の ”善い選択” を率先して行うようになる。
「クロエさん、貴女の ”理性” は ”欲望” の奴隷ですか?」
「…………」
舐め腐った担当の社員、高額な料金、その舐め腐った社員の姿形から容易に想像出来る常軌を逸したハードなトレーニング。
私は、彼女が認識の甘さを自覚し、逃げ帰ると思っていた。
だが、彼女は帰らなかった。
「5ヶ月半の料金を前払いします! よろしくお願いします!!」
彼女の蒼い瞳は、まるで不純物を含まない炎の様に、強く静かに輝いていた。
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彼女の訓練がスタートし、5ヶ月が過ぎようとしていた。
最初の1ヶ月はヴィットマンの怒号が昼夜問わず響き渡り、社内では葬式の費用も前払いさせておいた方が良いのではと、そんなキツい冗談が飛び交ったものだ。
しかし、彼女は死ななかった。
2ヶ月を過ぎると、ヴィットマンの怒号を聞く日も少なくなり、彼女は我々も驚く程の変貌を遂げていたのだ。
ダイエットあるあるの一つ、体重が落ちなくなる停滞期も、ヴィットマンの組んだメニューのおかげで難無く脱し、現在の彼女はエスカーが太鼓判を押す程の美女になっていた。
「順調ですね。
最近、甘味を許可されたと聞きました」
「えぇ、それも訓練の一つだと言ってました」
ヴィットマンが甘味を許可したのは、彼女に節制が身に付いたという事だ。
訓練期間が終われば、側室に成っても成れなくても、食べる内容について咎める者は居なくなる。
その時は自分で制限するしかないが、今の彼女なら大丈夫だろう。
「ラインハートさん、社員は募集してますか?」
「? 今のところ求人は出していません。ですが、いずれは募集はしようと思っています」
「私は社員になれませんか? 側室の件ですが、最近どうでも良くなってしまって……」
彼女は何を思ったのか、側室に応募するのを辞めて、我が社に就職したいと言い出したのだ。
私は断った。
此処に来たのは、王族に成る為なのだ。
ならば、応募してみるべきだと思った。
「選考に漏れたら、我が社の事務で雇用しましょう。なので、予定通り応募してみて下さい」
「私は、恩を感じてます。お金では買えないものを手に入れる事が出来た気がするんです」
そんな彼女に、私は言った。
「我が社は民間軍事会社です。
恨みを買う事もあるでしょうし、厄介な案件を抱える事もあるでしょう。
貴女が側室に成って男児を出産したら ”我々が困っている時に” その権力で少し手助けして下さい。
こんなお願いは、貴女が王族に成ってからでは出来ません」
訓練期間が終わり、彼女は故郷へと帰って行った。
その数週間後、シェフシャ国で公募が始まり、クロエという女性が側室に成ったそうだ。
更にその翌年、側室が男児を出産したと、風の噂を聞いたのだ。