#11 西トリアへ
「こちらが、今回の作戦任務報告書の写しです。
畑荒らしには深手を負わせましたが、逃走を許してしまいました。
傷が癒えれば報復もあるかも知れません。
ですので、明日の午前中までに畑荒らしの本拠地を捜し出し強襲します」
「本拠地ですと!? まさか組織的な犯行だったとは!」
「所詮は畑荒らしですので、心配無用ですよ。
明日の報告書は、事後処理もありますので当日中にお渡し出来ないかと思いますが、ご容赦を」
「報告書は後で構いませんが、本拠地の急襲は予定外の事ですので……」
「……? 追加料金の心配は無用ですよ? 」
「それを気にしていまして! いや〜御社に依頼して正解ですな!」
「今後ともよろしくお願いしますね」
依頼主が知らなくてもいい事実もある。
その日の夜、数名の部下に農園の警備を任せ、私は幹部と事務所に戻った。
「ラー! お前おったんか!」
「…………」
「ラー! 芋堀りは終わったんか!!?」
「シャーロット、 ”ラー” とは何ですか? 貴女の地元の方言ですか?」
「お前、ラインハートやろ? 長いからラーって呼んどる」
「…… そうですか。
芋掘りは終わりました。試しに焼いてみたので食べてみて下さい」
「ラー最高や。気が利く」
「…… どうも」
どうやら、”ラー” とは私の事だった様だ。
しかし、上司をお前呼ばわりとは、魔王軍時代には考えられない暴挙だが、彼女の地元では普通なのかも知れない。
人間とは、実に多様性に富んだ種族の様だ。
この先、この様なカルチャーショックを受ける機会は多いだろう。
「明日の午前中に、西トリアの国王と会って来ます。
テオとルミナ、同行して下さい」
「何があったんだ?」
テオもルミナも、私があまり人と会わない理由は承知している。
今回の依頼主であるボブを含め、数名の得意先としか会っていないのだ。
それが、突然国王と会うと言い出せば、勘ぐられるのは当然か。
「畑荒らしの依頼ですが、犯人は西トリアの騎士でした」
私は、この件の一部始終を話した。
止めておけと言われると思っていたが、テオとルミナの反応は違った。
「運送屋の次は戦争屋か?」
「仕方ないわね、お姉さんが守ってあげるわ」
テオは、少し呆れた表情でそう言った。
国家ぐるみの犯罪を捨て置けない正義感か、それとも反骨精神か。
ルミナも呆れた様な物言いだが、その表情は子供の我儘に付き合う母親の様ににこやかで、横で焼き芋を頬張る野良の聖女より、よっぽど聖女だ。
「では、万が一の保険としてヴィットマンとルナは郊外で待機。
シドとエスカー、それにシャーロットは店番をお願いします」
「え!? 俺、留守番かよ」
「事務所を留守にする訳にはいきませんし、西トリアが破壊工作を企んでるかも知れませんからね。
頑張ってリフォームしてくれた事務所です、壊されたくありません」
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我々に見逃された騎士達は、何食わぬ顔で宿舎へ戻り着替えを済ますと、国王の執務室へ向かった。
「申し訳ありません。手練が組織されていまして……」
「で? お前達が我が国の騎士だと知られてしまったと。証拠映像まで撮られて」
「…… 明日の午前中に、城へ来るそうです」
「豪気な…… まぁ良い、会ってやろうではないか。
始末は後日行え」
「どの様に致しましょう」
「…………」
「…… こ、国王?」
執務室の隅に立て掛けられた木剣を手に取り、国王は膝まづいている騎士を怒鳴り付け、叩きのめした。
「殺して埋めたら終わりだろうがぁっっ!!
連中が城を出たら、後をつけて人目に付かない所で殺りゃあいいんだよっっ!!!」
この男、元はトリア王国軍の武将らしい。
魔王軍との戦争で武勲を挙げ、爵位を賜った。
その後も、王家に反抗的な貴族家に戦を仕掛け、忠実な番犬を演じ続けたそうだ。
しかし、悲しいかなトリア国王から叙爵されたが故に、子爵にまで陞爵したが、所詮は下級貴族。
彼の思い描いていた環境とは、大きく掛け離れていた。 のかも知れない。
それに、元々武闘派だった彼は抜群に短気だった。
翌朝、彼の気性など知らない我々は、意気揚々と城に乗り込んだのだ。
昨晩の騎士達は、きちんと伝言を伝えてくれていたようだ。
宰相に案内され、王の執務室へ通された。
流石は成り上がりという事か。
部屋には国王のみ、護衛の1人も付けないという雄々しさだ。
「アルザス陛下、お会いできて光栄です。
私、ストラス国で民間軍事会社を営んでおります、ラインハートと申します」
「噂は聞いているぞ? 我が国の商人も世話になっているそうだな。
で? その民間軍事会社が私に何の用かな?」
無駄話は無し。
此方としても、長居するつもりは無いので、早速本題に入らせてもらおう。
「昨夜、西トリアの騎士が東トリアの農園を荒らしました。
結果はご存知かと思いますが、我々も流石に対国家は分が悪い。
穏便に済ませたいと思っております」
「…… ふぅ。
腹割って話そうか。お前らの要求は何だ?」
ネタ的に、傀儡にするには弱過ぎる。
ならば金しかない訳だが、私の要求は少し違う。
「陛下、猟犬を飼ってみませんか?」
「…………」
さて、どう応えるか見物だ。
一時も視線を外さず、暫し思案したアルザスは、こう応えた。
「お前らは、猟犬なんかじゃねぇよ。
飼い主に仇なす狂犬だ」
「正式な返答は後日で結構ですよ。
アルザス陛下」
席を立つアルザス。
部屋に張られていた盗聴防止効果を組み込んだ結界が解除された。
とっとと失せろという事だ。
部屋を出ると、またしても宰相のエスコートだ。
特に何を喋る訳でもないが、腹黒さや感じの悪さがひしひしと伝わってくる。
能力を買われたのだろうが、この者以外に宰相に相応しい人材は居なかったのだろうか?
皇帝の遠戚という噂もある。
切るに切れないのかも知れない。
「ライ、俺は大乱闘を期待してたんだぜ?」
「私は身の程知らずの暴君ではありませんし、ルミナも居るのです。
大乱闘目的なら、ルミナを連れて来ませんよ。
手順を踏まなくてはならないのです」
「手順?」
「ですが、今後の出方次第で状況は変わりますよ?」
城を出た我々は、寄り道せずストラスの事務所を目指す。
転移魔法を使っても良かったのだが、テオが ”お客さん” の気配を察知していた。
わざわざ追い掛けて来たのだ、相手をしないのはマナー違反だろう。
「どうする? 殺る?」
「私が動きを封じるので、死なない程度に可愛がってやって下さい」
城下町を出て、人気の無い街道に差し掛かった時、追手は二手に分かれ挟撃を試みる。
恐らく、遠距離からの攻撃魔法で片を付けたかったのだろうが、ルミナの強力な魔法防御結界のおかげで接近戦に変更したようだ。
”殲滅領域”
私のスキルの一つ ”殲滅領域” 。
これは、明らかな格下にしか発動しない精神支配系のスキルだ。
魔法と違う点は、魂を殺せる事。
一般的に精神支配系の魔法は、最大3名程の対象を ”操る” ”無力化する” ”発狂させる” 事が可能だ。
なので、対象に自害しろと命令すれば自害するだろうが、その程度の人数を始末するには効率が悪い。
その点、私のスキルは優秀だ。
効果範囲は150m。
時の止まった亜空間の中に、対象の意識を強制的に引きずり込み、後は殺りたい放題だ。
どれだけ動こうが、どれだけ魔法を放とうが現実世界の体力には影響しない。
「おやおや。誰かと思えば、昨日の騎士さんじゃありませんか」
「何処だ此処は!?」
赤黒い空、生命の気配の無い大地。
その異様な景色に狼狽える騎士達は、術中に嵌ったのは理解しているようだが、彼等の知る魔法の類とは明らかに規模が違う。
身を寄せ合い、まるで仔犬の様だ。
「今日はどうされましたか?
国王に命令されましたか? それとも自ら志願しましたか?
汚名返上の為に」
「おかしな真似をしやがって!! 俺達を怒らすと怖ぇぜ!! 」
威勢はいいが、まだ状況が理解出来ていない様だ。
私のスキルは、直径150mの真円。
その中に入ってしまえば、数百、数千の兵士と言えども、私のGOサイン一つで瞬間的に地獄へダイブする。
「この空間は、私の前に立つ資格の無い雑魚しか入れません。
つまり、此処に居る貴方達は生粋の雑魚。
頭が高いですよ?」
騎士の1人が斬り掛かるも、結界も張らずノーガードの私に傷一つ付ける事が出来ない。
折れて何処かへ飛んで行ってしまった切先を、ただ呆然と眺める騎士達。
そんな残念な彼等とも、もうお別れだ。
「解りましたか?
この空間では、私は ”神” です。
貴方達の攻撃では、髪の毛一本斬ることも出来ませんよ」
「くっ!!」
「貴方達が追って来た理由、それは命令されたのかも知れませんし、志願したのかも知れませんし、報復する為に独断で追って来たのかも知れません」
「そんな事はどうでもいいだろうがっ!!」
「そう。その辺の ”真実” はどうでもいい事です。
しかし、捨て置けないのは ”西トリアの貧弱な騎士団に、我々が襲撃されたという事実” です。
分かりますか? 舐められると商売にならないんですよ」
街道には、無気力に立ち尽くす騎士達。
まるで魂が抜けてしまったかの様に、虚空を眺める生ける屍だ。
亜空間の魂を殺せば、糸の切れた人形の様に彼等は死んで真下に崩れ落ちる。
だが、今回は死んでもらっては困るのだ。
「ライ? コイツらどうしちまったんだ?」
「彼等の魂は、今、別の場所に居ます。
何も言わない、避けも反撃もしない獲物を斬るのは趣味じゃないと思いますが、我々と事を構えると言う事は、相当な損害と相応の覚悟が不可欠だと分からせる為です」
「見せしめか。コイツらの運の無さよ。
同情するぜ」
テオは騎士達の方へ歩き出し、剣に手を掛けた。
居合?
居合かと思ったが、抜剣はしなかった。ように見えた。
しかし、騎士達の四肢は見事に切断され宙を舞ったのだ。
剣聖のスキルだろうか?
剣を抜いた素振りも無く、一瞬で十数人を斬る謎の技。通常の間合いよりは遠いが、飛び道具のような飛距離は無い。
何をどうしたのか聞きたいが、後日にしよう。
「ルミナ、”器” に魂を戻す前に治療してあげて下さい。
接合はせずに、止血だけでいいです」
「本当に接合しなくて良いの?
後で接合しにくくなるわよ?」
止血の為に切断面を軽く治療すると、接合しようとした時に、再度傷口を開かなくてはならない。
高位のヒーラーなら手術は一瞬で終わるだろうが、傷口を開く瞬間は地獄を味わう。
「さて、魂を戻しますか」
我々は、絶叫が木霊する街道を後にした。