学園生活初日はドタバタ
《旅立ちの朝》
「じゃあ行ってきます!」
私は、心配そうな顔で私を見つめる両親に笑顔で旅立ちの挨拶をする。
「辛くなったり、危ない目にあったらすぐに帰ってくるのよ。私たちはいつでも待ってるからね。」
お母さんが美しい青眼に涙を浮かべながら、私との別れの言葉を送ってくれる。
「お母さんは大袈裟だな〜。長期休暇になったら帰省するのに〜。」
お母さんに安心するように言うと、今度はお父さんが私の手を握って頭を撫でる。
「お、お父さん? お父さんも心配性〜?」
「ミリア。いいか、よく聞いてくれ。」
「ど、どうしたの。」
普段からニコニコして、ふざけてばっかりのお父さんがいきなり真面目な顔をするもんだから少し顔がこわばる。
「どんなに人を憎んでも、許せなくても、人の心だけは忘れるな。いいな。」
そうだ。私はこれから人を殺すかもしれない。お父さんはそれをわかってるんだ。
「分かったよ、お父さん。何があっても私は私でいるよ。」
私のその言葉を聞いて、お父さんはうんうんと首を縦に振る。
「うん。そうかそうか。ならいいんだ。頑張れよ! 私たちの自慢の娘よ!」
自慢の娘なんて嬉しいことを言ってくれる。長期休暇になったら真っ先に帰ってこよう。そうしよう。
「じゃあ、今度こそ。行ってきます!」
そう言って、いつもの笑顔で見送ってくれるお父さんとその隣で涙目で手をふるお母さんに最後の言葉を残し、私は重たい荷物を持ち上げて遠く離れた駅を目指した。
《学園での最初の出会い》
私の学び舎となる国立マキシア学園は、私の故郷から電車で三時間ほどかかる首都圏のど真ん中にある。
それなのに一番近い駅からは、さらに1時間ほど歩かないといけない。
「つ、辛すぎる。でも、歩くしかない。」
ようやくの思いで私の前に学園の正門が見えた。
しかし学園についてからすぐに、私はこの学園の恐ろしさを痛感した。
「み、みんな。手ぶらで・・・。しかも、送迎付き!?」
ほとんどが貴族っていうのは知ってたけど、まさかここまでとは。お金持ち、恐るべし!
電車を降りて、駅からこの荷物を持ってここまで来た私。よくがんばったなぁ。グスグス。あ、涙が。
でも、
「かっこいいなぁ車。私の故郷の街じゃ誰も持ってなかったもんなぁ。」
うわ〜。今、あの女の子が降りてきた車も全身黒の光沢が光っててかっこいいなぁ〜。
故郷の街じゃ、車なんてなくても商店街で買い物すれば生活に困らなかったし、車ってすっごく高いんだよね、確か! 今初めて見たから値段とか知らないけど!
どんっ
「いてっ。」
見慣れない風景にぼけ〜と歩いていたせいで後ろに人にぶつかった?
よかった、私は前の地面に思いっきり激突しちゃったけど、ぶつかった人は転んではいないみたい。
「いてて、ご、ごめんなさい! ぼ〜としてて! 大丈夫ですか?」
急いで立ち上がり、謝まった私の前にいたのは、少し幼い顔立ちをした白髪の男の子と同じ白髪の綺麗な女の子だった。
「はぁ。朝からついてない。もう学校行く気力なくなったから帰ろうかな。」
男の子は私の方なんて一切見ずにぶつぶつと呟いている。
「まぁまぁ、そんなこと言わずに。カナタ様がいないと今日の式が成り立ちませんから。」
「だから僕は嫌だったんだよ。リーシェがやったほうが絶対いい感じになるのにさぁ。」
「ふふふ。そんなことありませんよ。カナタ様と私とでは比べ物になりませんので。」
そのいかにもやる気も活力もなさそうな男の子を綺麗な顔立ちと薄氷のような長い髪の女の子がなだめている。
姉弟?ん? というか私、無視されてる?
「あ、あの〜。一応、怪我とか大丈夫ですか? も、もし怪我してたら私、能力で治しますけど〜。」
私の存在を思い出したかのように、男の子が私の方をみる。
「え? 僕が怪我したと思ったの?」
少し驚いた顔で、質問を返してくる。
ん? なんでそんな驚いてるの? というか、いつの間にか周りに人がたくさん増えてるような・・・?
少し驚いた顔をした後、私の足元に置いてあった大荷物を見てから、
「あ〜、君。編入生なんだね。」
「あ、はい。今年からこの学園に編入することになって〜。」
男の子は「そっか。怪我はしてないから大丈夫だよ。」と言って、隣で静かに見ていた女の子と校門の方にむいて歩き出した。その間際、校門の方を向きながら
「編入生なら尚更、能力のことは他人に言わないほうがいいよ〜。」
と言って、玄関へと入っていった。
能力を言わないほうがいい? どうしてだろう。
その場に取り残された私をさっきまで見ていた周りの生徒たちもコソコソと何かを話しながらそれぞれ、どこかへと向かって行った。
「あ、先に寮に荷物を置いてこなくちゃ! 入学式までにこの荷物を寮に置きに行こうとしてたの忘れてた〜。」
と、とりあえずぶつかちゃった子に怪我がなくてよかった〜。
「さ、寮までまたこの荷物を持って行かなくちゃ。」
よっこらせ、と重い荷物を持って寮へと向かうことにした。
私がいた正門から寮までは歩いて5分ほど離れた場所にあった。
寮は大きなホテルのようになっていて、私の部屋は15階。3階以上の建物なんて初めて入るよ〜。緊張しちゃうな〜。
ガコンッ
初めて乗ったエレベーターの感動を胸に廊下を歩く。
「え〜と、1542はどこだ〜。あ、あった。あった。」
1542と書かれた部屋の前にたどり着く。
「私のペアの人は先にいるかな〜。」
この学校のシステムで、部屋は2人1組の相部屋になっており、学園生活を共にするパートナーになる可能性が高い。
つまり! その子と仲良くならなければ私はぼっち! それだけは避けたい!
「ふぅ。ちょっと緊張してきたぞ〜。」
学校から事前に送られてきていた鍵を使って、ドッキドキの胸を抑えるようにして部屋に入ると、そこには綺麗な黒髪ショートの女の子が机で紅茶を飲みながら本を読んでいた。
ドアを開けた音で私に気づいたみたいで、椅子から立ち上がって私の前まで歩いてくる。
「あれ、あなた今朝、キサラギ君と話してた子?」
キサラギくん? 変わった名前の子だな〜。そんな名前の人と話したっけ?
「あ、キサラギ君って、あの白髪の子?」
「そうだよ。あの男の子はまだ中等部なんだけど、飛び級で高等部に入学したらしいの。多分、今の段階でも実力はこの学園でもトップクラスじゃないかな。」
え、私そんなヤバイ人に入学式前から関わっちゃったの〜。不運すぎるよ〜。
「ってキサラギ君のことは後にして、そんなことよりも能力! あんなに人がいるところで言っちゃってよかったの!?」
す、すごい勢いで可愛い顔を近づけられて、なんだか、変な気が起き、はしないけども!
「え〜と、私編入生で、この学園のこと外側の情報しか知らなくてさ〜。あはは〜。」
私が貴族の出じゃないことバレちゃうな〜。
「そう言うことだったんだね。じゃあ私が色々教えてあげるから! とりあえず、もう能力の話は人にしたらダメだよ? いい?」
そう言って、私の唇の前に指を差し出す。いわゆる「し〜」だ。
か、可愛い〜。もう惚れちゃってもいいかな? いいよね?
「わ、わかりました。教えてもらえるのはすごく助かります。」
そう言うと、その子は嬉しそうに笑いながら、私から顔を離す。私は抱きしめたくなる衝動を必死に抑えた。
「さて、まずはですね〜。なんでみんな自分の能力を人に言わないのかと言うと、この学園は完全な実力至上主義だからです。」
「実力至上主義? どうやって実力を測るの?」
「あれ? 学園から資料とか来てなかった?」
ん? 資料? なんか持っていかないといけないものとかだけみて、他はあんまりみてなかったような・・・。
「ど、どうだろう。流石に目は通したと思うけど、忘れちゃったな〜。」
こ、ここで私のガサツさがバレたら友達になれないかもしれない・・・。やばい。
「そっかそっか。じゃあ私が改めて教えるね。この学園には大体二ヶ月に一回、一対一で試合をする昇格戦というテストがあるの。学年で1位から400位まで割り振られていて、必ず自分より高い人と戦うことになってて、この相手は自分が指名した人と戦うことができるのです。」
「それで、勝った人はその人のいる順位になれます。逆に自分より下の順位の人に負けた方は、その人に抜かされちゃうから、順位が一つ落ちます。」
ずっと勝てなかったらどんどん順位が落ちていっちゃうってことね。あれ?
「ん? じゃあじゃあ400位の人が200位に勝って、200位の人が1位に勝った場合はどうなるの?」
「そういうケースは見たことないけど、400位の人は1位じゃなくて、200位になるんだと思うよ。」
「なるほど〜。結局自分がなりたい順位の人に勝たないといけないってことね。」
あれ? そういえば、
「その順位って何で決まるの?」
「基本的に中等部からの引き継ぎなんだけど、あ! 私ったらごめんね。まだ名前も聞いてなかったよね。」
「あ、そうだったね。私はウルーウ・ミリア。よろしくね〜。」
「ミリアちゃんね。よろしく~。私はカナリー・サラ。堅いのとかあんまり好きじゃないから気軽にサラって呼んでね〜。」
「わかったよサラ。よろしくね。」
ん〜。入学して初めての友達ができそうだよ〜。お父さんお母さん〜。
ぼっち生活になるんじゃないかって不安だったけどなんとか楽しく過ごせそうだよ〜。
「あ、それで、さっきの続きなんだけど。」
「あ、そういえばそうだったね、順位の話だっけ。」
「うん、基本的には中等部の引き継ぎなんだけど、多分、キサラギ君とミリアちゃんはどっちも途中からこの学年に入るって感じだから、一応最初は399位タイからになると思うよ。」
最下位からのスタートか〜。でもまぁ一番下からのスタートならもう下がることはないし、ポジティブに考えればラッキーかもね〜。
「あ、それでね。ここからはすっごく大事な話なんだけど。」
今までニコニコ喋っていたサラの顔から笑顔が消え、真剣な表情に変わった。
「な、何?」
「えっとね。この学園の生徒は毎年毎年、学年400人ぴったりなんだ。」
あ、そうだよね。さっき聞いてて400人ぴったりなんて珍しいなぁとは思ったけど。ん?
「え、毎年?」
「そう、毎年。」
え、てことはつまり、
「1年の最後に、順位が下の人からその年の志願者と戦って、負けたらその人は退学になっちゃうんだ。」
その話を聞いた時、自分の危機よりも先に私は入学試験を思い出していた。
「じゃあ私の代わりにこの学園を退学になった人がいるってことだよね・・・?」
私と戦った人は、私に負けた後、泣きながら誰かの名前を呟いていた。あれは、きっと友達の名前だったんだ。
サラは、くるっと後ろを向いて
「確かにそうかもしれないけど、国と国民を守るための学園で実力が優先されるのは当然だからね。」
サラは窓の方を向いたまま言葉をかけてくれる。
「でも、学園を去った子たちの分まで、一緒に頑張ろうね。ミリアちゃん。」
「そうだね。頑張ろう!」
私がこの学園に入学したことで、この学園を退学になった人がいるのは、知らなかったけど、その人の不幸よりも沢山の人の幸福を産み出せるように頑張ろう。
少し長い間話をしていたようで、気づくと入学式の時間まであと10分くらいになっていたから、私たちは入学式の会場に向かうことにした。