2-2・海まで競争しよう
川面に顔を出すと川岸に停められていた二艘のスワンボートが目に入った。
スワンボートは首に蝶ネクタイを締めた凛々しい眉毛を持ったものと、頭に載せた赤いリボンが似合うものがいた。彼らは番いなのかもしれない。最近のスワンボートはキャラクターの個性やストーリー性を重視しているようだ。
今までの夏休みにスワンボートに乗ったことがない僕らは迷わず乗り込んだ。
「海まで競争しようか」
「いいですよ。私、負けません」
二人で一艘に乗ると番いの一艘を置いていくのが可哀想といったスワンボートに対する憐みが理由で一艘ずつに乗ったわけではない。かつてこの川に飛び込み、海まで泳いで競争していた河童たちの残留思念に心を突き動かされて勝負をしたくなったのだ。
合図もしていないのに同時にペダルを漕ぎ出す。
ハンドルを切り、激しくスワンボートをぶつけあっていると、心の中に「自分は一体なにをしているのだろう」と全力でペダルを漕ぐ僕を俯瞰して見ている別な僕が現れた。
マサハルにも同じ現象が起きたのかペダルを漕ぐのを忘れて頭を抱えて唸り始めてしまった。
僕はその隙を見逃さず間隔を引き離す。
この勝負は冷静になったほうが負けなのだ。
やがて川幅が広くなっていき河口に辿り着いた。
河口の先には月が鎮座する海ではなく、初めから町にあった海があった。
県内でも有数の透明度を誇る海は夏になると海水浴客で賑わうが、今は二人しかいないので僕ら二人のための海になっていたりする。
スワンボートを停めて長い防波堤に降り立つと走り出したくて、うずうずしてしまった。
「走ろうよ。海に飛び込むまでが競争だよ」
「それは聞いてないです」
既に僕は駆け出していてマサハルは慌てて後に続いた。
一〇秒ほど走ると防波堤の端まで辿り着いた。
僕らは駆け出した速度のままに本日二度目のジャンプで海へ飛び込んだのだった。
「知識では知っていたけれど、川の水はしょっぱくなくて海水は塩辛いんだね」
「お互いに今までの夏にできなかったことが経験できましたね」
+
夏の太陽は青空を夕焼け色に変えてしまう頃でさえその力強さを示し続けている。
西日が嫌に眩しく感じて視界がぼやけていく。思考は靄がかかったように不鮮明に感じられるのは疲労が溜まっているせいだろう。昨日と今日ではしゃぎすぎたかもしれない。
今までの夏休みとは違った夏を過ごすのは思っている以上にも楽しいようだ。
マサハルを送り届けるために力を振り絞って校門前の長階段を上り昇降口に辿り着く。
彼女が「さようなら」と言うなら、僕は「ばいばい」と返したいのに、口から出る言葉は意味を成していないようで、僕の異変に気がついたマサハルが振り返る。
「おわたさん?」
立っていられないほどの眩暈が襲い掛かり、一秒後には意識が遠のいていく。
マサハルが僕に手を伸ばしてなにかを叫んでいるようだが、うまく聞き取れない。
「“ ”」
僕の名前を呼んでいたような気がした。