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0831+―終わった世界と遙かな夏―  作者: 夏
40日目【8月71日】
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12-8・ありがとうと、さよならを

 約二千年分の涙を流し終えた神は涙を拭いながら、僕らに向かって声高らかに宣言した。



「決めたわ。最後に一つだけ、あなたたちの願いをなんでも叶えてあげる」



 神は僕らが元々いた世界を滅ぼした時にマサハルの願いを叶えたように、僕らの夏休みの世界を終わらせようとした償いからか、僕らの願いを叶えると言うのだ。

 その時も、今だって願いを叶えることなど気まぐれだったのかもしれない。それでも、その優しい気まぐれで救われたもの、救われるものがある。


 神の言葉に頷き、僕とマサハルは手を繋いだ。

 僕らが神に願うのはただ一つ。



「僕が鍵を使って新たな世界を創ることを了承してほしい。僕も君と同じだ。誰かを傷つける人の心は大嫌いだ。傷つけて傷つけられて消えていく命がある事実を認めては、仕方ないと受け入れてはいけないと思う。それに人の心のせいでマサハルも傷ついたし、人を傷つけることになった。それがなによりも許せない」



 九月一日を嫌った神様が創った八月三一日に一日ずつプラスされていく永遠の夏休みのように優しい世界を創りたい。



 きっと、九月一日を嫌う人はどこの世界にも、今までもこれから先も現れ続ける。

 九月一日が永遠に訪れないことで救われた命があるように、傷つけて傷つけられて消えていく命を守るシェルターのような、羽ばたく前の蛹が過ごす温かな繭のような世界を創りたい。


 一番に叶えたい本当の願いは別にあれど、これも間違いなく僕の本心だ。

 誠実な気持ちをもって首に下げた世界を創る鍵を強く握りしめて決意を示す。



「僕がすべての心あるものを幸せにしてみせる。もう二度と誰も悲しまない世界を創ってみせる。君の願いも、そらさんの願いも、僕が受け継ぐよ」



 そらさんも神も優しかった。そんな優しい人たちが望んでも成し得なかった優しい世界をただの人間である僕が創るという。

 生半可な決意では成し得ないと神は警告した。



「鍵にその願いを託すならあなたはこれから永遠に心あるものを幸せにし続ける存在になるんだよ。優しい人たちを集めた世界を創り見守るだけじゃ駄目なんだよ。誰にだって人を傷つける心があるんだよ。あなたが望む世界はこの夏休みの世界みたいな、大切な友達とたった二人だけの世界か、すべての生命が『心を持たない世界』じゃないと叶えられないよ」



 神の忠言も、その奥にある僕を気遣う優しさにも気づいていた。

 それでも僕はこの願いを叶えたい。叶えなければならない。

 神の目をしっかりと見据えて、もう一度誓った。



「それでも成し遂げてみせる!」



 ただ「やってみる」と喚くだけなら誰にだってできる。僕は必ず守れる約束などないと知っていたから、それを果たせなかった時のことも正直に打ち明けた。



「けれど、もしも誰かが悲しむ世界になってしまったら、その時は僕の創る世界を消せばいい」



「あっ」と声を漏らす。言ってから気づいたので補足しよう。あまりにも格好悪いが仕方ない。



「でもまだその世界には生きている人たちがいるはずだから、別な誰かに鍵を託して新たな世界を創ってもらって、僕が創る世界で生きている人たちをサルベージしてもらって、その次こそは優しい世界になるように願ってもらって、それでも駄目ならまた次の誰かに託して……」



 熱くなりすぎて話が不明瞭になってきたところでマサハルが苦笑しながら助太刀してくれた。



「あなたとそらさんと、おわたさんの願いはそうして別な誰かに受け継がれていくのですね」

「僕にできないことはできる人に託すんだ。そうすればいつか『優しい世界』が叶うはずさ」



 そらさんが神に託した願いは僕に託された。僕はその願いを別な誰かに託すのか、自分で叶えるのか、今はまだわからない。

 未確定で、不確かで、それでも本物にしたいと願う僕の決意に神は応えてくれた。



「その願い、確かに聞き届けたわ」

 



 神が僕らの世界を滅ぼそうとするのをやめても夏休みの世界の崩壊は止まらない。

 世界から月と僕らのいる半径数メートルだけがかろうじて残されている状態だ。

 周囲の海が光の粒となって空に還っていく速さからすると夏休みの世界が終わるまで一刻の猶予も残されていないようだ。

 月へ向かう透明な階段を創り出しながら、神は申し訳なさそうに本心を伝えてくれた。



「夏休みの世界を滅ぼす、なんて言ったけれど本当はね、私はあなたたちが羨ましかっただけなんだと思う。私には一番大切な友達と二人で夏休みを過ごすことができなかったから」



 やきもちで僕らの夏休みを終わらせようとしていたなんて、気まぐれで嫉妬深くて責任感が強くて優しい神様なんて、あまりにも人間らしく、神らしくておかしかった。



「尾張奏汰、あなたが創る世界なら、誰もが最高の夏休みを過ごせるかもしれないね」

「夏休みだけじゃなくて、秋休みも、冬休みも、春休みも、全部最高にしてみせるよ」

「もちろんよ。そうじゃないと許さないんだから」



 神が創った階段は月へと届いたらしく、僕らを先へ行くように促した。



「さあ行きなさい。世界の中心へ」



 階段を上る前にマサハルは神にお辞儀をしながら感謝の気持ちを述べた。



「あの! 一度目の世界が終わった時、私の願いを叶えてくれてありがとうございました。二度目の世界が始まらなければ、またおわたさんに会えなかったから……」



 僕らが再会できたのは、いくつもの選択と、僕らを支えてくれた人たちと神がいたからだ。

 僕も格別の感謝を込めてお辞儀をした。

 顔を上げたマサハルは神にふわりと優しく笑いかけた。



「あなたのこと忘れません。優しい私たちの世界の神様」

「ええ、私も忘れないわ。あなたたちみたいな変な人間のこと。……それじゃあね」



 神はマサハルの言葉に満足そうに微笑み、胸の前で小さく手を振っていた。



 神とはここでお別れだ。



 神は「二人のために生まれた世界なら、終わる時も二人でいるべきだわ」と僕らと共に月へ、世界の中心へ向かうことを拒否し、終わりゆく夏休みの世界に一人残ることを選んだ。


 これから神はどうなるのだろう。夏休みの世界と共に消えてしまうのだろうか。

 マサハルは「神様は、そらさんを探しにいくと思います」と言っていた。僕もそう思う。

 僕らは無意識の海の向こうで、もういなくなってしまった人と再会できた。

 それなら消えてしまったそらさんと、もう一度出会う奇跡があったっていいじゃないか。

 それに、もしかしたら、そらさんのほうから神を迎えに来ているかもしれない。

 彼だけが覚えている彼女の名前を呼んで再会する二人を想像しながら、優しい神様との出会いと別れを胸に刻みながら、僕らはゆく。

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