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0831+―終わった世界と遙かな夏―  作者: 夏
10日目【8月41日 朝】-39日目【8月70日】
30/40

11-4・二人だけの世界では恋バナをするものではない

 それからマサハルは僕を保健室に案内した。

 夜の学校の保健室にパジャマ姿の女の子と二人と聞いて胸が躍らない男の子はいないと思う。


 だがしかし、これから起きるかもしれないあれこれな出来事に期待していた僕が惨めになるほど保健室では素敵なイベントは発生しなかった。あったのはお茶を飲みながら雑談をするという健全で和やかな時間だけだった。

いや、マサハルと過ごせればなんでも楽しいし素敵だよ!



 保健室の時計の針は深夜〇時を指していた。今夜はこれでお開きかな。



「もう、こんな時間だね。仮眠室があったから今日はそこで寝るね」



 学校に泊まるとしても保健室はマサハルが寝泊まりしている場所だから、ここで僕が寝るわけにはいかない。

 仮眠室へ向かおうと立ち上がると、マサハルが遠慮がちに僕の服の裾を掴んで引き留めた。



「ここじゃ駄目ですか」



 僕が「駄目だよ」と言う気配を察したのかマサハルはまくしたてるように話し始めた。



「おわたさんが熱を出して倒れた時、ここで寝ていましたよね。私も隣のベッドで寝ましたよ」

「それとこれは違うよね」



 あの時、僕はマサハルがいる場所で眠っていた。冷静になると尋常じゃないレベルの恥ずかしさが込み上げてくる。熱で判断能力が落ちていたのを言い訳にマサハルと同じ保健室で寝てしまったが、さすがに現在の健康な状態で同じことをするのは駄目だろう。


 頑なに保健室で眠ることを拒否し続ける僕にマサハルは奥の手を繰り出した。

〈お願い〉という名の僕の同情心を煽る卑劣で卑怯で可愛らしい手段を講じてきたのだ。



「お泊り会とかパジャマパーティって素敵ですよね。友達がいなかったので、やったことがなくて憧れだったのです。おわたさん、私のささやかな願いを叶えてくれませんか?」



 もしも同じ台詞を霞冬や暁春に言われても一秒も悩まずに断るが、マサハルに言われては断れるわけがなかった。マサハルに対してはあまりにもチョロい僕だった。


 だが本当に保健室で寝るつもりはない。マサハルが眠った頃を見計らって仮眠室に移動して眠り、マサハルが起きる前に保健室に戻ることで、あたかも保健室で一晩を過ごしたかのように見せかける作戦だ。早速マサハルには遊び疲れてもらおう。



「じゃあトランプしよう。ボードゲームもやろう」

「あれもやってみたいです。修学旅行の夜みたいな感じの」

「枕投げ? 恋バナ?」

「やりましょう。全部やりましょう。まずはババ抜きをしましょう」



 マサハルは机の上にバラ撒かれていたトランプを掻き集め丁寧にシャッフルした。手持ちが同じ枚数になるように交互に配り終え、同位の札を二枚ずつペアにして机の中央に捨てた。  

 僕の手元には二〇枚以上のトランプが残った。中にはジョーカーも含まれている。見たところマサハルの手札のほうが少なそうだ。これはうまく立ち回らないと負けてしまう。

 手札にジョーカーが無いせいかマサハルの表情には余裕が見られた。


「負けないよ」と意気込みながらマサハルの札から一枚引くと、クイーンのペアを見つけた。

 喜びを顔に出さないようにしつつ札を捨てる。


 マサハルは僕の札を引きながら例の話を持ち出した。



「ところで、恋バナとは具体的になにを話すのでしょうか」

「気になる人の話かな」

「なるほど、気になる人ですか。では私の初恋の話をしましょう」



 びくりと肩が飛び上がる。露骨に初恋という単語に反応してしまった。

 それを見逃さずマサハルは初めに引こうとしていたジョーカーの札ではなく隣の札を選んで抜き取った。僕の動揺を誘い手札を読む作戦らしい。

 案外小癪なマサハルはペアを捨てながら話し始めた。



「子供の頃の話です。図書館で読みたい本を見つけたので、それを取ろうと思って手を伸ばしたら偶然同じ本を取ろうとした男の子がいたのです」



 マサハルの手にある札を選びながら彼女の話に耳を傾ける。


「その子に本を譲ろうと思ったのですが、うまく話せなくて『一緒に読もう』と誘われてしまいまして、その時に読んだ本が子供向けのギリシャ神話の星座の本で、その子が『ペルセウスとアンドロメダ』のお話が好きだと言っていたのを覚えています」


 思わず僕の手が止まった。それは僕も知っている話だったからだ。

 僕は、その男の子がマサハルに言った言葉を口にした。



「『ヒーローがヒロインを助けるお話が好き、いつか僕も誰かのヒーローになりたいな』」



 僕の言葉にマサハルが顔を上げた。

 あの日、図書館で同じ本を読んだ女の子が、目の前にいた。



「次は僕が初恋について話す番だったんだけど、同じ内容の話をする必要あるかな」



 ババ抜きが始まる前から僕の完敗は決定事項だったし、ゲームの最中はマサハルのポーカーフェイスを崩すことは叶わなかったが、マサハルは最後に顔を綻ばせて答えてくれた。


「いいえ、大丈夫です」


 お互いの初恋の相手が目の前にいるのに気づかずに話してしまうとは、恋バナは二人だけの世界でするものではないな。

 しばらくの間、僕らは互いの顔をまともに見られなかった。

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