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0831+―終わった世界と遙かな夏―  作者: 夏
10日目【8月41日 朝】-39日目【8月70日】
29/40

11-3・えんどれす・さまー/ふぉーえばー・さまーほりでー

 銭湯の余韻を残したほかほかの体と心のまま、僕らはスーパーで夕食の買い出しを済ませ学校に戻った。今日は帰る前に調理実習室にきてほしいとマサハルに頼まれていたからだ。


 マサハルは調理実習室の机の上に買ってきた食材と調理器具を広げて宣言した。



「今日はおわたさんへ日頃の感謝を込めて手料理を振る舞います」



「よし」と気合を入れたマサハルは長い黒髪を頭の高い位置に一つ結びにし、制服の上から赤いエプロンを装着した。ポニーテールにエプロン姿のマサハルはやる気十分といった様子だ。


 だが僕の脳内にはマサハルが作ってくれた香ばしいお粥の味がフラッシュバックしていた。

 マサハル一人に任せるよりも一緒に作るべきだろうか。あくまでサポートがメインなら彼女の気持ちを尊重しつつ手伝えるだろうか。さりげなく提案してみよう。



「僕も一緒に作りたいな」

「むう。おわたさんには、ご飯ができるまでのんびりしてもらおうと思っていたのですが」



 僕の提案にマサハルはむくれてしまった。もう一押し言ってみよう。



「僕からも日頃の感謝を込めて、ってことでどうかな。それに、一緒に作ると楽しいよ」

「それもそうですね。では一緒に作りましょう」



 この後マサハルが「料理は火力ですよね」とありとあらゆる食材を強火で調理しようとするのを阻止しながら夕飯を作り終えた。サポートだけをするつもりだったが結果的に半分以上の品を僕が作ってしまったが、マサハルは気にしていない様子だった。



 僕らの今日の夕飯のメニューはオムライスだ。付け合わせにサラダとオニオンスープもあって華やかな夕飯になった。


 並んで料理を作ってご飯を食べるのは初めてだったけれど、これなら上出来だろう。

 どんな出来上がりか待ちきれなくて、僕は早速オムライスを一口食べてみた。

 絶妙な半熟加減のオムレツと、トマトケチャップを絡ませたチキンライスが口の中で合わさり解けていく。僕らの初めての合作は大成功のようだった。



「美味しいね。上手にできてよかった」

「オムレツはおわたさんが作ってくれましたけどチキンライスは私が担当しましたから、これで私が『メシマズ』でないことが証明されましたね」



 マサハルの料理の手際はたどたどしさがあったが問題がなかった。あのお粥は「料理は火力」を信じ続けてずっと強火のまま作ったとかで、ああなってしまっただけだろう。


 マサハルはオムライスに〈えんどれす・さまー〉とケチャップで文字を書いていた。僕もなにか面白い文字を書くべきだった。〈ふぉーえばー・さまーほりでー〉とか。


 文字を書き終えたマサハルは満足そうな様子でオムライスを食べ始めた。幸せそうに頬を緩ませている姿につられて僕の顔もふにゃりと破顔してしまう。



「おわたさんは料理上手なのですね。尊敬です」

「父さんと二人暮らしになってから交代でご飯を作るようになったから自然とね」



 実は上手に作れるのはオムライスだけなのだが、ここは見栄を張って格好つけておこう。



「マサハルはこの世界に来てから料理はあまりしなかったのかな」

「ええ。こっちに来てからお腹が空かなかったので料理をする必要がなかったのです」



 オムライスを食べる手を止めたマサハルは自分の腹部に両手を当てた。



「変ですよね。なにを食べても味がわからなくなり、睡眠も数ヶ月に一度でも問題がなくなり、髪や爪は一定の長さまで伸びるとそれ以上伸びなくなりました。身長や体重だってある程度成長してからはまったく変わらないのですよ。……これじゃあ人間じゃないみたいですよね」



 思えば僕と再会した頃のマサハルはあまり食欲がなかった。ゼリー飲料やアイスやラムネは口に入れていたが、主食になるようなものを食べている姿を見たことがなかったし、暑い日も汗をかいている様子がなくいつも青白い顔をしていたし、僕の首筋に触れた体温の冷たさも異様だった。僕はずっと一緒にいたのにマサハルの状態に気づけなかった。



「きっと『鍵』を使って世界を創ると『人間』から離れていってしまうのですね」



 世界を創造する神の力を手に入れた代償は人間性の剥奪だった。

 神には五感も欲も体温も必要がないというのか。

 悲しげに伏せられた瞳は次の瞬間には笑顔に変わっていた。


「それでも今はお腹が空きます。ご飯が美味しいってわかります。一日遊べば疲れます。夜になれば眠れます。えっと……他の気持ちとか欲求についてはノーコメントですけど……」


 こほんと咳払いをしてからマサハルはほわりと微笑んだ。



「おわたさんと夏休みを過ごせたから、私はもう一度、『人』に近づくことができたのです」



 僕がマサハルの傍にいることは無意味ではなかった。それがたまらなく嬉しかった。




 夕食を終える頃には辺りは暗くなっていた。夜空に見える星の数が多すぎて、どの星を結べばどの星座になるのか判別するのが難しかったが、星々が美しいことには変わりない。

 今日は星空を見ながら帰ろうかと考えていると昇降口までマサハルが見送りに来てくれた。



「おっ、おわたさん!」


 マサハルにしては珍しく大きな声で声をかけられて、思わず「ふぁい!」と間の抜けた返事をしてしまったがマサハルは気に留めていない様子だ。


 なにか忘れものでもして届けにきてくれたのかと思ったが、マサハルの手にはなにもなかったし、慌てていたようだったからなにか用事があるのかと思ったのだが、マサハルはその場に立ちつくすだけだった。


 しばらく様子を見ているとマサハルは俯きながら話し始めた。


「きょきょ、きょ、きょう、じゃなくて、こっ、こんばん! がっ、がっ、がっ、がっこう!」


 発した音がほとんど単語になっていない言葉を大声で続けているし、あちこちに視線を彷徨わせたり、その場で足踏みをしたりと落ち着きがない。なにか言いたげな様子だったからマサハルの気持ちが落ち着くまで待ってみた。


 しばらくの間、視線を合わせてくれなかったが、ついに決心がついたのか僕の目をまっすぐに見つめて手を差し伸ばしながら叫んだ。



「今晩、学校に泊まっていきませんかっ」



 頷く以外の選択肢などない、運命の夜の幕開けを感じさせる一言だった。

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