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0831+―終わった世界と遙かな夏―  作者: 夏
10日目【8月41日】
23/40

10-3・復讐

 なんて弱い。弱すぎますよね。

たった数週間、酷い言葉を言われ続けただけで、私は「死ね」と言われればその通り死ねるのです。本のことが起きる前も、珍しい名前のことや、喋れないことが理由で揶揄われたり無視されたりしたのに、どうしてでしょうか。


 夏が終わったから耐えられなくなってしまったのでしょうか。

 それとも強い私で在り続ける理由を失ってしまったからでしょうか。


 私よりも辛い目に遭っている人も、それに耐えて戦い続ける人も、世界にはたくさんいます。それなのに私は彼らのように立ち向かうことをしなかった。すべてを諦めて手放して、生きることから逃げたのです。



 それなのに私は消えなかったのです。




 目が覚めると真っ白な空と真っ白な大地がどこまでも広がる不思議な場所にいました。天国があるなら、こんな場所なのかもしれませんね。



「ここはどこでもあって、どこでもないし、ましてや天国なんかじゃないわ」



 突然聞こえた声に驚いて空を見上げると光に包まれた不思議な人が浮かんでいました。



「初めまして真青遙夏。私は、この世界を創った者。鍵の所有者。いわゆる『神様』だよ」



 神様と名乗った方は私と同じくらいの背格好で女の子の声をして話していました。

 私は神様に自分の身になにが起きたのかを尋ねました。



「空が落ちてきて、世界が終わったんだよ。悲しい? それとも嬉しい?」



 私が飛び降りたから空も一緒に落ちてきたなんてことはないのでしょう。

 私が死を決断をせずとも世界は同じように終わる予定だったのでしょう。

 それでも私の決意は無意味だったとは思いません。なぜなら私を傷つけた彼らの最期に見た景色が私の死……正確には死んでいないので未遂ですが……だったのです。


 私の死が彼らの魂に罪として永劫に刻まれる。それはとても気分のいいものでした。

 だから私は世界が終わったことが嬉しかったと神様に伝えました。



「どちらかといえば『嬉しい』です。これでもう二度とあの場所に戻らずに済みますから」

「そっか。あなたも世界が嫌いだったんだね。それなら特別に教えてあげる。あの世界はね、二〇一四年になったら滅ぼすつもりで創ったの」

「時限爆弾みたいな世界ですね。そうですか……世界はあらかじめ終わりが決まっていたのですね。ですが二〇一四年という時間になにか意味があるのでしょうか」



 私の疑問に神様はなんてことのないように答えてくれました。



「私ね、神になる前、一四年だけ生きて九月一日に自分で死を選んだの。理由は心のある生き物に絶望したから。途方もない時間と私が生きた一四年間を始まりから見たくて、その時間だけ続く世界にしたの。それを見終わって人間がさほど変わっていないなら終わらせようって」



 神様も私と同じく一四年間を生きて、人の心が嫌いになって命を終えたそうです。

 私は神様に自分を見ました。神様もまた私に自分を見たようです。

 だから神様がこんなことを言ってくれたのは同情心からでしょう。



「ごめんね、世界を終わらせちゃって。なにか思い残したことはある? 私と同じ、九月一日が嫌いなあなたの願いを一つだけ聞いてあげる。人間の願いを叶えてこそ神様ってもんじゃない」



 思い残したことなら一つだけありました。あなたに貸したままの本のことです。



「それなら一つだけお願いしたいことがあります。あと三年間ほど元の世界を続けてみてくれませんか。人に本を貸したままなので、その本を中学校の図書室に返してもらいたいのです」



 あなたが勇気を出して本を返しに来てくれたら、借りたものを返すという当たり前の善性を他ならぬあなたが見せてくれれば、それだけであの世界に価値はあったと思えたのです。



「本当にそれだけなのかな。言わなくてもわかるよ。あなたの本当の願いは別にあるんだね」



 私の本当の願いは……。いいえ、それは高望みがすぎるというもの。

 神様に願いを叶えてもらえるだけで私は幸せ者です。他に望むことなんて一つもありません。



「本当の願いは自分で叶えるのね。それならもう一つの願いを叶えてあげる。三年間だけ元の世界を続ければいいのね。それ以上は待てないから三年後の八月三一日にまた世界を滅ぼすね」

「すみません。こんなわがままなお願いをしてしまって」

「お安い御用だわ。それじゃあ、私は元の世界の続きを創り始めるよ。あなたはどうするの」

「えっと、行き先は私が決めてもいいのでしょうか」

「もちろん! あなたは、あなたの生きたい世界で生きればいいじゃない」

「ありがとうございます。実は一つだけ行ってみたい世界があるのです。そこで私は……」




 神様と別れた後、私は暗い水底にいました。沈んでいたはずなのに、いつの間にか浮上していく感覚があって、水面に明かりが見えたのでそこを目指しました。


 水面から顔を出すと大きくて不思議な球体、月のようなものが浮かんでいる海にいました。

 海の向こうには見覚えのある景色が広がっていました。そう、私たちの住んでいる町です。


 誰もいない町の時計を見ると日時がおかしいことに気づきます。

 そこには九月一日と表示されるべきだったのに、八月三二日と表示されていたのです。


 次の日に見てみると八月三三日でした。その次の日は三四日、三五日、三六日、三七日、三八日、三九日、四〇日と続いていきました。

 この世界は永遠に九月が訪れることはなく、八月三一日に一日ずつプラスされていくようでした。九月一日が大嫌いになった私には優しい世界ですよね。

 やはり、ここが私の行きたかった世界で間違いないようです。

 


 


 ある時、私はこの世界に自分の望んだ人を呼べる力があると気づきました。


 一番に呼びたかった人は遠くにいるせいか来てくれませんでしたけれど、元の世界のあの町にいる人は呼べるようだったので、手始めにクラスメイトの一人を招待しました。

 彼女は私に酷い言葉をかけなかったけれど、ただ傍観していた人でした。



「あの時、助けてあげられなくてごめんなさい。今さらこんなこと言っても遅いけど許して」

「許すもなにも、あなたはなにもしていないじゃないですか」



 初めて同年代の子に面と向かって自分の気持ちを告げることができましたが、彼女は一瞬で消えてしまいました。


 この時、私は人に想いを告げることで、すっきりすることを知りました。




 その後も次々とクラスメイトをこの世界に呼びました。その中には担任もいました。

 みんな口を揃えて言います。「ごめんなさい」「許して」と。


 私には彼らが謝る理由が理解できませんでした。

 彼らが傷つけたことも、私が傷ついたことも、戻れない過去の出来事なのに、起きてしまったことは変えられないのに、謝っても許しを請いても意味がないじゃないですか。

 それに今の私は誰もいない優しい世界で生きられて幸せだったので、あのことはどうでもいいような気もしていたのですよ。


 それなのにみんな口を揃えて謝るものですから、だんだんとなにも言わないのが悔しくなってきてしまったのです。



 なので、再会した彼らにかつて言われた言葉を一言一句間違えず正確に言い返すことにしました。



 自分の意志で人を傷つけるなんて、私を苦しめた彼らと同じになってしまいますが、仕方ないですよね。やられたからやり返すなんて間違っていますよね。傷つけられたから傷つけてもいい理由になんてなりませんよね。でも止められませんでした。



 私は復讐を始めて、復讐をし続けました。



 言われた言葉を言い返して復讐するとみんな消えてしまいました。

 私に謝った人たちは満足したのでしょうか。私に二度と会えないまま謝れずに日々を過ごしたほうが苦しかったのでしょうか。

 謝れても謝れずにいても、私への仕打ちを忘れる人は苦しむこともなく忘れるし、忘れない人はずっと忘れないのでしょう。

 罪を抱えたまま生きるよりも忘れてしまったほうが楽になれるから、人は誰かを傷つけた罪を忘れるのでしょうね。



 思えば彼らに対するこの気持ちも無意味だったのでしょう。

 世界を越えた私は一度目の世界からカット&ペーストされてしまったのです。

 私が消えた世界には私を知る人も、覚えている人もいません。

 こちらの世界に来れば記憶は一時的に戻り、私を思い出しましたが、元の世界に戻れば私に復讐されたことすら覚えていないのでしょう。覚えていたとしても、せいぜい夢の中に見覚えのない女が現れるとか都市伝説みたいに扱われるだけでしょうね。



 私は言葉で想いを伝えるのを諦めたので人と関わらなかったのですが、誰かと関わることを選べる人たちは誰かを傷つけたとき、その罪とどう向き合うのでしょうか。

 傷つけてしまった人から気の済むまで復讐されればいいのでしょうか。

 ほとんどの人は傷つけられた罪にそんな価値はないと思うでしょうね。私もそうでした。


 私は傷つけられたから傷つけ返しましたが、これでは不平等です。

 私に傷つけられた人たちも私を傷つける権利があります。

 私も復讐をして彼らも復讐をして、これじゃあ永遠に終わりません。


 復讐は最善策ではなくて最悪策なのでしょう。もっと善い方法があったかもしれないですが、わかりませんでした。なにが正しくてなにが悪いのかもうなにもわかりませんでした。

 ですが、私はこれからも復讐をします。あの時のクラスメイト全員に復讐します。

 きっと、この願いこそが、この優しい世界が続く理由なのですから。

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