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0831+―終わった世界と遙かな夏―  作者: 夏
8日目【8月39日】
18/40

8-6・僕のヒーロー

 目を覚ますと空は濃紺の宇宙の色に変わっていて、空よりも近くにマサハルの顔が見えた。


 僕の頭の下には冷たくて柔らかい感触があるが、夢から覚めたばかりの頭では自分の置かれている状況が理解できなかった。



 それでも、微睡んだままでも、伝えたいことがあったから伝えよう。




「マサハル、僕は思い出したよ。今年の本当の夏休みはもう終わっているんだね。そして僕は願いを叶えるために、この町に帰ってきたんだね」




 思い出すことが僕の夏休みの宿題だったのだろう。答え合わせの時間が来たのだ。


 僕はマサハルの顔へ手を伸ばして頬に触れてみた。体温が感じられない冷たい頬だった。

 微睡みを言い訳にした行動は触れた指先から熱が伝う前に拒絶してほしかったのに、マサハルは僕の手を包み込むようにして自分の手を重ねた。


 嘘も迷いもすべてを見透かすような青い瞳が僕を射抜く。その瞳を見つめ返して続ける。




「君も何度か不思議な夢を見たよね。その夢には男の子が出てきたと言っていたね。その男の子は僕だ。そして僕の夢に出てきた女の子は君だよね」




 マサハルの青い瞳は僕を見据えたまま決して逸らされない。僕もマサハルから目を離さない。



「夢の中で君は泣いていた。クラスメイトから酷い言葉をかけられていた。自分のことが嫌いになって、その果てに自ら命を……。マサハル、君はもう、この世にいないんじゃないのか」



 マサハルは僕の問いに答える代わりに現在僕が置かれている状況をわかりやすく説明した。




「あのですね、ずっと、おわたさんを膝枕していたので足が痺れてしまったのですが」




 互いの顔が至近距離にあり、頭の下に柔らかな感触がある時点で膝枕をされていると気がつくべきだった。


「ごめん」と謝罪し慌てて起き上がり、マサハルから離れた場所に座り直し、続きを促す。



「なぜあなたを眠らせたかというと夢を見てほしかったのと、もう一つ。あなたとお話したくなかったからなのです。光る球体が見せた過去でおわたさんは人の気持ちや心の不完全さを嫌悪し、一人でも強く生きようと決めたのに、その後私の知らない人たちと出会いましたよね。それから、いつものようにおわたさんとお話をするのが難しいと感じました。けれど誤解しないでくださいね。いつもはあなたとお話したくないとか、会いたくないとか思っていませんから。今朝だっておわたさんと早くお話がしたかったから昇降口で待っていたのです」




 一人を選んできたマサハルが人と話をするのが楽しみになった理由が、僕と夏休みを過ごしたからだというなら、それが彼女にとっていい変化であるなら文句はない。



「おわたさんとお話できて楽しいです。今まではこんな風に誰かとお話できなかったので」

「そういえば僕ら小中の頃は、あまり話したりしなかったよね」

「ええ。あの頃の私は誰に対しても楽しいお喋りはできませんでした」

「それも聞いてもいいかな」

「はい。実は、私は自分と同じ年頃の人たちと話せない性質を持っていたのです」



 人と人が関わる上で会話は重要なコミュニケーションの手段だ。それが難しくなるほどの出来事が僕に出会うよりも前の幼い彼女の身に起きていたというのか。



「原因は『真青遙夏』という名前を揶揄われたせいだと思います」



 マサハルの名前を揶揄った人は覚えていないだろうが、揶揄われたマサハルはずっと忘れられず人と話せなくなるほどに傷ついている。いつまで経っても被害者だけが傷を背負って生きていくしかない現実に憤りを覚えた。



「名前を揶揄われるのはとても嫌でしたが、なにを言われても反発せずに無言を貫きました。そうしているうちに歳の近い子とは話せなくなってしまいましたし、歳が近い子がいる環境や、それと関わる仕事をしている大人の人とも話せなくなりました。環境を変えれば話せるようになるのではと、この町に来ましたが私は結局、小学校でも中学でも、生徒とも教師とも、誰とも話せず一人でいましたけどね」



 同じ年頃の子と話せないからマサハルはいつも一人でいた。本当は誰かと一緒にいたかったのかもしれない。



 それなのに僕が彼女に抱いていた感情は〈憧れ〉だった。




「僕は一人でいた君を『格好良いな』って思っていたんだ。けれど、本当は一人でいるのが寂しかった。誰かと一緒にいたかった。そう思っていたら僕が君に対して抱いた感情は間違いになる。勝手にそんな気持ちを押し付けてしまって本当にごめん」



 マサハルはゆっくりと立ち上がり、肩にかかった髪を振り払った。



「私がいつ『寂しい』と言いましたか。私がいつ『誰かと一緒にいたかった』と言いましたか」

 力強い言葉は強がりや虚勢にも見える。自分を嘘つきと称した彼女の言葉が真実かはわからない。それでもマサハルは誇らしげに続けた。




「確かに私は誰ともうまく話せなかったけれど、会話だけが人と絆を深める手段のすべてではありません。他の手段をとれば案外すぐに友達ができたかもしれないじゃないですか。ですが、私は『誰かと一緒にいるための努力』を一切しませんでした。それが答えです」



 マサハルは僕が格好良いと思った、僕が憧れた〈真青遙夏〉を見せ続けてくれた。


「私を格好良いと思ってくれたおわたさんは間違いじゃないです。前言撤回してください」

「マサハルは、僕のヒーローだったんだね」



 悪戯っぽく僕のヒーローは笑っている。やっぱりマサハルは格好良いな。



 かつてマサハルは同世代の人と話せなかったが、今は僕と会話ができている。最近になって話せるようになったのだろうか。誰かの悪意にも負けずに強くなれたのならよかった。




「だいぶ長めに話が逸れてしまってすみません。先ほどの私がこの世にいないかというお話ですが、お互い心の準備が必要な話題になりそうなので、明日改めてお話してもいいですかね」



 僕の問いに答えずに話を逸らしたのは意図的だった。それでも、そうしてまで自分の話を聞いてほしかったのだろう。話したい時に話せる人がいて、それが僕だったのなら話を逸らされたことも流してしまえそうだったが、僅かばかりの抵抗をしてみる。



「わかった。明日聞かせてくれ。その代わりにどんな真実だとしても嘘はつかないでほしいな」

「悪い子に約束なんて持ち掛けないでくださいよ。善処はしますけれどね」



 なんてマサハルが小さく笑うから、彼女の笑顔に免じて約束を信じることにした。





【八月三九日 晴れ】〈今日は夏休みの答え合わせをした。明日も答え合わせをするよ〉

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