1-1・終わらない夏休みの始まり
まるで偽物のような青空だったから、その青色の近くに行きたいと思った。
屋上に行けば青空に近づける。そして、そこにいる誰かと出会える。そんな確信めいた予感を抱きながら僕は誰もいない教室を飛び出し、屋上へ続く階段を駆け上がった。
ほんの三分ほどの時間を駆けていっただけなのに、額から流れ出る汗は止めどなく首筋に落ちていき真新しい転校先の制服の真っ白な夏服の襟を濡らしていく。
四階建ての校舎の一番上には屋上へ続く扉がある。そこで立ち止まり深呼吸をした。
扉を開けば誰かがいるかもしれない。誰かと僕が互いを認識すればなにかが決定的に変わり、後戻りができなくなるかもしれないと、頭の中で警鐘がうるさいくらいに鳴り響く。
しかし、そんな逡巡さえも掻き消してしまえる想いが僕にはあった。
青空の、青色の近くに行きたい。
青色への憧れだけを推進力に一歩前へ。右手に力を入れてドアノブを捻り、扉を開いた。
最初に感じたのは白さだ。強すぎる日差しは目を開けていられないほどの眩しさで、たった一歩屋上へ踏み出しただけなのに容赦なく僕の目と肌を焼いていく。
その次は無色の風。秋に吹く爽やかで乾いた風ではなく、熱風と呼ぶのにふさわしい熱と湿度を持った風が僕を通り越し、開いたままの扉から校舎へと吹き抜けていった。
日差しと風を受け切った僕は顔を上げて目を開いた。そこで僕が見たものは一面の空の青さだった。僕はなによりも近くに行きたかった、なによりも欲しかった青色の中にいた。
すると、「あ」と聞き取れないくらい小さくか細い声が聞こえた。その声は僕のものではない。
空の青色を捉えた視界を下へ、僕の目線よりもさらに下へ送ると、五メートルほど先の場所に誰かが佇んでいた。
誰かは空の青さをそのまま映したような色の瞳をした少女の形をしていた。
僕は、少女に声をかける。少女も、同時に僕に声をかける。
「やっと見つけた。僕以外の人」
「やっと見つけた。私以外の人間」
ただ広い屋上の空の青の中にいたのは僕と青い瞳の少女の二人だけだった。
この出会いがなにかを変えていくのならば、なにかを壊してしまうのならば悪くない。