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『――敵は、餌に食いついたようだね、ウォルター』

『――敵は、餌に食いついたようだね、ウォルター』


 皇帝陛下からの通信。状況はまさにこちらの思惑通りに進行していた。


「例のごとく議会からの命令のようですね。

 こちらは実働部隊の身柄を押さえて、指揮系統を割り出します」

『うむ、こちらからも調べておこう。

 しかし、口頭での命令を受けた者がいるはずだ。

 それを捕まえなければ実態はつかめない』


 表向きログの残る形で指示を下している帝国議員は、本命ではなく下っ端に過ぎないというのが皇帝陛下の読みだった。それを明確にするために仕掛けた作戦がこれだ。


 ――魔女シルフに向けて暗号化した思考通信を送ることで、勇者の身柄を押さえたがっている帝国議会に揺さぶりをかける。皇帝陛下はシルフたちを捕らえろという命令を一切下さない状態で、どこが動くかを見極める。


 その中で食いついてきたのが、やはり帝国議会だった。


 表向き指示を下しているのはインダスという国軍省の大臣だが、それは下っ端だと皇帝陛下は決めてかかっている。理由は分からないが、そうだと言うのならそうなのだろう。


 ……大臣が下っ端だというのなら、その上には誰がいる?

 そもそも私は帝国議会の人間を一度も見たことがない。

 洗脳されていたとはいえ、しばらくの間、軍に居たというのに。


 ――鋼鉄に包まれた皇帝に、一度も実態を見たことのない議会。


 これだけ高度に映像や画像がやり取りされる世界で、帝国議員の姿だけはニュースに挙がることはない。検索エンジンで検索を掛けても、出てくるのは当人の仕事だけで、来歴も顔も出てこないのだ。


『隊長、まもなく軍に追いつけます。先に動いても?』

「――ああ、止めておいてもらえるか。監察官としての身分を使っていい」


 アランからの思考通信に答える。

 皇帝とのやり取りのせいで出発が遅れた。

 まぁ、派遣された軍の部隊と比較して、我が精鋭が負けるはずもない。


 ……しかし、軍を抑えたとして、魔女たちはどうするべきか。

 目的は既に果たした。泳がせておく必要はない。

 こちらで拘束したうえで、皇帝の元に連れていくか。


 状況に応じて、勇者殿と手を組むのも良いだろう。

 機械皇帝がこちらを裏切る可能性もまだ捨てきれない。

 議会との決着をどうつけるかによって、そうなることもあり得る。


「――隊長」


 魔女たちの潜伏先であるホテル、そのエントランスにてアランたちと合流する。

 送り込まれた軍の部隊は、問題なくこちらの指示に従っている。


「指揮を出した者は割れたかい?」

「今、聴き取り中です。時間の問題かと」

「――うむ。それで最上階には、居るのかな、勇者殿が」

「相手がこちらの動きを読んでいなければ、おそらく」


 ……なるほどな。

 相手は魔女シルフだ。こちらの動きを読まれている可能性もあり得るか。


「アラン、ここを頼む――」

「……隊長、まさか。危険です、やめてください。

 せめて誰か連れて行ったほうが」


 アランの言葉に対し、首を横に振る。


「軍の動きを抑えていてくれ。

 議会からどういう命令を受けているか分からない。その究明が最優先だ。

 それに勇者殿たちとは知り合いだ。即座に戦闘になるとも限らないさ」


 こちらの言葉を聞いて強い視線を送ってくるアラン。


「……ドワーフの神官は、我々の天敵ですよ」

「インテグレイトが効かないか。なんとかするさ」


 アランの肩を叩き、先に進み始める。

 エレベータは、まだ使えるか――

 流石にここの最高層まで階段で行くのは正気の沙汰じゃない。


「隊長! 鍵を!」

「ありがとう、アラン――」


 投げ渡されたカードキーを受け取り、エレベータに乗り込む。

 最上階の一個下、だったな。彼らがとっている宿は。


(……妙に静かだ)


 部屋の前に立った瞬間、感じたのはそれだった。

 扉が厚いというのはあるだろう。

 しかし、それにしても気配がなさすぎる。


 ……居るのか? この向こう側に。

 勇者殿、魔女シルフ、そしてクロエ、この向こうに居るというのか。


「ッ――?!」


 扉を開き、一室に踏み込んだ瞬間だった。

 背後に純白の壁が現れたのは。

 ……退路を断たれた。そんな現実と同時に、その神秘に息を呑む。


「何で、できているんだ、これは……」


 踏み込んだ瞬間にこの歓迎。完全に動きを読まれていた。

 では、ここで待ち構えているのは、誰だ……?


「――帝国軍の剣聖、ウォルター・ウォーレス少佐ですね」


 それが魔導甲冑であることは見た瞬間に理解できた。

 走る魔力の色に、懐かしさを感じた。

 純白の甲冑に広がるピンクゴールドの魔力。

 ……顔こそ見えないが、背の高い女であることからしても間違いない。


「クロエ――」


 こちらの言葉を聞く前に、踏み込んでくる純白の鎧。

 その拳を回避しながら、部屋の中央に躍り出る。

 甲冑のような防御力のないこちらは、閉所での戦闘は不利だ。

 入り口すぐの廊下で立ち止まっているわけにはいかない。


「待ってくれ、神官さん!」

「やはり、効いていませんか――」


 拳を広げ、こちらの頭部を狙ってくるクロエ。

 ……なるほど意図は読めた。

 クロエの奴、私の洗脳が解けていないと思い込んでいるな。


「待て待て待て!」


 相変わらず常軌を逸した身体能力だ。

 とても女の子のそれとは思えない。

 神官としての力に支えられているのか、父の血を濃く引いたのか。


「やかましい! どうして、アンタは帝国のままなんだ、兄さん!」


 クロエの拳を払いのけながら、距離を詰め、動きを封じる。

 ……しかし、この魔導甲冑が相手だ。こっちが怪我しそうだな。

 金属がコートを貫通して痛みを与えてくる。


「待ってくれよ、クロエ――」

「っ……?」


 妹の攻撃を抑え込みながら、メガネの電源を切る。

 デバイスを通してアランたちに会話を拾われると厄介だ。


「俺だ! ウォルター・サージェントだ、クロエ」


 そこまで言った瞬間に、クロエが魔導甲冑を解除する。

 ……とりあえずインテグレイトを引き抜く前に事を収められた。

 しかし、これはマズいな。クロエが滅茶苦茶に怒っていると分かる。


「……どういう、どういうことですか?! 兄さん!」

「効いていたんだ。お前の術式は。

 俺の体内ナノマシンは破壊されて使い物にならなくなっている。

 だからお前のメガネと同じデバイスを使っているんだ、分かるだろ?」


 たたみ掛けるようにクロエに説明を重ねる。

 これで一応は納得してくれただろう。


「……分かりません。どうして洗脳が解けてなお、機械帝国に居るんです?!

 どうして皇帝直属の監察官なんかに!

 どうしてアディンギルに居るうちに保護を求めないんだ?!」


 ぶつけられる正論の連続に言葉を失う。

 そうだ、私が逃げ出すタイミングは既にあった。

 アディンギルに居た時がまさにそれだった。


「――今の俺には、剣聖部隊の隊長として果たさなければいけない役割がある」


 こちらの言葉を聞いた瞬間に胸倉を掴んでくるクロエ。

 まったく、従軍した後の妹を知らなかったが、随分と成長したものだ。

 こんな時に妹の成長を喜ぶのもどうかと思うが。


「洗脳して与えられた役割でしょう?!

 なぜそんなところに義務があるって言うんです!」


 ごもっともだ。いや、全くもって正しい言葉を投げられていると思う。

 反論の余地もない。ただ、それでも俺にはあるのだ。

 果たさなければいけない役割が。守らなければいけない部下が。


「……今、俺の部隊には皇国の頃からの部下がいる。

 14年戦争で共に捨て駒にされた仲間が。

 それに帝国でできた部下も、何も知らずに俺を信頼しているんだ」


 と言ってもまぁ、頭の回る奴なら俺が皇国の人間だと勘づいているんだろうが。

 それはそれとして、今の私に付き従い、命を預けてくれているのは変わらない。


「――相変わらず性根は変わらないようですね、兄さん」

「ふふっ、お前は随分とたくましくなったな、クロエ」


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