「ふむ、正月だというのに軍に動きがあるな。指揮系統は帝国議会か」
「――つまり、機械皇帝からの呼び出しがあったって訳か」
ホテルに戻ったあと、シルフィは、皇帝宮殿で何があったのかを教えてくれた。
その内容は、あの会場で自分に向けた暗号通信が送られていたというもの。
機械皇帝自身から『今宵、宮殿で待つ』と。
「普通に考えたら罠じゃないのか?」
「……いや、あれはアガサ本人だった。間違いなくその場に居るだろう。
戦力をどれだけ整えているか分からないが、あれはそういう女だ」
リタの言葉にさらりと答えるシルフィ。
敵同士に分かれた今でも、旧友のことを信じているように見える。
「自分のいないところに呼び出して騙し討ちするような奴じゃないって訳か。
しかし、それならどうしてそんなに慌ててるんだい?
呼び出してくれたなら大手を振って訪ねればいいだけじゃないか」
リタの疑問は俺の疑問でもある。
アガサが信じるに足ると考えているのなら、そこまで焦るような話か?
敵の腹なかに居るのは最初からだ。特別危険が増したとは思えない。
「いいや、あいつは私がどこにいるのかを察知していた。
変装した後の私の名前を理解していた。
敵は帝国だ。皇帝が掴んでいる情報を下部組織が掴んでいる可能性は高い」
皇帝1人だけが掴んでいる訳じゃなく、帝国軍かあるいは警察等の下部組織が掴んでいると考えるのが自然という訳か。そしてそれが危険だということは――
「――皇帝1人が招き入れるつもりでも、他の奴らが邪魔してくる」
「そうだ、ジョン。皇帝が手を出すなと勅命を出さない限りはどこが仕掛けてきてもおかしくない。そしてアガサがそれをやるほどお人好しには思えん」
指定された時間は夜。
日が傾き始めたが、夜というにはもう少し時間がある。
「どうする? シルフィ」
「みんなは支度を整えてくれ。私はもう少し調べることがある」
数日ばかりの帝国観光もここまで、という感じだな。
それもそうだ。いくら変装しているからとはいえ、少しゆっくりしすぎた。
「いよいよって感じだな、ジョン」
「ああ、無事に脱出できればいいが……」
逃走経路はいくつか用意してある。
目的を果たし、無事に脱出する。そこまでやれて初めて成功だ。
……しかし思っていたよりも早く事態は動き始めた。
クロエ先生はどうするつもりなのだろうか。
「軍の動きまで拾えるんですか、シルフィ」
「ああ、クラッキングは時間さえ掛ければ足がつくから控えていたが、もうその必要もない。……ふふっ、色々と変わってはいるが、クセは変わらんな、アガサ」
まるで久しぶりに実家に帰ってきたような勢いでパソコンを操作するシルフィ。
「ふむ、正月だというのに軍に動きがあるな。指揮系統は帝国議会か」
「……兄は? ウォルターの居場所は分かりませんか?」
「待て待て。急かすな、先生……」
キーボードを使ってカタカタと入力を続けるシルフィ。
いったい何をしているのか分からないが、画面が次々と進んでいく。
「監察官の指揮系統はここか。ふむ、こっちは皇帝からの勅令と。
内容はログが残らない形で送られている。随分と厳重だな。
……ふむふむ。分かった、位置が出たぞ」
クロエ先生に視線を送るシルフィ。
「……いったいどこに?」
「監察官用の施設からこちらに向かっている。そして軍の連中も同じだ。
現在、どうも2つの指揮系統が私たちを狙っているらしいな」
議会が指揮する軍隊と、皇帝からの勅命を受ける監察官のウォルターか。
帝国も一枚岩ではないと。
しかし、いったいなぜそう割れているのか。
「どうしてそんなことになってるんです?」
「生憎とそれは私にも分からん。皇帝の言っていた人身売買を許さないという言葉を鵜呑みにするのならば、ウォルターやジョンを洗脳したのは帝国議会の命令ということになるのかもしれんが」
議会と皇帝が対立していると考えれば、議会は俺の身柄を先に押さえたいから軍隊を送ってきていると言ったあたりだろうか。
「でも皇帝は兄さんを使っているんですよ? 鵜呑みにできるんですか」
「それは直接に聞いてみないと分からないな。どうする? 先生」
「――皇帝の元に行くか、ここで兄を待つかを選べと」
クロエ先生の言葉に頷くシルフィ。
「私たちは、このまま宮殿へ向かう。そろそろ夜と言っても良い時間だ。
早すぎると怒られるかもしれないが、そこまで気を遣ってやるつもりはない」
「……私は兄を待ちます」
やはりそう来るか。先生ならばそう判断すると思っていた。
「危険だぞ?と言っても、宮殿に突撃する私たちの方が危険かもしれないが」
「ええ、その通りです。どちらを選んでも危険である以上、私は兄の身柄を押さえることを優先したい」
2人が静かに視線を交わす。
「念話のやり方は分かっているな? いざとなったら連絡しろ」
「はい。兄の身柄を押さえたら使える脱出経路で脱出します。
帝国の外でまた落ち合いましょう。余力があれば助けに行きます」
シルフィが頷いたのを見届け、クロエ先生がこちらを向く。
「ジョン。結局、貴方の記憶を取り戻せずじまいですみません」
「いや、良いんだ。ここまでありがとうな。クロエ先生」
「兄の状態が分かれば、貴方の治療にも役立てられるかもしれませんが……」
先生の言葉に首を横に振る。
「――全ての真相は、機械皇帝から聞き出すさ。
先生は、お兄さんのこと助けてやってくれ」
俺の言葉に頷くクロエ先生。
「それでは、ご武運を。みなさん。出来れば帰り道もご一緒したいと」
先生の言葉が重く響いてくる。
……ここからの戦い、誰1人欠けることなく進むことができるのか。
「……シルフィ」
「なんだ? リタ」
「先生についてるって言ったら、怒るか?」
不安そうなリタがシルフィにそう告げる。
彼女の言葉にシルフィは静かに首を振った。
「まさか。お前がそうしたいのなら構わない。なぁ? ジョン」
「――ダメです。こちらに戦力を割く必要はありません。
私は最悪、捕まってでも兄とコンタクトが取れれば良いんです」
俺が頷くよりも前に先生が拒否してしまう。
「しかしだな、先生……」
「リタさん。貴女の力は大きい。ジョンとシルフィにこそ必要だ」
「……良いのかい? 本当に」
リタとクロエ先生が視線を交わす。
「ええ、2人を頼みます――」
「……分かった。無事でいろよ、先生」
「そちらこそ。リタさん」




