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「――明けましておめでとう。みんな」

「――明けましておめでとう。みんな」


 温泉や夕食を済ませた後、俺たちは静かにその瞬間を待っていた。

 年を越えた瞬間に始まるウィンストンタウンの輝きを。

 そして、時は満ちた。都市に7色以上の極彩色が宿っていく。


「本当に帝国の年越しは派手なのですね」


 シルフィの挨拶に同じ言葉を返したあと、クロエ先生が呟く。

 年越しの祝いについて詳しい情報を入れられていない俺は、これが普通だという認識しかない。他の国では違うのだろうか。


「人間の国では、春の訪れこそを祝うものだからな」

「ええ、年越しも多少の祝い事はしますが、ここまでではありません」


 クロエ先生の言葉に頷いたシルフィは、静かに帝国酒の瓶を開ける。

 米で作られた酒で、俺が今まで飲んできたどの酒とも違う特徴を持つ。

 まるで水のように透き通った美しい酒だ。


「――アガサの趣味なんだ。この酒と同じでね。

 彼女の故郷では年越しこそを最も派手に祝って、米の酒を飲んだと聞く」


 ほんの小さなグラスに帝国酒を注ぐシルフィ。

 そして、それを人数分用意してくれる。

 ……そんな、見下ろす夜景に照らされる彼女こそを何より美しいと感じる。


「帰れぬ故郷の再現って訳か」

「そういうことになる。私も随分と手伝ったものさ」


 酒を片手に夜景を見下ろすシルフィ。

 それは、まるで旧友との再会を楽しんでいるように見えた。

 ……親友であるアガサと共に築いた国だものな、ここは。


「しかしこれはやり過ぎだな。

 これだけの発光パターンを全ての建物に仕込むとは」


 くすりと笑うシルフィを見ていると、この夜景を生み出すために必要なものが全て分かっているように感じる。

 こうして全てを知ったうえで彼女を見ていると、なるほど確かに機械技術に精通しているのだとよく分かるものだ。


「そう言えば、帝国では盃を交わした後に盃を叩き割る風習があるんだって?」


 珍しく酒を飲んでもまだ絡み酒を発動していないリタが呟く。


「妙なことを知っているな、リタ。

 まず、強い結束を現すために盃を交わすという風習があってな。

 そこから更に盃を返すことができないように、叩き割って退路を断つんだ」


 それもアガサの故郷の風習っぽいな。

 少なくとも俺の中には入れられていない知識だ。


「やるかい? 姉貴――」

「……やめておこう。ホテルに迷惑が掛かる」

「そりゃ残念」


 そう言いながら、くいっと帝国酒を傾けるリタ。

 確かにリタが好きそうな風習だ。


「しかし、こうして1年って過ぎていくんだな……」


 ふと呟いていた俺の言葉に、みんなが静かな笑みを浮かべる。


「そうか、今のお前にとっては初めての経験か」

「まぁな……ここまで来たんだ、俺の記憶も戻るとは思っているが」


 ……戻ったとして、今の俺と過去の俺は全くの別人なんじゃないか。

 そんな恐怖は今もある。

 この身体を、本当の持ち主に返さなければいけないんじゃないかと。


「帝国軍で捕虜の洗脳を行っていた施設ってどこにあるか知ってます?」

「跡地がどこにあるかは知っているよ、先生。

 だが、今は完全に解体されて更地になっているな」


 シルフィは、この都市の地図を頭に入れているように見える。

 詳しくは聞いていないが、14年戦争の調停に動いたとき、ここにも来ていたのだろうか。


「となるとジョンさんや兄さんを洗脳した施設がどこなのかは読めないと」

「そうなるな。軍か、議会か、皇帝か、どこが指揮しているのかも」

「しかし議会ってのは、アンタが居た頃からあったのか?」


 こちらの言葉に首を縦に振るシルフィ。


「国民の意思を反映する機関として用意していた。投票して選ばれる者たちを通して意見を吸い上げるために。それが続いているようだが、どうにも妙な気配を感じたな。14年戦争の調停時に、議員の1人とも直接に会えなかった」


 ……人間の身でありながら、500年の時を生きる皇帝はともかく、かなりの人数がいる議員ならば会う機会はあったはずだとシルフィは続けた。

 帝国議会か……どうも俺にはその情報は入れられていないらしい。


「目標を獲るだけなら、狙いさえつければ作戦は立てられるだろうが、ジョンの記憶を追うとなるともっと複雑って訳か? シルフィ」

「……うむ。まぁ、そこら辺はアガサを問い詰めれば良いとは。本当に全ての証拠を押さえるのは内通者も人手もない現状では困難だろう」


 俺の記憶を奪い、勇者に仕立てた諜報人やその施設を追うのは困難。

 機械皇帝から直接聞き出すしかない、と。


「そうなると、私は兄本人を探した方が良さそうですね」

「ああ。こっちに戻ってきていれば良いが。

 こちらの予想以上に追いついてこなかったからな」


 魔女シルフの抹殺と、脱走兵である俺の確保。

 それを目的にしていた剣聖部隊は、今日この日まで追撃を仕掛けてこなかった。

 アディンギルで足止めを食らった時間が長かったのか、それとも別の理由か。


「とりあえず簡単な情報は後で調べておくよ。だからまだ無理に動くな」

「分かりました。この国での調べ物のセオリーは、まだ私には分かりませんし」


 ゆっくりと酒を飲みつつクロエ先生がシルフィの忠告を受け入れている。

 ……ウォルターの居場所と、機械皇帝の居場所を割り出す。

 直近の目標はこの2つという訳か。そしてその後に。


「さて、硬い話はここまでにして年明けを楽しもうじゃないか――」


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