「私は、500年前に置いてきたものを取り戻しに行く」
――500年前の戦い。
幼き日のシルフィが経験した魔王を封印するための戦い。
その果てに、自らの命と引き換えに魔王を封じた男。
そんな彼のことを指して勇者と呼ぶ。
では、あの司令は何を考えて俺に勇者というコードネームを与えたのか。
ジョージという勇者に、俺を近づけようとした理由は何か。
「……オークの国に行くってのは、そういうことか」
「ああ。私は、500年前に置いてきたものを取り戻しに行く。旧魔王領へ」
「魔王が復活したりは?」
話の規模が大きすぎて、何が残っていて何が残っていないのか想像もつかない。
「恐らくしないだろう。あれの肉体は、所詮ただのオークだ。
人間と同程度の寿命しかない」
「……アンタの魔力の方はエルフのそれだから残ってると」
こちらの言葉に頷くシルフィ。
……全く長命者の感覚は理解しかねるぜ。
「なぁ、シルフィ、ドワーフの国を経由する理由は?」
「魔導甲冑だ。オークの国は治安が悪い。
特に私をよく思わないオークは多いだろう。力が必要なのだ」
魔導甲冑か……ドワーフ軍が使う武器だという情報はある。
帝国軍がかなり苦戦しているということは知っている。
「まぁ、君と出会ったおかげでその必要もないかもしれないけど、もう依頼済みでね。前金も払ってしまっているんだ」
「それでドワーフの国を経由してオークの国へ行くって訳か。そしてその先――」
――機械皇帝を殺しに行く。
そうとは口にしなかったがお互いに、伝わっていたはずだ。
これで彼女の旅の思惑は理解した。
……もし、俺の記憶が戻ったとして、その時に俺はどう思うのか。
出来ることなら、人間の国の捕虜なら良いのに。シルフィと敵対したくない。
「――ただ、ドワーフの国に行く前に大きな都市に立ち寄るつもりではある」
「何か用事でも?」
「ふん、お前の身体だよ。一度も医者に診せないまま長旅はさせられん」
……はえー、俺なんかのためにルートを変えようというのか。
「その必要があるか? 作戦前に健康状態の確認はやっているぞ、たぶん」
「ほう? ではその記憶があるのかね? 勇者くん」
「……ありません。一般的にそういうことをするという情報があるだけです」
こちらの回答を聞き、頷くシルフィ。
「そういうことだ。ただでさえ記憶を弄られているんだろう?
少しは自分の身体を心配したまえ。
本当なら、この街で医者に診せても良いくらいなんだぞ」
まったくもって正論だ。
「剣聖たちに追われてなきゃって話だよな」
「ああ、すぐに川の下流にある街への捜索をかけてくるはずだ。
最低ここからは動かなければ話にならない」
つまり、これから俺たちは人間の国の大都市を経由し、ドワーフの国、オークの国を目指す。
それが終われば機械帝国に潜入し、皇帝の命を狙う。
その中で俺の記憶が戻れば、その内容に応じて彼女に付き合うかどうかが変わることになる。
「――さて、ジョン。馬車を探そうか。
君は少し寝不足かもしれないが、馬車なら眠れるだろう」
「何から何まで気を遣ってもらって悪いな」
気にするなと答えたシルフィが朝食の支払いを済ませ、街を歩いていく。
向かう先は駅だろう。上手いこと馬車を捕まえられればいいが。
「ふむ、この規模の街だと予約なしで馬車を捕まえるのは難しいか……」
駅で個人馬車の空がないかシルフィが確認したが、どうも今すぐというのはないらしい。乗合馬車はあるようだが、それはそれでシルフィが目立つし、剣聖に追われた場合に巻き込む人間を増やしてしまう。
「……徒歩で行くか? シルフィ」
「うむ……それが良いかもしれんな。街を変えれば馬車も拾えるだろう」
そう話していた時だった。
馬の雄たけびが轟き、1台の馬車が駅に着いたのは。
「――荒っぽくなってすまないが、時間通りだぜ。間に合わせた」
「ありがとう! これで娘の結婚式に間に合う!!」
「料金は貰ってる。あとはアンタの足だ。走っていきな――」
客を見届けた御者が、大地に降り立ち馬のたてがみを撫でる。
「よく頑張った。流石だ」
「ヒヒン」
間違いなく優秀な御者だと分かる。
しかし、一仕事終えた後の彼に声をかけるのは難しいかと思った。
でも、俺が横を見た時、シルフィは既に立ち上がっていた。
「――おいおい、どういうつもりだい? エルフの嬢ちゃん。
いきなり金貨を3枚も投げてくるなんて」
「なに、私たちは今、駅にいるのに徒歩で移動しようかと考えていたんだ」
シルフィの言葉を聞いた御者が笑う。
「ハハッ、俺を雇おうって訳か。だがこれは払い過ぎだぜ?」
「いや、これは君の腕に対する敬意と急な依頼の詫びだと思ってくれ」
「……そうかい。隣の兄ちゃんがお仲間か?」
俺に視線を向ける御者。
「ああ、2人分だ。不足かな?」
「いいや、それでも多いくらいだ。良いぜ、乗りなよ」
御者に促されるままに馬車へと乗り込む。
「――ここら辺で一番近くて大きな都市、良い病院がある場所が良いな」
「それなら交易都市アディンギルだろうな。夕方までには着けるぜ。
ただ、長旅になる。ちょっと馬に水を飲ませる時間を貰うぞ」
御者の言葉に頷くシルフィ。
「それ自体は構わんが、少し急いでくれ。追われてるんだ、厄介な奴らに」
「おいおい、そういうことは先に言ってくれよ」
「――追加料金が必要かな?」
「いいや、それでも貰い過ぎだ。5回は乗せてやってもいいくらいさ」
そう答えた御者がしばし、馬を連れて離れる。
俺たちは、ここで待っていて良いらしい。
「絶好の出会いだったな、ジョン。私たちはツイてるぞ」
「……しかし、こんな急に乗せてくれるとは」
「まぁ、ノリの良い奴で助かったよ」
ノリなんだろうか。あの金貨を投げ渡したくだりは。
「――待たせたな。それじゃあしばしの長旅だ」
御者の言葉に頷くシルフィ。そして馬車が揺れ始める。
「では、ジョン。これからの旅、しばしの間だがよろしく頼む」
第9話でプロローグは終わり、魔女シルフィと勇者ジョンの冒険が始まります。
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それでは次回、第1章「人間の国”ハンバーガー戦争”編」でお会いしましょう!