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「――昨日はお楽しみだったみたいだな? シルフィと」

 ――シルフィと機械帝国に並々ならぬ関係がある、ということは気付いていた。

 100年近くもあの祖父さんを見てきたのだ。

 戦友への義理立てのためか、詳しいことは語らなかったが、勘づくには充分。


「しっかし、あのミルフィーユって女もとんでもないね、クロエ先生」


 朝食に出されたエルフの国の麺類を食べながら、クロエ先生に話を向ける。

 ……シルフィの奴はジョンを自分の部屋に連れ込んでから、朝になっても出てきていない。逆に2人が離れ離れになっていないことに安堵するべきか。


「私の患者さんに一服盛るのはやめて欲しいですね、本当に」


 そうだ。ミルフィーユはジョンに一服盛った。

 一服盛ったうえでジョンがシルフィの過去を知る機会を用意した。

 私でさえ明確には知らなかったことを、知る機会を。


「……先生は、怒ってないのかい? シルフィのことを」


 ジョンを連れてきたシルフィが自室に籠った後、ミルフィーユが現れて洗いざらい喋ったのだ。シルフィという女が、機械帝国の創始者の片割れであることやその経緯を。


『ジョンくんは本当に何も知らなかったみたいだけど、2人は知ってたの?』


 なんてあの女は聞いてきた。

 ……彼女が私たちに全部ぶちまけてきた理由は分かる。

 この先の戦いは命懸けだ。事情を知らぬまま身を投じさせたくないというのは。

 しかし、まぁ、本当に強引な真似をしてくれた。


「別に怒ってはいませんよ。今の彼女が帝国に関わっている訳でもありません」


 先生は詳しいことを知らなかったらしい。

 機械帝国が旧勇者領であることさえも。

 ドワーフの国では調べれば出てくることだが、人間の国では代替わりが激しい。

 知っている連中は知っているのかもしれないが、一般知識ではないと。


「でもさ、お兄さんのこととか、思うことあるんじゃないのかい?」

「そうですね、彼女がナノマシンに詳しいのなら、そこを踏まえたうえで話したいことがあります。ジョンのことも、兄さんのことも」


 ……医者として、ナノマシンの技術者に聞きたいことか。

 ジョンの記憶の治療も難航しているって話だもんな。


「その意味では少し怒りたいかもしれません。

 早く教えてくれれば治療のアプローチも変わった」

「恨みとかはないって訳か。まぁ、そりゃそうだよな」


 私だって別に機械帝国の創始者であることへの恨みはない。

 帝国に、親父の足は奪われているが、だからなんだって話だ。

 別に私たちと戦うと決めたのはシルフィでも何でもない。


「しかし、ジョンさんにその話ができなかった、というのは分かる気がします」

「……明確な被害者だもんな、帝国の」

「ええ、そこを伏せておきたいってのも珍しく私情って感じで良いかなって」


 珍しく私情を出しているのが良いと。


「私情なのが良いのかい?」

「リタさんなら分かるでしょう? あの人、本当にいつも大局に対する役割を果たしていました。シルフィさんの我欲を、見た記憶がない」


 ……へぇ、よく見てるな。この人。

 とても私の5分の1も生きていないとは思えん。

 確かに今回の旅においてシルフィはいつも以上に禁欲的だ。


「私情が見えると少しは安心できるって訳だ」

「そういうことです。エルフとはいえ個人ですからね」


 話が落ち着いてきた頃合いだった。

 とうとう私室からシルフィとジョンが出てきたのは。

 それを見つけた瞬間、クロエ先生がシルフィへと立ち上がる。


「おはよう、クロエ先生――「お時間よろしいですか、シルフィさん」


 そう言ってグイグイとシルフィを連れ去ってしまうクロエ先生。

 ナノマシンの権威としての貴女と2人きりで話がしたいと言っていて、シルフィもそう言われると断れないって感じだったな。


「……なぁ、リタ。クロエ先生が知ってるってことは」

「お、察しが良いな、ジョン。そうだ、ミルフィーユが全部教えてくれた」

「……怒っているのか? 先生は」


 ジョンの確認に首を横に振る。

 そして、ここのエルフから貰っていた朝食を出してやる。

 海藻が練り込まれた麺、なんかヌイユとか言っていた。


「いや、怒ってはいない。お前も怒らなかったんだろ?

 ただお兄さんのことで話がしたいってさ、技術者としてのシルフィと」

「そうか……それなら良かった」


 ジョン自身のことも話したいと言っていたのは伏せておいた。

 今、クロエ先生がシルフィだけを連れて行ったことが引っ掛かったからだ。

 敢えてジョンのいないところに連れて行ったんじゃないかと思う。


「――昨日はお楽しみだったみたいだな? シルフィと」

「お楽しみっていうか……色々と話すことが尽きなくてな」

「寝たのか? シルフィと」


 ぶしつけな質問だが、聞かずにはいられなかった。

 私の知る限り、シルフィが恋愛をしているのを見たことはない。

 それも当然ではある。彼女はエルフでありながらエルフ嫌いだから。


「そりゃ一日中起きているわけにもいかないし、寝たが」


 ……こいつ、私の質問のニュアンスが伝わっていないな。

 シルフィと関係を持ったかどうかを聞いているんだが。


「まさか別の布団で寝たんじゃないだろうな?」

「ああ、ベッドはひとつだし、持ち込んでもないからな」

「ほうほう、だがエルフと人間じゃ子供はできないだろう?」


 ここまで言えば流石に伝わるだろう。

 しかし、ジョンがここまで鈍い男だとは思わなかったな。

 普段は記憶喪失とは思えない察しの良さなのに。


「は? なんで一緒のベッドで寝ただけで子供の話になるんだよ」


 っ……こいつ、マジか。


「ジョン、お前さ、どうやったら子供ができるか知ってるか?」

「……え? 知らないな、そういえば。女から産まれてくるとしか」


 なんか一通り必要な知識は植え付けられてるみたいなこと言ってたくせに、そうか知らんのか。命の神秘を。


「それが寝るのと関係あるのか?」

「……いや、悪かったよ、ジョン。記憶喪失だもんな。

 1年分の記憶もないようなお子ちゃまに話すことじゃなかった」


 しかし、シルフィの奴は良く手を出さなかったな。

 同衾するくらいには、気を許した男を目の前にして。

 愛していないってことはないのだろうが、彼女もジョンを子供と見ているのか。

 それとも単純に異種族と関係を持つことを無意味だと思ってるのか。


「待て待て待て。

 知らないことがひとつあるだけでお子ちゃまってのはあんまりじゃないか。

 今、アンタが教えてくれれば済む話だ、リタ」


 やれやれ、負けず嫌いめ。


「ふふっ、そういうデリカシーのないことを聞けるからお子ちゃまなのさ。

 ま、気になるなら自分で調べることだな。

 ただ不躾に聞くのはやめろよ? 怒られるし、知った時に恥になるぞ」

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