「……なんのつもりだ、殺すんじゃないのか、私を」
「お前にとって私は、機械皇帝と同じ。憎むべき相手だってことさ。ジョン――」
……酷い顔だ。
今まで俺が見てきた、どんな貴女よりも酷い顔をしている。
どうにも、言葉が足りなかったらしい。俺は確かに伝えたはずなのに。
「……本当なら今、この場でお前に殺されても文句は言えない。
お前にはその資格がある。私は、お前自身の仇なんだ」
シルフィーナという女が、500年に渡り抱き続けてきた後悔。
どうにも、俺はその権化のような立ち位置にいるらしい。
少なくとも彼女の眼には俺がそう見えている。
勇者ジョージを蘇らせるために開発された機械技術。
それに記憶を奪われ、仕立てられた被害者だと。
だから、俺に殺されても仕方がない。
「なるほどな……だからアンタは俺に全てを黙っていた、と」
こちらの言葉に息を呑むシルフィ。
……まったく、つくづく貴女らしくもない。
少し凄んだ程度でこの反応とは。
「……いつから、気付いていたんだ?」
「アディンギルに入る前には、心当たりがあった。
最初は、ふざけた殺し屋だと思っていたが」
俺を医者に診せようとしたのは、それが理由か。
「……クロエ先生が、俺の記憶を取り戻してくれれば、問題はなかったと」
「そういうことになるな……そうなればお前も帰る場所が分かったはず。
二度と会うこともなくなる。だから過去を教える必要はないと」
なるほど。確かに理にかなっている。
俺が人間の国の捕虜であれ、生粋の帝国人であれ、帰る場所が分かればシルフィの元から去ると考えるのは当然のことだ。
「……正直な、ここに来る前に記憶が戻ると思っていた。
ナノマシンは思考を歪めるが、先生の治療もある。絶対じゃない。
だから、こんな帝国の間近になる前に、お前はお前の道に戻ると思っていた」
そこまで話して、深く頭を下げるシルフィ。
「……本当にすまない、ジョン」
やはり、どうにも言葉が足りなかったらしい。
このまま放っておくと、土下座までし始めそうな勢いだ。
……500年背負い続けてきたものの重圧が彼女を狂わせているように見える。
「ッ――ジョン……」
こちらの動きを見て、シルフィが息を呑む。
そして、立ち上がった俺に合わせて、彼女も席を立ち――
「やるのならしっかり狙え」
俺が引き抜いたインテグレイトの銃口を、自らの胸に突き当てた。
……やれやれ、せめて機械皇帝を殺すまで待ってくれと言うかと思ったのに。
なんて潔いのか、これじゃまるで死に場所を探していたみたいじゃないか。
500年の重圧を前に、半年も生きていない俺に何ができるのか。
その答えは分からないが、少なくとも言葉で足りないということは理解した。
「それと、非殺傷設定は解除――」
ッ……彼女がセーフティに指を掛けようとした瞬間に加速思考を発動した。
クソ、どこまで本気なんだ、この女。
機械皇帝を殺しに行くんじゃないのか、なのに、俺なんかの的になって。
「っ……こいつは想像以上に痺れるな、ジョン」
シルフィが非殺傷設定を解除する前に引き金を引いた。
そして、そのままインテグレイトを投げ捨てる。
部屋の壁に叩きつけるように。
……今ばかりは憎かった、機械帝国の象徴が。
俺に纏わりつく、彼女の忌まわしい過去の匂いが、心底憎かった。
「……なんのつもりだ、殺すんじゃないのか、私を」
この期に及んでそれか。この俺が、殺すだと、貴女を――
……いくらでも彼女を諫めるための言葉は出てくる。
アガサと貴女が始めたことなら、貴女が終わらせるべきだ。
少なくともそれまで、冗談でも殺されても良いなんて言うなと。
だが、そんなことで彼女を説き伏せて何の意味がある。
そんなの同じじゃないか。
生まれてくるシルフィに力と役割を押し付けたエルフの神と。
異世界とやらからアガサを連れてきて利用した魔術師と。
俺は、シルフィに、正論をぶつけて、役割を押し付けたくなんかないんだ。
だって、彼女の人生は、彼女の500年は、何もかも魔王討伐に狂わされているじゃないか。ジョージを失ったのも、アガサと共に彼の復活を望んだのも、機械帝国との因縁も、全て生まれた時に負わされた役割が始まりだ。
……俺は、御免だ。この俺が彼女に役割を押し付けるなんて。
500年前の責任を果たせなんて、絶対に言いたくない。
「ジョン……お前――」
発動していた加速思考。それを解いたら、きっと彼女は言葉を続ける。
……俺に殺してくれとさえ、せがみかねない。
そして、俺は、そんな彼女を説き伏せるような真似はしたくなかった。
「……すまない。言葉が、出てこなかった」
離れた唇に、まだ彼女の感触が残っている。
肌の温度よりも熱い、シルフィの唇の感触が。
「……どういう、つもりだ?」
まだ非殺傷設定のインテグレイトが効いているのか、彼女の身体には力が入っていない。俺が抱きかかえるままになっている。そして俺の腕の中で、彼女は問いかけてくる。いったい、どういうつもりなのかと。
「言ったはずだ。俺はシルフィ、貴女を憎んだりしないと。
それなのに自分を殺してくれなんて、言うものだから……」
――いいや、違う。答えるべきは、こんなことじゃない。
もっと、単純に伝えるべきだ。俺は貴女を……。
「……ふふっ、そうだな。そうだった。
まったくダメだな、歳を取ると。
相手の考えていることを分かった気になって、思い込んでしまう」
俺の腕に抱かれていたシルフィ。その身体に力が戻るのが分かる。
そして、それが分かった瞬間には、彼女に唇を奪われていた。
……よく反射で加速思考を発動しなかったものだ。完全に虚を突かれた。
「っ……」
俺から求めた口づけとは、まるで違う長さ。
今まで感じていたよりもずっと濃いシルフィの香り。
息継ぎを求め、離れようとした俺の頭を彼女の両腕が放さない。
「――ハ、ァ。ようやく、あいつらの真似ができた。
ずっと、こうしてみたかった。あの日のジョージとアガサのように」
加速思考で時を止めることよりも、永く感じた一瞬。
それを終えた後のシルフィの表情は、今までよりずっと幼く見えた。
まるで、見た目通りの少女のように。あの日の夢を叶えたように。
「良かったのか、俺なんかで――」
「……お前以外にいるはずがないだろう、ジョン」




