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「おめでとう。新たなる女王、クラウディア陛下」

 ――私は、甘く考えていたと思う。

 王冠のことも、ウィルフレドのことも。


 多少の困難はあろうとも、王冠は必ず手に入る。

 そう思っていた。シルフィーナ様に同行することさえできれば。

 ……そこまでは事実だったけれど、まさか、こんなことになるとは。


「クラウディア。やり方は、説明した通りだ――」


 シルフィ様の手から、オークの王冠が手渡される。

 あの勇者ジョンが、取り返してくれたオークの至宝。

 闇の神が、最初の王に託した神具。


「っ……まさか、こんな形で」


 覚悟はしていたはずだった。ここに至るまで。

 私の腕の中で、弱っていくウィルフレドを前に覚悟を決めていた。

 ――自らが王となることを。

 父上の了解も、国としてのあらゆる承認もない。


 全てはこの戦場という場所での対応。

 私は、ウィルフレドを救うために、私自身がオークの王となる。

 魔術師を選定する力を、私が背負うのだ。そう、決めていたはずなのに。


「……姫、様」


 虚ろな瞳でウィルフレドが、私の手を取ろうとする。

 けれど、それは虚空を掴むだけだった。

 ……見えていないのだ、もう一刻の猶予もない。ウィルフレドには。


「ッ――!!」


 ……今、彼は止めてくれようとしたのだろうか。

 それとも、私の背を押そうとしてくれたのか。

 答えは分からない。ただ、彼ならばそのどちらでもおかしくはないと思った。


 この国において、王冠の力を取り戻した王となること。

 その重さ、困難さを理解していない男ではない。

 同時に彼は、何よりも王の帰還を願い続けた男でもある。


 ――だから、彼がどう思っていたのかなんて関係ない。

 私が、このまま新たな王となることも。

 死に逝こうとする彼を、この世に繋ぎ止めることも。


 全ては、新たな女王となる私のわがままだ。


「……おめでとう。新たなる女王、クラウディア陛下」


 シルフィ様が告げるその言葉とは裏腹に、表情は極めて深刻だった。

 それもそうだろう。

 私自身が、この先に待ち受けるであろうことを思うと今すぐ逃げ出したいんだ。


「ふふっ、ありがとうございます。シルフィ。けれど、陛下はまだ早いですよ」


 後ろ盾なしで力を手に入れてしまった。責任を共有する相手もいない。


 ……本当なら、王冠を持ち帰って“さぁ、どうする?”と問いかけるつもりだったというのに。父上にも王冠を使うことを飲ませて、そこからどう復権派を抱き込むか。そんなことを考えていこうとしていたのに。


「ウィルフレド……」

「――彼は無事だよ。よくやったな、クラウディア」


 シルフィ様の言葉に頷く。それは分かっていた。

 私が王冠の力を受け入れた瞬間に、仕掛けられている術式が見えた。

 魔族化の術式、それをどう破壊すればいいのか。どう破壊できるのか。

 手に取るように分かったのだ。


 ……まるで見えている景色が違う。

 今までの積み上げてきた魔術師としての見え方から、全てが変わった。

 魔術師の選定なんて本当にできるのか? そんな不安は吹き飛んでいる。


 ――今の私なら、この意識を失っているウィルを魔術師にすることもできる。


 そんなことを考えながら、彼の額を撫でる。先端に生える角をも。

 ……正直なところ、私はどこかで分かっていたのかもしれない。

 ウィルが復権派であることを。少なくともそうであっても良いと思っていた。


 10年くらい前のことだろうか。

 魔術の勉強のため、彼の孤児院がある街に住んでいたことがあった。

 そんな中で私は、鬱陶しい護衛の眼から逃れるために別人のふりをしていた。


 その時に出会ったのだ。まだ幼い頃のウィルと。

 2人のお兄さんと一緒に、より幼い子供たちの面倒を見ている彼は、私のことも分け隔てなく受け入れてくれた。どこの誰とも知れぬ変装をしていた私を。


 特に何があったという訳じゃない。けれど、彼の素朴な正義感が眩しく見えたのを覚えている。悪さをした年下の子供たちを叱ったり、自分のおやつを分け与えたりしている様が本当に眩しく見えた。王城にはいないタイプだと。


 ――私が、今の王城とは決定的に違う考え方を持っている理由なんだ。

 幼い頃のウィルフレドとの出会いは。

 あの時に私は思い知った。今、この国がいかに危うい状態にあるのかを。


 彼らが真っ当な夢を見られる世の中にしなければいけない。

 魔術の勉強を終え、王都に戻った私はその決意を胸に生きていた。

 だから、奇跡だと思った。王城で再び彼と出会えたことは。


 私に志を与えた男が、私の元で働いてくれるなんて。

 けれど、大人になっていた私は、半ば気づいていたんだ。

 私も彼も、抱く思想は復権派そのものだと。私は違うけど、彼はどうだ?


 ……答えを確かめることができないまま、私は今日という日を迎えた。


 その結果がこれだ。一度は私を人質にしたウィルフレドだったが、結局は自らの兄から私を守ってくれた。それも二度も。

 一度は彼の魔力弾から身を挺して守り、二度目は操られる自らの身体に刃を突き立てた。これほどの忠臣は得ようとして得られるものではない。


 けれど彼の兄を、止めることはできなかった。

 テオバルド・アルリエタ。血が繋がった方のお兄さん。

 今、王冠が私の元にあるということは、彼は死んだということだろう。


 ……もしも、私が先手を打っていて、ウィルフレドの正体を押さえていれば、お兄さんを捕らえることができていたのだろうか。そうすれば、この結果を防ぐことができたのか。


 “もしも”なんて考えても仕方がないことは分かっている。

 けれど、復権派が彼のように私を殺したがるのも理解はできるのだ。

 500年も動かなかった王城の中に、私がいたところで、怨恨は消えない。


 だから、復権派の中から新たなる王を選ぶのも良いと思っていた。

 仮にウィルフレドがそうであるのならば、彼が最も相応しいと。


 しかし結果はこうだ。少なくともテオバルド周りの復権派は粛清され、ウィルを救うためにカルリオンの血を引く私が新たな王となった。

 ……この先、復権派の残党とどう手を打つべきか。それを考えるだけで眩暈がする。いや、それよりも前に考えるべきは王城をどう黙らせるかだろう。


 下手したらこの期に及んで王冠を破壊するべきと言いかねない。


「……姫様」


 ああ、ウィルの声が聞こえる。


「目が覚めましたか。ウィルフレド」


 彼の瞳に映る、王冠を被った私が見える。

 そして、今の彼には、それが見えていることも分かる。


「……申し訳、ありません、クラウディア殿下」

「良いのです、ウィルフレド。今は、休みなさい。本当に大義でした――」


 言葉に詰まる彼の頭を撫でる。

 ……ああ、本当に無事で良かった。

 とりあえず今は、それだけで良かったと心の底から思える。


「はい、ありがとうございます……姫様――」


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