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「逃げているときこそ、どっしりと構えるものだ。熱いコーヒーでも飲んでな」

「――ふふっ、エルフと一緒なら水の中でも呼吸ができると知らなかったのか。

 意外とお前も何でも知っているって訳じゃないみたいだな、ジョン」


 相当に泳ぎ続け、だいぶ川の下流まで流されてきた。

 川の流れが緩やかになってきたところで、水面よりも上に顔を出し、しばらく。

 ……今でも信じられない。さっきまで潜っていたのに呼吸ができていたのが。


「どういうことなんだ? 今でも分からん。

 なんで水の境目だと水を飲むのに、水の中では呼吸ができる?」

「ハハッ、あまり力の境目を探るようなことをするな、怪我するぞ?」


 そう言いながらスイーっと先に進んでいくシルフィを見ていると、本当に泳ぎが得意なのが分かる。


「エルフは水に強いってのは聞いていたが、そういうことなのか? これは」

「うん。そもそもエルフなら水の中でも呼吸ができる。水の神の子供だからね。

 そしてエルフの神官なら、触れている相手に同じ加護を与えられる」


 ……魔女シルフと聞いていたが、彼女は神官なのだろうか。

 少し不躾な気がして聞くのがはばかれるが、質問しないのも、もやもやする。


「なぁ、シルフィ。アンタは魔女なのか? それとも神官?」

「ふむふむ、そこに差があると思っているあたり、君に与えられた情報は浅いな」

「随分な言い草だな。そう言うってことは、魔女と神官って同じなのか?」


 こちらの言葉に頷くシルフィ。


「察しが良いのはお前の良い所だ。そう、魔女や魔法の根源は神官のそれと同質。

 神に見初められた人間やドワーフ、エルフはみな神官と呼ばれる。

 その力を特異な形にまで進めた術式を魔法と揶揄するのさ」


 神官という土台があって、それを自分用に変化させたものを魔法と呼ぶと。


「つまり悪口ってことか?」

「ああ、そして同時に賞賛でもある。

 少なくとも一般的な神官からは逸脱しているということだからな」


 特異と認識されているくらいの術を使わなければ魔法とは呼ばないと。


「――まぁ、他種族の神官を全て魔法使いと揶揄する奴も多いが」

「つまり人間ならエルフやドワーフの神官ってだけで魔女と呼ぶと」

「そういうことになる。しかし、私は魔女と呼ばれるにふさわしいエルフさ」


 川の流れに身を任せながら不敵な笑みを浮かべているシルフィ。

 ……つまりこいつは、魔女シルフという異名をかなり気に入っているな。

 だが、俺が魔女シルフと呼ぶと怒る気がする。なんとなく。


「そりゃありがたい。魔女と一緒なら安心だ」

「ふふん、もっとありがたがってもらう機会が来るさ」


 そう笑ったシルフィが俺の手を掴む。


「上がるぞ、ジョン。ここで上がれば街が近い」

「……知ってる場所なのか?」

「これでも500年より長く生きているからな。だいたい分かる」


 川岸から陸地に上がり、自分がずぶ濡れなことを再実感する。

 街中に着くまでに乾くだろうか。さすがにこのまま街に入りたくない。


「――どれ、乾かしてやろう」


 シルフィが太陽を指差した瞬間、光が飛び回り、同時に風が吹く。

 そして物の数秒で俺たちの服が綺麗さっぱり乾いてしまった。


「……何をしたんだ、今?」

「太陽光の反射を集中させて、吹く風を強化、水の位置操作もした」

「たった、この一瞬で?」


 こちらの言葉に、こくりと頷くシルフィ。

 ……どうも、これはマジでとんでもない魔女らしい。

 服を乾かすためだけに3つの魔法を同時に使う奴がいるか? 普通。


「――これで街に入っても恥ずかしくないだろう?」


 そう笑うシルフィの半歩後ろを歩き、とあるホテルに入っていく。

 結構高そうな感じだが、大丈夫なんだろうか。


「お久しぶりです。シルフィーナさん。今日はお泊りで?」

「いや、軽く食事――どうする? ジョン。夜中のパンで足りてるかい?」


 見知ったホテルマンと喋っていたのに、急にこちらを向いてくるシルフィ。

 姿こそ幼いが、こうして他者と話している姿を見ていると年上だと実感する。


「――足りてない」

「そういうことだ。とりあえず食事だけで良いかな?」

「もちろん。ただテラス席しか空いていないのですが、よろしいですか?」


 ホテルマンの問いに頷くシルフィ。


「席は外で構わないが、食前に熱い飲み物を。ちょっと泳いできたばかりでね」

「ふふっ、相変わらずですね。シルフィーナさんは」


 完全に慣れている彼女と一緒に高級そうなホテルのテラス席に腰を下ろす。

 川辺から歩いてきただけだというのに別世界だ。


「……こんな高そうな店、初めて入ったよ。まぁ、記憶ないんだけどな」

「ふふっ、意外と帝国の最高級ホテルとか行ってたりしてね」


 そう笑うシルフィを見ていると少し気がまぎれた。

 記憶喪失という不安があるが、まぁ、割と現状は悪くない。


「しかし、奴らは追ってくるだろうか」

「……下流の街だからな。たぶん嗅ぎ付けてくるだろうよ。長居はできない」


 彼女がそう答えたところで、給仕が熱いコーヒーを持ってきてくれる。

 ずっと水の中にいて冷え切った身体にはありがたい。

 いくら晴れているとはいえど、芯の方が冷えているのだ。


「逃げているときこそ、どっしりと構えるものだ。熱いコーヒーでも飲んでな」


 そういうものかと思いながら、コーヒーを口にする。

 温かいものを飲んだ記憶そのものはないが、どこか懐かしい感覚がする。


「……落ち着くものだな」

「だろう? 人生で最も幸福な時間のひとつだ。

 先のことを考えるのはこれを済ませてからでも遅くはあるまい」


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