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「この戦いを否定した者、拒否した者は全て魔王に捧げたよ、ウィル」

 ――ウィルフレドが動き出した時点で、姫様ごと撃っても良かった。

 インテグレイトの非殺傷設定なら当たったところで問題ないのだから。

 けれど、同時に思ったのだ。奇妙だなと。


 もし、俺がウィルフレドならまず仲間だと思われているうちに俺を殺す。

 クラウディア殿下は王族だ。使い道があるから生かすとして、戦士は殺す。

 それが定石のはずなのに、こいつはいきなり殿下を人質に取った。


 奇妙だった。まだ姫様を初手で殺すのなら分かる。

 曲がりなりにも相手は魔術師、利用価値がないと判断すれば殺しても良い。

 いや、現王女に対してそんな判断を下すなんて馬鹿げているが、ともかくだ。


 そして俺に対して通じるはずのない脅しをかけてきた。

 ガタガタと震える手で、クラウディア殿下に刃を近づけて。

 ……何か事情があるのは見て分かった。

 俺には分からない事情が、彼を動かしていると。


 そこまで見て取って考えたのだ。

 このまま膠着状態を続けていれば、ウィルフレドを動かしたものが出てくると。

 恐らくそれが、この未踏の地を先に開拓していた者だ。そう思った。


 しかし、まぁ、少し泳がせ過ぎたな。

 クラウディアとウィルフレドの表情からして、俺の背後に術式が展開したのは分かった。そこから加速思考をかけて何とか理解した。


 ――背後の術式から魔力の弾丸が射出されてくることを。

 その数と軌道を理解するため、途方もない回数の加速思考を重ねた。

 見抜いたそれに合わせて、身体を動かし、弾丸を撃ち落とした。


 けれど正直、今でも生きているのが信じられない。死ぬかと思ったぞ。


「フン、いよいよ黒幕のご登場って訳かい。随分と待たせてくれたな」

「ほう、生きていたか。やはりマルロを殺しただけのことはあるな」


 ここでマルロの名前が出てくるか。

 奴が思考通信で仲間に情報を送っているのは分かっていた。

 しかし、ここでようやくのご対面か。他人の国で好き勝手やりやがって。


「ケッ、そういう繋がりもあるのかよ。厄介だな」

「――全くもって同じ気持ちだ。だから確実に殺したつもりだったんだがね」


 黒幕がそう笑った瞬間、真横から魔族が爪を振るってきた。


 ……なんだ、こいつ。何か違和感がある。

 いきなり現れたことじゃない。この魔族の姿そのものに違和感が。

 ……500年、経っているんだろうか? 動く“死体”なのか? これが?


「ッ――?! 兄さん、おい、アンタいったい何をした!?」


 魔族の姿を見た瞬間にウィルフレドが激昂した声を上げる。

 全身が傷だらけだというのに、よくも。

 ……しかし、やはり彼の忠誠心は本物だったのだ。まさか姫様を庇うとは。


「なんのことかな? ウィルフレド」

「ッ、しらばっくれるな! その魔族、どうしてウーゴの服を着ているんだ?!」

「フン、そんなこと聞かずとも分かるだろう?」


 攻撃を仕掛けてくる魔族を避けながら、2人の会話を聞き届ける。

 ……なるほど、黒幕とウィルは兄弟なのか。

 そして、ウーゴというのは誰か知らんが、どうもこいつらしいな。


「……言えよ、テオバルド! 嘘だったのか?

 マルロを最後の犠牲にするってのは!」


 魔族の爪を避けながら、その腕を斬り捨てる。

 ……事情はあるようだが、加減をしてやれるだけの力はない。

 それに元に戻す術式は存在しないと聞いている。


「――ウーゴは仲間ではなかった。勝利を目前に逃げ出したのだ。

 この戦いを否定した者、拒否した者は全て魔王に捧げたよ、ウィル」


 テオバルド、そう呼ばれた男が指を鳴らす。

 瞬間、この部屋の中に潜伏していた魔族たちがその姿を現す。

 ……10人は超えている。こいつ、それだけの仲間を手にかけたのか。


「嘘だろ……なんで、こんなことができるんだ……ッ!

 こんなことして、アンタはこの後、どうするつもりなんだ……?」


 インテグレイトのカードリッジを取り替える。

 これだけの数だ。距離を詰められてからの交換は間に合わない。

 しかし……ヤバイな、これは。剣聖部隊のような増援なしで、この数。


「王冠を手に入れ、私が新たな魔王となる」

「……だからクラウディア殿下も殺すってか? なんのために!」

「何のため? おかしなことを聞くなよ、ウィルフレド」


 “500年前、我々の王を殺された恨みを忘れたのか?”


「本気で言っているのか、兄さん……」

「ああ、もちろん。今の王家は根絶やしにしなければならん」

「泥沼の内戦になるぞ。取り返しのつかないことになる」


 ウィルフレドの言葉に、相手は聞く耳を持っていないようだった。


「泥沼になどならん。こちらの力は絶対だ。

 魔族も魔術師も無限に生み出すことができるのだからな」


 ッ――完全にイカれてやがるな。

 もう自分が魔王に成り代わったつもりか、こいつは。


 加速思考を発動し、こちらに迫り来る魔族たちの間を抜ける道筋を見つけ出す。

 まずは合流だ。姫様を狙われたらひとたまりもない。


「……何のための、戦いなんだ。

 僕らが復権派になったのは、貧しさから逃れるためじゃないのか」

「だからその根源に報復するんじゃないか。カルロス派に責任を取らせる」


 魔族を蹴り飛ばして、宙に跳ぶ。

 そして、テオバルドに銃口を向けてインテグレイトの引き金を引く。


「フン、カラクリ仕掛が――」


 闇の魔力を展開し、こちらの弾丸を相殺するテオバルド。

 しかし、これで姫様とウィルフレドを庇える位置に入った。


「……ウィルフレド、貴方はこのまま兄に従うのですか?」


 小さな声でクラウディア殿下がウィルに質問をしているのが聞こえる。


「っ……兄は、復讐に落ちている。恨みのために、利害が見えなくなっている」


 自分はそうではない。言わずともそうだと感じ取れた。

 だから聞き届けたクラウディア殿下は、彼の傷口に触れたのだ。

 ……クロエ先生のとは違うが、たぶん結果は同じだ。治癒の魔術式。


「私はまだ、貴方を信じていたい。ウィルフレド――」


 治癒の術式が走った瞬間、テオバルドが笑い出した。


「やはりそうか。やはりお前は“懐柔”されていたんだな、ウィルフレド。

 お前はもう、俺の仲間じゃない――カルロス派の“お気に入り”め」


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