「いいや、逃げる。私たちの目的は、勝つことじゃない。生き残ることだ」
「――勇者、いいや、脱走兵よ。君を拘束させてもらう、存分に抵抗したまえ」
剣聖を相手に、ここまでの接近を許した時点で圧倒的に不利だ。
そんなことは分かっていた。
だが、だからこそ聞けた話もあったし、なにより俺も同じだったんだ。
――俺も、この男とは剣で戦ってみたい。
「……ほう、インテグレイト同士がぶつかるとこうなるんだね。
面白いものが見れたよ、流石は勇者だ。私の刃を防ぐとは」
インテグレイトから伸びた光線剣がぶつかり合い、力場が干渉していた。
実体がないからナイフを受け止めることはできないと聞いていたが、光線同士は干渉し、動かなくなるというわけか。
「アンタ、剣聖って割にはたいしたことないんじゃないのか?」
……なんて挑発をかけてみたが、この男の太刀筋はヤバかった。
あり得ないくらいに速いし、動きが最小限だ。
加速思考を使って動きの起点を読んでいたから防げたが、この力がなかったら。
「ふふっ、良いね。最近はそう言ってくれる相手がいなくてね。
――勇者くん相手なら久しぶりに“戦え”そうだ」
ッ……こいつ、直近の任務は全て戦いじゃなかったと思っているのか。
それほどの実力差があったと。自分はそれほどに強いと。
なんて悪趣味な男だ。そう思ったが、幾度か奴の刃を受け止めて理解する。
「……強いな、アンタ」
「君こそ。私の刃をこれほど防いだ相手は久しぶりだよ、自信を失くしそうだ」
足さばき、腕の動き、肩の構え、それら全てを分析する時間。
加速した思考で、好きなだけの時間を使って次の一手を読む力。
それがあってなんとか防ぎきれている。それだけだ。
加速思考がなかったら、俺はこいつの足元にも及んでいない……ッ!
「しかし、君の弱点は分かった――」
「ッ……!!」
こちらの頬を光線剣が掠める。
ワンテンポ遅れて、相手の腕を掴めたから防げたが、こいつ……ッ!!
「――勇者くんは、フェイントに弱いね?」
組み合った状態、剣聖に膝蹴りを叩き込み、さらに河原の石を蹴り上げる。
距離を取ってそのままインテグレイトのトリガーを引く。
ダメだ、剣では勝てない。流石は剣聖の名を持つ男。こいつに剣では勝てない。
「……ふむ、騎士らしからぬ戦い方だ」
「ハッ、戦いに綺麗も汚いもないだろう? 剣聖さんよ」
「たしかに一理あるね。だが、剣聖の称号を君に譲る必要はないと分かった」
“帝国一の剣士の称号は、私のものということで良いね?”
そう笑いながら、こちらの弾丸を撃ち落としていくウォーレス少佐。
……クソッ、こいつ銃の腕もあるのか。
しかし距離を取ったことで、こちらの利点も増えた。
弾丸は、射出された時の方向を変えることはできない。
奴の太刀筋よりもよほど、どこに飛んでいくかが分かる。
「……うむむ、やはり良く当たらんな」
「そうでもないさ。剣の腕には劣るが、銃の才能もアンタにはある」
俺が戦闘に特化した能力を持っているだけということだ。
当たる弾丸だけを防ぎ、外れる弾丸に対しリソースを消費しない。
その見極めを確実に行う。これが加速思考の力だ。
「――隊長! 援護します!!」
「ッ……うむ、良いだろう。
勇者殿は錯乱しているようだ。魔女諸共、確実に捕らえよ」
クソ、剣聖の部下たちが追い付いてきたか。
「おいおい、アンタと俺の戦いじゃなかったのか?!」
「フン、剣での決着はついた。それに“戦いに綺麗も汚いもない”んだろう?」
……ケッ、俺の言葉をそのまま引用してきやがった。
まぁ、一理あるな。せっかく部下が追い付いてきたのだ。
それらを使わない理由はあいつにはない。
――ひとつ息を吸い、加速思考を発動する。
思考が加速し、現実世界の時が止まる。
俺だけの時間の中、狙いを定め、引き金を引く。
引き金を引くという動き、狙いを定めるという動き、それ自体は現実で行う。
だから加速思考中には何もできない。
だが、その合間合間に思考を加速させ、動きの無駄を排除していく。
「――防げたのは2人か。私の訓練不足と見るべきか、君の力量と見るべきか」
放った弾丸は確実だった。それを切り払ってみせた化け物は剣聖以外に2人。
流石は、彼が訓練した部下たちだ。
インテグレイトの刃をここまで使いこなしているとは。
「しかし、流石は勇者だ。私の優秀な部下をよくも簡単に。としておこう」
「……さて、続けるかい? 剣聖さんよ」
「無論、私は君のように任務の放棄はできない――」
俺の銃撃を防ぎ切った強者2人と剣聖本人を相手に、どこまで立ち回れるか。
そう、俺が冷や汗をかいた時だ。強烈な光が俺の視界を奪ったのは。
――反射的に加速思考を発動させる。
だが、視界は完全に奪われていて、何ひとつ理解することができない。
ッ、これが司令の言っていた“現実を受け入れる”ことも必要だという意味か。
「……逃げるぞ、ジョン」
小刻みに思考の加速を解除した。解除しては加速させ、それを繰り返した。
ゆっくりと現実を進めた。
まず感じたのは肩を掴む少女の腕。それがシルフィのものだとはすぐわかった。
「逃げるって、どこに――?!」
「川だよ、私はエルフだ。こうなることも考えて、ここで休んでいたのさ」
視界を奪うような強烈な光の中、シルフィは俺の首根っこを掴んだまま走る。
――こいつ、本気だ。本気で川に飛び込むつもりか!
「待て、勝てる! 逃げる必要は――」
「いいや、逃げる。私たちの目的は、勝つことじゃない。生き残ることだ」
確かに理屈は分かるが、川に飛び込んで生き残れるのか……?!
「――行くぞ、絶対に私から離れるなよ! 私を離すな!」
こちらを強く抱くシルフィを抱き返しながら、川の中へと飛び込んでいく。
相当に流れが速い。意識を失ったら終わる。そう思いながら――
「……おっと、川に逃げたか」
「追いますか? 少佐」
「水に逃げたエルフを追えるわけはない。皆を起してくれ。撤退しよう」
「……え、あの勇者、非殺傷設定のままで? 慣れてなかったんでしょうか」
「いや、あれほどの手練れだ。意図的に殺さなかったんだろうさ。
やはり、そこら辺は“勇者”ということなのかもしれないね――」