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「どんな空気を感じられたのです? ジョンさんは」

「……あー、クソ、カルロスが生きていれば!

 あいつのケツを引っ叩いて、王冠を取り戻せって言えるのに」


 謁見の間から出てきたシルフィーナ・ブルームマリンの第一声がこれだ。

 そして彼女は、近衛兵と僕がいることに気づいて苦笑いを浮かべた。


「……聞かなかったことにしろ。良いな?」


 そう言って唇を人差し指で押さえるシルフィ。

 僕も近衛兵も釣られて同じポーズを取ってしまう。


「よろしい。それで、ジョンはともかくどうしてウィルが?」

「――クラウディア殿下がお呼びです。着いてきていただけますか」


 こちらの言葉に頷いてくれたシルフィ様をお連れして、姫様の部屋へ。

 シルフィ様は殿下の元へ。

 そして僕は、勇者ジョンと2人、向かい合っていた。廊下で。


「……どうして貴方は待っているのです? 王都観光でもすればいいでしょう」

「良いのか? その理由を答えてしまって。たぶん怒るぜ、アンタ」


 そう言って黄金の瞳が笑う。

 ……正直に言って、彼は人間なのだろうか。

 銀色に近い白髪、まるで鉱物のような黄金の瞳。


 そして、なんだろう、肌が違う。

 色は別にクロエ先生と比較しても普通だとは思う。

 でも、何か質感が違うというか僅かな違和感がある。


「怒りませんよ。シルフィさんの身を案じているのでしょう? 場所が場所です」

「……へえ、自覚していたか」

「逆にこうなると交易都市で、僕と2人きりによくしてくれましたね」


 こちらの言葉にスッと冷たい視線を送ってくるジョン。


「シルフィに押し切られたからな、それにまだ警戒もしてなかった」

「何をそんなに警戒されているのです?」

「……理由はいくつもある。だが、最大のところは、この国の空気だ」


 ほう、空気か。曖昧な表現を使ってくるな。


「どんな空気を感じられたのです? ジョンさんは」

「……一言では表現できないから空気と言ったが、そうだな。

 こちらに対する漫然とした敵意、そしてそれよりも大きい諦め」


 ……ほう、よく見ているじゃないか。

 てっきり用心棒のような男で、何も考えていない奴だと思っていたが。

 シルフィにとっての戦力であればそれで良いと思っているタイプの男だと。


「敵意を持っている理由は分かる。シルフィはアンタらの王を殺した女だ」

「――違いますね。あの人は暴君から僕らを解放してくれた恩人です」


 ッ……危なかったな。こいつ、鎌をかけてきている。

 復権派が持つ怨恨を問いかけて、それに同調した者を疑うつもりだ。

 今、彼の言葉に頷いていたら、どう思われていたことか。


「なるほどな、でもアンタみたいに思ってる奴ばかりって訳じゃないだろ?

 そうでなきゃ、人間の国であんなことしねえよな?」

「ええ、お恥ずかしながら。我が同胞が御迷惑をおかけしたようで」


 “よくぞ、彼の者を殺めてくれました。心より感謝申し上げます”


「――いいや、身に掛かる火の粉を払いのけただけだ」

「それでも貴方が止めてくれなければ、より取り返しのつかないことに」

「まぁ、それは事実ではあるが……」


 ……ああ、すまないマルロ。

 僕は、君を殺してくれてありがとうなんて、口にしている。


「悪いな、別にアンタを責めるつもりはないんだ。

 ただ、なんだろう、シルフィを襲ってくる奴がいないのは、勝てる見込みがないからでしかないような、そんな視線を感じるのさ。至る所でな」


 僕を責めるつもりはない、か。

 ……こいつも、クロエ先生と同じようなことを言うんだな。

 いっそオークなんて全て敵だと言い切ってくれれば、僕も自然と恨めるのに。


「……僕らにとって、人間やエルフ、ドワーフというのは憧れの対象なんですよ」

「え、どうして……?

 エルフやドワーフの長寿が羨ましいのは分からなくもないが」


 オークと人間はほぼ同じ寿命だから羨ましくはないだろうということか。


「魔王という世界の敵を生み出した僕らは、日の目を見ることができない。

 他種族全てに対して罪を背負う僕らは、こうべを垂れ続けなければいけない」

「ッ……そんなこと、信じ切って生きていけるのか? 500年も」


 やはりそう言ってくれるのか。

 ……マルロの仇ではあるが、悪い奴でも、嫌いな奴でもない。

 自然とそう思ってしまう魅力が、この男にはある。


「たぶん信じ切っている奴はそうはいません。

 ただ、そう言われたときに反論できない空気はあります。

 だから、オークから犯罪者が出ただけで他国の使者が怒鳴り込んでくる」


 マルロがドワーフだったら、エルフだったら、人間の国は使者を出すか?

 出したとして、話に聞くように派手に怒鳴り散らしてみせるだろうか。

 外交の席でそんな露骨な真似をされるのは、オークが見下されているからだ。


「……難儀しているんだな、アンタらも」

「そう言っていただけるとありがたい。

 この諦観があるからこそ、王冠を取り戻すことに及び腰なのです」


 こちらの言葉を聞いたジョンが、ゆっくりと頷いた。


「だから復権派のような連中が過激化するわけだ」

「え?」

「今の王家が王冠を取り戻していれば、復権派なんて出てくる余地もないだろ?」


 ッ……僕がシルフィに願ったこと。

 あるいは、僕という復権派のオークがクラウディア殿下に傾倒していること。


「オークの神官、いや、オークの魔術師ってのは、王冠がないと出てこないってのは聞いた。今は僅かな血縁が辛うじて目覚めるだけだと。だが、そんな状況、本当なら500年も放置していて良いはずがねえんだ。国を統治する者であれば」


 ジョンの言葉が、こちらの胸に落ちてくるのが分かる。

 記憶喪失の男、帝国に用意された偽りの勇者が告げるシンプルな見解が。


「……適切に王冠が取り戻され、魔術師が選び出されていれば、」

「おそらくあんな事件も起きなかっただろう。

 まぁ、過去はどうにもならないが、それでも今を選ぶことはできる」


 “命ある俺たちは、今を選べるんだ”


「じゃあ、貴方は……力を貸していただけますか? クラウディア殿下に」

「もちろん。シルフィだって同じつもりだろうしな」


 疑いもしないんだな。自分と彼女の考えが一致していることを。

 まぁ、カルロスだったらケツを叩いているって言ってたから当然か。


「――なにとぞ、よろしく頼みます。ジョン」


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