「私、ウィルフレドさんに謝られるようなことありましたっけ?」
――シルフィたちと合流し、王都への移動を始めて数日。
僕は、マルロを殺した勇者について、いくつかの情報を掴んでいた。
まず彼が記憶喪失であること。それを理由に帝国への反発心があること。
帝国製の装備を使う彼が、シルフィと行動を共にするのはそれが理由だろう。
詳しい経緯までは知らないけど、彼女ならば彼のような男に優しいのも当然だ。
そしてそんな2人と行動を共にする2人の神官。
クロエ・サージェントとリタ・ローゼン・シュミットハンマー。
後者の方は名前を聞いただけで分かる。
カルロス・カルリオンと魔王討伐戦に参加したドワーフ。
ルドルフ・シュタール・シュミットハンマーの血縁だ。
どうも孫娘らしい。流石はドワーフ、寿命が違う。
(……クロエ先生、か)
彼女はそう呼ばれていた。そして勇者ジョンに対して問診のようなことも。
いつ出会ったのかは分からない。なぜ行動を共にしているのかも。
しかし、僕は思い始めていた。
……彼女は、マルロが潜入していた教会病院の人なんじゃないかと。
(もう少し詳しく兄さんから話を聞いておくんだったな)
そんなことを思いながら、野営のテント、その近くでハーブティーを飲む。
シルフィと飲んだような上等なものじゃない。
もっと粗末で、お湯に僅かばかりの香りをつけたような、安物のお茶を。
「――お茶ですか。ウィルフレドさん」
ふいの問いかけに少しだけ驚いてしまう。
まさか、今まさに考えていた相手が、自分から話しかけてくれるとは。
こうして至近距離に入るのは初めてだ。
「ええ、よろしければクロエ先生もどうですか?
といってもお湯に色がついた程度の味なんですけれどね」
「ふふっ、ちょうど温かいものが飲みたかったんです」
薪で温めていたお湯を使い、もう1杯分のハーブティーを用意する。
「はい、先生――」
こちらが用意したカップを受け取るクロエ先生。
その白い指先が美しい。まるで陶器みたいだ。
「……先生ですか」
「先生って呼んじゃいけませんでしたか? みなさんそう呼んでいるので」
「いえ、いけなくはないのです。ただ、今の私は、医者じゃありませんから」
微笑みながらゆっくりとハーブティーを飲むクロエ先生。
「やっぱりお医者さんだったんだ? 神官様なのは分かっていたんですが」
「ああ、それは話していませんでしたね。少し前まで病院に勤めていたんです」
「しっかりした仕事だ。どうして辞められたのです?」
クロエ先生のピンクゴールドの瞳が、静かにこちらを見つめていた。
「……兄を探すために。14年戦争で行方不明になってしまって」
「それでシルフィ様たちと」
「はい。彼女の最終目的地は機械帝国ですし、恐らく兄もそこにいる」
行方不明になった“人間の国”の男が、機械帝国にいる。
なぜ、そんな予測を立てているのかは分からないが、確信に近いと分かる。
クロエ先生は恐らく既に確定的な情報を持っていて確信しているんだ。
そしてシルフィの最終目的地が機械帝国であれば、彼女が何故ここに来たのかも見えてきたな。どうして今、魔王を封印するために置いてきた自分の力を取り戻そうとしているのか、その答えが。
……機械帝国とさえ戦うつもりなのか、あの人は。
つくづく英雄としての宿命を背負う女性だ。
「――ジョンさんを診るようになったのは、いつごろからなのですか?」
「まだ教会病院にいた頃です。それもあって、みんな先生と。
なので、あの病院では、ジョンさんが最後の患者さんですね」
やはり勇者ジョンが居た教会病院の医者か。
……となれば、マルロが潜入していた先にいた女性ということだ。
「申し訳ありませんでした、クロエ先生」
「……? 私、ウィルフレドさんに謝られるようなことありましたっけ?」
ッ――そうか。ここまで水を向けても、こちらを怒らないのか。
それどころか全く気付いていないように見える。
復権派が事を起こしたというのに。オークそのものを糾弾もしないとは。
ちょうどこちらに出てくるころに王城へと第一報が届いていたが、今ごろ人間の国から強烈な糾弾がされている頃合いだろう。
……そういえばバシリオ隊長には知らされていたのかな。
シルフィは“お前が気にすることじゃない”とだけ言っていたけれど。
「教会病院で“復権派”がテロを起こしたと聞きました」
「ああ、あの件ですか。別にウィルフレドさんが謝る話ではないでしょう」
巻き込まれた当人だというのに、随分とあっさりしている。
オークはいつも、他国を、他種族からの糾弾を恐れて生きてきたのに。
1人の行動が全ての行動と見られるから自戒せよと。
「……しかし、オークの同胞が、貴女を傷つけてしまった」
「ふふっ、ウィルさんは律儀な方だ。
でも、どっちかというと私が許せないのはあの教会病院の方ですね」
くすりと微笑むクロエ先生。
「いったいどうして?」
「オースティン、いえ、犯人の身辺調査を怠っていたから。
相手が神官だから素性を調べる間もなく欲しかったんでしょうけれど」
その名前が、マルロの偽名であることは理解できた。
知らない名前だったが、あいつはもう、やったことで特定できてしまう。
……そう、なってしまったんだ。
「どんな男だったんですか、彼は――」




