「だが、緩やかに滅ぶのなら“俺たち”は責任を取らなくていい」
「――隊長は、シルフィーナ様に会ったことがあるんですか?」
国王陛下が用意していたキャラバンに、王都で合流して数日。
僕たちは、シルフィーナ様ご一行が到着する予定の交易都市を目指していた。
相手は歴史に深い重役だ。カルロス派としては歓待しない訳にはいかない。
「フン、どうだと思う? お気に入り」
「茶化さないでくださいよ。前に彼女が来たのは姫様が生まれた頃だと」
“お気に入り”というのは僕に対する蔑称だ。
王城に仕える1人の役人でしかなかった僕は姫様に気に入られてから、彼女の勅命で様々な部署、組織、そして軍相手でさえも横断的に動くことになった。
若さに見合わぬ目立ち方に対し、皆がこう言うのだ。
“お前は姫様のお気に入りだからな”と。
「だから会っていてもおかしくはないかなって。その頃から軍にいますよね?」
「ああ、20年前……いや、20年は経っていないのか」
「17年前ですね。姫様が生まれた年に来ていれば」
ラクダに揺られながら、こちらの言葉に頷く隊長。
「まだ俺が新兵だったころだ。
ちょうどこうやって迎えに向かうキャラバンの末席にいた」
「見たんですね、シルフィーナ様を。どんな方だったんですか?」
僕の言葉に隊長が角を撫でる。
考え込む時の仕草としてポピュラーなものだ。
「どんなと言うと難しいが、気さくな人だったよ。
都市の水源管理も見てくれてな。
それと、ふらっと姿を消すことが多いから護衛には苦労した」
なるほど、そういうタイプの偉い方か。
「歳こそ違うが、姫様と似てる系統かもな」
「察しがつきました。それで、隊長たちはどこまで命じられているんです?」
「――王都に送り届けるところまで。お前は違うみたいだな?」
隊長の言葉に頷く。
「旧魔王城まで付き合えと、姫様に命じられています」
「なるほど、あの人らしいな」
「……隊長は、どうお考えなのですか? ついて行くべきか、否か」
ふっと笑い出す隊長。
「俺は仕事をするだけさ。命じられた役割を果たすだけ。
そしてシルフィーナ級の国賓をどう扱うかは、俺程度が決めることじゃねえ」
「……仮に決める立場に居たとしたら?」
割り切った姿勢だ。社会人として最も適切な姿勢だろう。
オークの国には、こういうスタンスの者が多い。
飢えが全てを鈍化させ、今日をやり過ごすことだけで良しとするのだ。
「――王冠を取り戻すには、またとない機会だ。
だが、王を再び選定することは、大変だぞ。内も外も」
やはりそこまで考えているか。そして及び腰になる。気持ちは分からなくない。
国王陛下が色気を出していないのだ。
王冠で誰を選ぶのか、それだけで争いになるし、他国が何を言ってくるか。
「オークの国が、魔王を再誕させようとしていると見られてしまえば」
「ああ、それだけで開戦の理由には充分だ。
機械帝国や人間の国が攻め始めても、他は批判しないだろう」
今度こそ僕らは根絶やしにされかねない。
……復権派の考えが広がらない理由の最大のところだ。
オークの王を再び誕生させれば、魔王を生み出したと他国に攻め入られる。
人間の国、ドワーフの国、エルフの国、そして機械帝国。その全てが。
「……ですが、あれから500年。我らの魔術師不足は深刻です。
このままでは緩やかに滅ぶしかありませんよ、隊長」
「それも分かる。だが、緩やかに滅ぶのなら“俺たち”は責任を取らなくていい」
“そんな風に考える奴ばかりだってことさ、お気に入り”
「ッ……だからこの500年、誰も旧魔王城を攻略しようとしなかった」
「もし、お前の姫様が違うというのなら、力になってやれ。ウィルフレド」
……おだてやがって。自分は何もするつもりがないくせに。
いいや、彼より上からの命令があれば動くか。彼はそういう男だ。
「さて、そろそろだな。交易都市に到着し次第、各自休息を取れ。
シルフィーナ様が来てからが大変だぞ。
砂漠慣れしてない客人を4人も連れての行軍だ」
――そんな隊長の命令を受けて、次の日だった。
交易都市に、シルフィーナ様ご一行が到着したのは。
「馬車で移動できるのはここまでだ。お迎えはもう来ているみたいだぜ?」
馬を操っていた御者が、馬車の扉を開く。
まず、そこから降りてきたのは、人間の女性。
少し冷静になれば、あの桃色がかった金の髪と瞳で、人間の神官だと分かる。
でも僕が最初に感じたのは、白くて美しいなということだった。
飢えとは無縁の血色のいい肌。それだけで育ちが良いのだと実感する。
そして、肌の色と角や牙の差こそあれ、オークと最も近い異種族なのだとも。
「――ここまで、ありがとうございました。チャリオさん」
「ふふっ、先生に感謝してもらえるとは嬉しいなぁ」
先生と呼ばれた女性に続けて、降りてくるのは随分と小柄な少女。
……いや、違うな。あれはドワーフだ。
あれが人間だとしたら、あんな子供を同行させている意味がない。
しかし、彼女まで神官なのか。あの特徴的なオレンジ色の髪と瞳は。
「おお、砂っぽいなぁ。話に聞いていたとおりだね」
「――俺、あんまりオークの国については入れられてないんだよな」
「帝国に仕込まれてないのか。まぁ、これから歩くんだ。問題ないだろ?」
ドワーフの後ろから出てきた男。
彼の纏う独特な装備、そして腰に降ろした金属の塊。
間違いない、あれが拳銃と呼ばれる兵器。あれが勇者、マルロを殺した男。
「――さて、3度もありがとうな。チャリオ」
「いや、5回は運んでも良いって言っただろう?
それに、今回はルドルフさんからの依頼でもあるしな」
最後に降りてきた水色の髪と瞳を持つエルフ。
特徴的な長い耳、纏う独特の神聖さ。
彼女がシルフィーナ・ブルームマリン、500年前に魔王を殺した女。
――10代前半の少女のような姿をしているというのは真実だったのか。
「じゃあ、あと2回運んでもらうか」
「しばらくはここら辺で短い運びをやってるだろうから、タイミングが合えばな」
「くくっ、だとしても次で終わりだ。この次は旅の終着点だからな」
そう言って御者に別れを告げたシルフィーナが、こちらに視線を寄こす。
「……懐かしい顔だ。国王陛下は気を遣ってくれたようだね」