「――たっく、じじいめ。一番大変なところを全部押し付けて行ったね」
「――たっく、じじいめ。一番大変なところを全部押し付けて行ったね」
ドラッヘンベルク最大の祝祭、俺たちが金剛花火を打ち上げるまさに当日。
その夜を目前にして、ルドルフは去っていった。
『あとは、お主らに任せる。ワシは特等席で見ておるから、仕損じるなよ?』
彼の言う特等席がいったいどこなのか、俺たちの中に知る者はいなかった。
しかし、この日に向けて作業を続けてきた金剛花火。
それを打ち上げる瞬間にルドルフがいないことへの不安感、ないわけではない。
「……まぁ、どうせ残りは俺たち花火師の仕事だ。
ジョンはしばらく祭りでも見て来いよ、初めてなんだろ?」
世話になっているドワーフの花火師がそう言ってくれた。
実際のところ、金剛の魔宝石の調整自体は終わっているからリタや俺にやることは殆どない。不測の事態に備えるくらいしか。
「リタ、案内してやりな」
「……良いのかな? 私まで席を外して」
「打ち上げの前までには戻ってきてくれれば、充分さ」
花火師の言葉に頷くリタ。
「じゃあ、行こうか。ジョン。これまでのお礼もしたかったしね」
彼女の言葉に頷いて、祭りでにぎわう街を回る。
打ち上げ場所から離れてしまえば、外はドワーフでごった返していた。
そして、その中には人間の姿も見える。
「皇国の連中も来るんだな」
「うん。ドラッヘンの祭りは有名だからね。それに金剛花火の宣伝もしている」
「――500年ぶりの希少な輝きを打ち上げるとなれば人も来るってことか」
こちらの言葉に頷くリタ。
なるほど、確かにこんな山奥に来る甲斐もあるだろうな。
「この祭りって、ドラッヘン開拓を祝う祭りなんだよな?
開拓っていつのことなんだ? ルドルフさんが金剛花火を見る少し前とか?」
何を祝う祭りなのかはぼんやりと聞いていたが、細かいところまでは知らない。
だから、世間話として、リタに聞いてみた。
「少しという尺度をどれくらいと考えるかは人によるが、祖父さんが逃げてくるよりも10年くらい前だったと聞いている。ドラッヘンの開拓が終わったのは」
「……どうして山の中を掘って都市を造ろうとしたのかって知っているか?」
こちらの言葉に頷くリタ。
「魔王が現れる前から計画自体はあったらしい。
他種族との領土争いは常に悩みの種だ。
エルフが湖の中に住むような優位性が欲しかったんだとさ」
――え、エルフって湖の中に住んでいるのか。
たしかに呼吸には困らないのは体感しているが。
「その計画が魔王の誕生で加速したとか?」
「うん。当時のオークの国による侵略は凄まじかったからね。
それでこの山をくり抜いて、このドラッヘンベルクが生まれたってわけだ」
祭りの喧騒の中、リタがふと空を見上げる。
土に切り取られた夜空に、星が輝き始めていた。
そのわずかな星明りをシャンデリアが反射していて美しい。
「ここがなければドワーフは絶滅していたかもね」
いつかした話を思い出す。
機械帝国がドワーフの国との戦争を早々に切り上げたのは、魔導甲冑の脅威だけではなく、この独特な立地ゆえだと。
「魔王からも機械帝国からも守ってくれた場所だと」
「ああ、これを計画し実行した先祖様には頭が上がらないよ」
魔王が現れる前から計画はあったと言っていたが、山をくり抜いてこれほど巨大な都市を造るのだ。数年というスパンではないだろう。十年単位の計画のはずだ。
「本当に先見の明があったんだな」
空から注ぐ星明りと、地面に広がる祭りの輝き。
……本当にただただ美しくて、ここをリタと共に歩けることが嬉しかった。
このあと、この場で最も強烈な光を放つのだと思うと、身が引き締まる。
「――どうした? ビールでも飲みたいのか」
「っ……あ、ああ、見ていると少しな」
屋台で売られているビールを見て、リタが、よだれを垂らしそうになっている。
それなら買ってやろうかと思ったのだが、ふと、今日までリタが酒を飲んでいるところを見たことがないのを思い出した。
「飲みたいなら奢るが、禁酒中だったり?」
「……うむ。祖父さんに付き合って。それにこれから打ち上げもある。
無事に行けば私にやることはないが、一応な。願掛けみたいなものさ」
そう呟くリタにシュネーバルを買って手渡す。
以前に会った爺さんが今日も出店を出していたのだ。
「シュネーバルか」
「俺がこの街で初めて買ったお菓子だ。アンタと出会う前に食ってた」
「ふふっ、あの時か。懐かしいな――」
――そう笑うリタと一緒に、祭りを回った。
何があるというわけでもない幸福な時間を共に過ごしたのだ。
「戻ってきたな? リタ、ジョン」
花火師の言葉に頷く俺たち。
「問題はあったかい?」
「いや、大丈夫だ。アンタらには見ていてもらうだけになるかな」
「それならそれの方が良い。楽しみにしているよ」
花火師たちの中で、打ち上げの時を待つ。
……俺とリタで持ち帰った金剛魔宝石、それがとうとう花火となるのだ。
彼女が炉の中で加工するのを見ていたし、その後も手伝ってきた。
今日までの全てが結実するのだ。ルドルフさんの悲願が。
彼の悲願を叶えようとした俺たちの夢が――
「ふふっ、やはり美しいな。彼らの花火は」
まず、普通の花火が打ち上げられる。
ドラッヘンの中央から、山頂に切り取られた空へと。
火薬が燃えて、空に昇る甲高い音が響き、そして爆ぜる。
「ああ。本当に……」
ちょうど、切り取られた空の中央で輝いた花火。
その輝きを、都市のシャンデリアが増幅する。
知識として知る限りの花火とはまた違う光景が華を開く。
「次だな」
一連の花火が終わったところで、花火師たちが金剛花火を準備する。
リタの横顔から若干の緊張感が伝わってくる。
それを感じているのは俺も同じだった。
「いよいよか――」




