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「あの日、ジョージの犠牲なしに魔王1人を殺すことさえできなかったワシらの」

「――どうしてリタさんとミドルネームが違うんです? ルドルフさんは」


 リタの手伝いをするようになってしばらく、俺はルドルフさんと一対一で話す機会を得ていた。何ということはない、作業終わりの時間、2人きりになったのだ。


「ああ、シュタールとローゼンのことじゃな?

 あれは国王陛下から賜った勲章なのじゃ。違って当然よ」


 なるほど、勲章か。そう考えれば直系の祖父と孫で違うのも当然だ。


「功績を讃えてという訳ですか」

「うむ、察しはついておるかね?」

「貴方のは500年前の魔王討伐、リタさんのは対帝国用の魔導甲冑の量産」


 こちらの言葉に頷くルドルフさん。

 そして、その勲章に込められた意味も教えてくれた。

 ドワーフの古い言葉で、シュタールが鉄、ローゼンが薔薇を意味するそうだ。


「それでアウルはリタさんのことをリタ・シュミットハンマーと」

「ふふっ、そうか。やはり、あやつはそう呼ぶか。

 ワシのこともシュタールをつけたことはないからのぉ」


 なんとなくアウルがそうする理由も分かる気がする。


「国王陛下が授けた名前など、使うつもりがないと言ったところでしょうか」

「アウルの腹の中までは分からぬが、そう考えていてもおかしくはないな」


 アウルの話をしたことで、ふと、吸血剣サングイスの話を思い出してしまう。

 500年前の勇者ジョージが返すことのできなかった武器のことを。


「……ルドルフさん。貴方が、勇者と聞いて思い浮かべる人間は」

「ジョージしかおらんな。シルフィから話は聞いておるじゃろう?」


 彼の言葉に頷く。ジョージという名前は知っていると付け加えながら。


「……俺は、帝国に勇者というコードネームを与えられていました」

「そのようじゃな。記憶まで奪われ、難儀なことで」

「ルドルフさんは、心当たりありますか? 帝国が勇者という名前を使うことに」


 こちらの言葉を聞いて深い溜め息を吐くルドルフさん。

 蓄えた髭を弄っている姿を見ると、何かしらの心当たりはあるように見える。


「……シルフィが話していないのならば、下手なことは言えん。

 じゃが、そもそも500年前、ワシらがジョージを死なせていなければ、勇者などという言葉が今のような意味を持つこともなかったじゃろう」


 彼の瞳を見ていると、言葉を挟む余地はなかった。


「その意味で、そもそも君が勇者などと言う名前を与えられ、弄ばれているのはワシらのせいでもある。あの日、ジョージの犠牲なしに魔王1人を殺すことさえできなかったワシらの」


 ――まさか、こんな言葉をかけられると思っていなかった。

 自分が勇者というコードネームを与えられていることに。

 かつての戦友ならば、お前なんて勇者じゃないと言ってもおかしくないのに。


「……このような老いぼれが託すのは、酷な事じゃと分かっている。

 だが、ジョン。お前が本当に最後までシルフィと行動を共にするのなら、ワシらのようにはなるな。誰かを犠牲にしての勝利ほど禍根を残すものはない」


 そう告げたルドルフさんは、別れの挨拶を告げて去っていく。

 明日もあるから、早く寝るのだと。

 全くなんて一方的な。……絶対に何か知っているじゃないか、彼は。


「おーい、ジョン!」


 ルドルフとは反対側、作業場にシルフィの声が響く。

 咄嗟に振り向いた先で、彼女が大きく手を振っていた。

 先ほど話していた彼よりは大きいけれど、やはり小柄に見える。


「シルフィ……」


 彼女がこちらに歩いてくる。


「リタの手伝いは終わったようだな?」

「ああ、リタは少し用事があるって先に上がったよ」

「ふむふむ。ルドルフに何か言われていたか?」


 ……見ていたのか、彼と話していたことを。


 反射的に加速思考を発動してしまう。


 ――今だ、ルドルフに言われたことをシルフィに伝えろ。

 そうすれば彼女は、はぐらかすことはできない。

 500年前の戦いで何があったのか、機械皇帝を倒そうとする理由は何か。

 それを、聞き出すことができる。


「……いや、魔宝石を持ってきてくれてありがとうって。

 それとシルフィのことを頼むってさ」

「ふふっ、お前に頼まれるほど、私は力不足ではないよ」


 くすりと笑ったシルフィが俺の手を握る。

 そして、スッと歩き出して、俺はそれについて行く。


「……いや、やはり守ってもらおうか。この先に何があるか分からんしな」

「魔導甲冑を得たアンタの半分の力もあるか怪しい俺で良ければ」

「ああ、充分さ。戦闘時のお前の判断力に関しては本当に信頼している」


 ――そうか。彼女は俺の“加速思考”のことを知らないのか。

 そんなことに今、気付いた。

 彼女が自らの過去の全てを話していないように、俺もそうなんだ。


「そうだ、ジョン。今日の夕飯は私が用意したんだ。

 お前に色々と教えていると久しぶりにやりたくなってな」


 柔らかく微笑むシルフィに手を引かれ、宿へと帰っていく。

 ……こんな何気ない時間を、何よりも愛しいと感じる。

 もし、俺がさっき、切り込んでいたらきっとこうはならなかったのだろう。


「何を作ってくれたんだ?」

「ウサギ肉のシチューをな、濃い目に味付けしたからパンに合うぞ」


 それは楽しみだ。なんて思いながら、彼女と同じ歩幅で歩いていく。

 ……いつか、まだ語られていない彼女の過去を知る日が来るのだろうか。

 たとえそうだとしても、今は、今だけはこのままが良い。そう思いながら。


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