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「……炎の神に愛された種族か」

 ――ドワーフの工房、その中でも炉と呼ばれる場所は凄まじい。

 知識として知る人間のそれとは一線を画している。

 ドワーフの炉は、ドワーフが中に入るのだ。


 人間の炉のように対象物のみを熱で溶かしたり、外から熱のみを得て利用するものではない。燃え盛る炎という彼らの神に最も近い場所で、神と同一となり、その力を借りて対象物を加工する神聖な場所。それがドワーフの炉だった。


 ……俺どころかシルフィやクロエ先生にだって入れやしない場所だ。

 ドワーフという生まれつき炎に愛された者たちでなければ、燃え尽きてしまう。


 ――最初にここに来たのは、何気ないきっかけだった。

 シルフィからドワーフの鍛冶師連合に差し入れを持って行ってくれと頼まれた。

 そこからほぼ毎日、来てしまっている。


「ふぅ――」


 工房の中、分厚い合金に閉ざされた炉の扉が開く。

 そして、その中から出てきたリタは、縛っていた髪をほどいた。

 長い髪がふわりと広がり、閉じていく扉の向こうに見える炎と同じ色に輝く。


「……炎の神に愛された種族か」


 何度見ても、本当に美しいと思う。

 神々しい姿だと思ってしまって、足しげく通ってしまっているのだ。


「君の反応はいつも新鮮だね。いい加減に慣れたと思っていたが」


 作業着を結ぶ紐をほどき、それを脱ぎ捨てるリタ。

 中の衣服はタンクトップにホットパンツ。

 いや、たぶんちょっと違うんだろうが、帝国風に表現するとそれになる。


「……正直、何度見ても神々しいなって」

「表現が大げさだよ。アウルの方が神々しかっただろう?」

「いや、まぁ、あれはあれで凄かったけど」


 今のリタの方が比べるまでもなく美しく、神聖さを感じるのだ。


「それで今日も来たということは昼食を持ってきてくれたのかな?」


 微笑むリタに俺が作った昼食を包んだ風呂敷を見せる。

 それを見た彼女は、にこやかに微笑んでくれる。

 そして、こちらに手を伸ばそうとして、その手を止めた。


「……おっと、初日と同じ轍を踏むところだったね」


 そう言ったリタが、水を被る。

 工房の中に用意されているのだ、炉から出たドワーフの身体を冷やすために。

 ――しかし、何度見ても全身が湯気だらけになるのも凄いな。


「なんで服は燃えないんだっけ?」

「ドワーフの加護が伝わるような材質なのさ。

 もっと細かく説明できるが、これくらいで留めておいた方が良いだろう?」


 リタの言葉に頷く。一度、炉がどういう金属でできているのかとか、工具は燃えないのかとか、そこら辺を質問したのだけど正直さっぱり分からなかったのだ。


「正直すまない」

「いや、ドワーフ特有の知識だ。人間のお前には必要ないのも事実さ」


 笑う彼女と共に工房の外に出る。

 山の中に用意された人工的な草原で昼食を取るのが日課になっていた。


「くぅうん♪」

「――ふふっ、あの時の山犬もすっかり騎士団のものだな」


 昼時、騎士団に飼われることになった山犬たちは放牧されている。

 しっかりしつけされて、人を襲うこともない。

 なぜか知らないけど、リタにはよく懐いていて、いつも彼女へ遊びに来る。


「――しかし、ジョンがこんなに料理上手だったとは」

「俺も驚いているよ。まぁ、シルフィに教えてもらってるのもあるけどな」


 そう言いながら、作ってきたサンドイッチを広げる。

 そろそろ汁ものも用意したいのだが、どうやってもこぼしてしまいそうで。


「ふふ、サンドイッチか」

「なんかこれを初めて作った人と知り合いだってシルフィが」

「らしいね。私が生まれる200年くらい前の話だと」


 やはりリタも聞いたことがあったか。


「200年前……」

「記憶喪失のジョンには少し難しいかな、時間の話は」

「500年前にあったことはなんとなく理解し始めているんだけど、それが500年前だってことがなんというか、実感できないんだ」


 勇者ジョージとシルフィ、ルドルフさん、そしてあと数名の仲間たち。

 彼らが魔王を打ち倒した戦い。

 そこで何があったのかはなんとなく断片的に理解しつつある。


「――時間の感覚が違う戸惑いは私にも分かる。

 シルフィがいつまでも変わらないからね。

 祖父さんと同世代だってのが体感としてピンと来ない」


 “だから、私はきっと他の奴より500年前の戦いを近くに感じていると思う”


「シルフィの傍に居たからか」

「うん。祖父さんだけなら昔話としてしか認識していなかったんだろうって」

「分かる気がするな。ただでさえ記憶喪失なのに、あの人の過去が気になるんだ」


 だからあの人の過去を大きく感じてしまう。


「……ルドルフさん、大丈夫なのか?」

「大丈夫かどうかで言えば、もう祖父さんが大丈夫になることはない。

 老いは悪化するしかないところまで来ているからね」


 そう告げるリタの表情から、無念さとそれに混じる闘志のようなものを感じる。


「――それでも、金剛花火を打ち上げるまでは殺しても死なないだろうよ」


 彼女の冗談はどこか祈りのようにも聞こえた。


「そして、祖父さんの役割は私が継ぐ。私がシルフィを守る、彼女の力になる」

「……機械皇帝との決着か」


 最初に出会った時、シルフィは14年戦争の調停に関わったから機械皇帝に狙われるようになったと言っていた。そして他者を洗脳するような技術を有する機械皇帝を許すわけにはいかないと。


 でも、なんだろうな。もっと違う何かを感じる。

 もっと個人的な因縁があるんじゃないかって、そう思うんだ。なんとなく。


「なぁ、リタ。シルフィが機械皇帝を倒そうとする理由、知っているか?」

「かつての魔王と同質の力を持つから。じゃない理由のことだね。

 何かあるのは察しているが、私も聞いたことがない」


 リタも聞いたことがないのなら、本当に誰にも話していなさそうだな。

 ……聞き出すには、同世代の人間に当たるしかないか。


「なぁ、ジョン。今日で終わりなんだ」


 昼食を食べ終えた頃だった。神妙な面持ちでリタが話を切り出してきたのは。


「何が終わりなんだ?」

「炉の中に入る作業だよ。魔宝石の加工は終わった。

 残る作業は火薬の準備になる。炉の中じゃ作業はできない」


 ……ああ、それもそうか。

 炉から出てくるリタの美しい姿を見れるのもあれが最後だったとは。


「それで、その半ば雑用になってしまうんだが、手伝ってくれないか? ジョン」

「……俺が? 良いのか、逆に」

「もちろん。お前みたいに器用な奴がいてくれると助かる」


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