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「――私は今から、機械皇帝を殺しに行く」

「――アンタ、慣れているな。隠密行動って奴に」


 エルフの村と聞かされていた場所、人身売買組織の本拠地を逃れた。

 陽動部隊が仕掛けてきたのとは逆の方向へと進んだ。

 大勢は決し、陽動部隊は捜索を始めていたが、その目を避けてきたのだ。


「君こそ記憶喪失の割には手慣れているじゃないか」

「どこで積んだ経験か知らんが、体が覚えていた」

「そいつは良い。もう少し離れたら、一息入れよう。疲れたろう?」


 自覚的な疲れはなかったが、シルフの確認には頷いておいた。

 休めるときには休んでおくべきだ。徒歩で移動できる範囲など知れている。

 逃げ切れるか否かの決定的なところを分かちはしない。


「――さて、ここまで逃げればひと安心って訳でもないんだろうな。

 あいつらが本気で追ってきていたのなら」

「ふふっ、恐れてばかりいても仕方がないよ。さて、お腹はすいているかい?」


 シルフからの質問に答える前、自らの腹が音を立てる。

 そんな俺を見て彼女は優しげに微笑んで見せた。

 ……恥ずかしいな、これ。


「パンしかなくてすまないね。いや、火でも起こそうか? 塩漬けの魚がある」

「……やめておけ。火は目立つ」

「む、確かに正論だな。魚はまた今度にしよう。これが結構イケるんだ」


 シルフから分けてもらった乾パンを食べ、水まで分けてもらう。

 全くもってありがたい。


「……なぁ、シルフさんよ。アンタはこれからどうするつもりだ?」

「その質問に答えてもいいが、私を味方だと思うのならシルフはやめてくれ」

「ダメなのか……? シルフじゃ」


 魔女シルフという異名だから、てっきり略称はシルフだと思っていた。


「私のことをシルフと呼ぶのは敵ばかりさ。仲間はみんな、シルフィと呼んだ」

「シルフィ、か」

「そうだ、シルフィだ。それで私がこれからどうするか?だったね」


 水筒の水を飲みながら、シルフィは少し遠くを見つめた。


「――私は今から、機械皇帝を殺しに行く」


 シルフィの言葉に身の毛がよだつのを感じた。

 ひょっとして俺は、とんでもない間違いを犯したんじゃないのかと。


「……テロリストじゃないんじゃ、なかったのか?」

「テロリストじゃないとは言っていないよ。テロ集団の首領じゃないとは言ったけれどね」


 ッ――詭弁だ。

 いいや、詭弁ではないか。実際、あの集団は人身売買組織でテロ集団ではなかった。それ自体はシルフィが縛られていたことからして間違いない。しかし……。


「……どうして機械皇帝を殺そうとする?」

「14年戦争の調停をきっかけに奴は私を狙ってきた。

 その報復、だけじゃないが、そうだな。君にも分かるはずだ」


 ……俺にも分かる、だと? 機械皇帝を殺す理由が、俺にも。


「記憶を奪われた君は、勇者という役割を背負わされて偽りの任務に従事させられていた。君のような目に遭わされている皇国軍の捕虜は多いだろう。それを仕掛けているのが機械皇帝なんだ。これ以上、奴の増長を許す訳にはいかない」


 ッ……俺をこうしたのが、機械皇帝だというのか? そんな確証がどこにある?

 ――そう言い返そうとして、言葉に詰まった。


「どうした? 言いたいことがあるのなら言っても良いんだぞ。

 自分で考えない人間の子守をするつもりはないと言った。

疑問があれば言葉にして欲しい」


 シルフィが促してくるのも当然だ。

 しかし、どう伝えれば良いのか。どう、言葉にしたものか。


「……俺は、機械皇帝が俺をこうした証拠などないと言おうと思った。

 忠誠心からだ。彼がそんなことするはずがないと。

 でもな、そもそも、なんでそんな忠誠心を俺が持っているのか分からないんだ」


 俺の言葉を前にシルフィが息を呑んでいるのが分かる。

 想像以上に重症だと感じているのだろうか。


「……そうか。私は君を皇国軍の捕虜かと言ったが、違うのかもしれないな」

「あるいは、本来なら持っていない忠誠心を持たせることができる――」


 仮にそうだとしたら、機械皇帝がそうだとして、帝国軍がその力で他の国家への侵略を行うというのなら。


「――分かったよ、シルフィ。機械皇帝を殺さなければいけない理由が」

「待て。君がそう判断するのは早計じゃないか?

 もし君が、一時的に記憶を失っているだけの帝国軍人だとしたら?」


 ッ……どうして彼女は、俺の決断を鈍らせてくるのだろう。

 でも、確かにシルフィの指摘は正しい。

 記憶がないからと言って、この感覚が改竄されたものとは限らないんだ。


「……だが、仮に君が皇国軍の捕虜だとしたら、あいつの技術も更に先に進んだということになるな。忠誠心まで植え付けられるなんて」

「皇国やエルフ、ドワーフの国に対しての侵略はより容易になったということだ」


 こちらの言葉に頷くシルフィ。


「――それが分かっているから、私はあいつを殺さなければいけないんだ。

 でも、君がそう思うかどうかは記憶を取り戻してからにした方が良いだろう」


 “取り戻した記憶次第では、取り返しのつかない決断をしてしまうこともある”


 ……そんなシルフィの忠告が、静かに響いてきた。

 しかし、俺はこの先、どうすればいいのか。


「シルフィ、アンタはこれから機械帝国に?」

「いや、ドワーフの国を経由してオークの国に行く。敵は強大だ。準備がいる」

「結構な長旅になりそうだな、2つの国まで行くとなると」


 こちらの言葉を聞いたシルフィが、静かな笑みを浮かべる。

 声色から、こちらの意図を掴んでいるのかもしれない。


「――護衛の空きはあるよ、雇われてくれるかい?」


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