「保護者に邪魔されてしまったが、近いうちにまた遊ぼうや。ジョン」
「今だ、叩き折れ、ジョン――!!」
アウルの手を離れた黄金の剣、それを目掛けてインテグレイトを放つ。
非殺傷設定を解除した最高出力で、落下する剣の一部分を何度も撃ち抜く。
加速思考を発動し、違えず、同じ場所に、何度も何度も何度も。
「――勝負ありだな。流石だ、ジョン、リタ」
俺たちの試合を見守ってくれていたシルフィが告げる。
インテグレイトの射撃は、黄金の剣を完全に切断したのだ。
もっと派手に壊れるかと思ったが、熔解した部分以外は無傷か。
「あー! 待て待て待て、待てシルフィ」
「何を待つというのだね? アウル。お前の指定した通りの勝利じゃないか」
「いや、それはそうだが戦い足りない、ようやく盛り上がってきたところだぞ」
頭を抱えるアウルに近づくリタ。
「私たちの力と意志を測るには、少し定規が短すぎたみたいだね、アウル。
でも、約束は果たしてもらうよ? 文句はあっても邪魔はしないでね?」
「……分かった。お前の力は認めよう。その意志も」
リタの肩を叩くアウル。
そして、残っていた右の虚肢剛腕に何か印を刻んだ。
「――いったい、何を?」
「なに、金剛魔宝石の対価にくれるんだろう?
目的を果たすまで現物を寄こせとは言わぬ。だが、持ち逃げも御免だ」
なるほど。そのための印ということか。
「なんか、胡散臭いね……」
「ふふ、お守りくらいにはなるさ。これからの戦いに」
優し気に語るアウル。
なんだかんだ、リタのことはかなり気に入っているらしい。
まぁ、彼女がここまでの実力をつける前からの知り合いみたいだしな。
「しかし問題は貴様だ、勇者ジョン。俺はまだお前の実力を見ていない。
最後に剣を撃ち抜いたとき、光線の出力が上がっていたな?」
「だったらなんなんだ? 隠し玉くらい用意しておくのは戦いの基本だろう」
ズイっと顔を近づけて、俺のインテグレイトを見つめてくる竜人。
人間より少し大きい、人間とは違うもの。
アディンギルで戦った魔族とも違うそれに、少し威圧されそうになる。
「いや、最初からその威力を使っていれば、もっと早くに勝敗を決していたのではないかと思ってな。だから俺はお前の力の底が見たいのだ」
黄金竜、その独特な瞳が俺を見つめていた。
「やめろ、アウル。私のジョンにちょっかいを出すんじゃない」
「シルフィ……お前は良いのか? こいつの持っている兵装、並のものじゃない。
お前は上手く抱き込んだつもりになっていても、後ろからなんてことも――」
俺にそんなつもりはない。帝国への忠誠心なんてもう微塵も残っていない。
「こいつが私を殺る気ならば、もう30回はその機会があった」
「……遅効性の洗脳くらいやっているんじゃないのか、奴ならば」
「っ、どうだろうな。まぁ、大丈夫さ。それに疑い始めればキリがない」
“たしかに、魔法のあるこの世ではな”と笑うアウル。
「保護者に邪魔されてしまったが、近いうちにまた遊ぼうや。ジョン」
そう笑うアウルに、俺は言葉を返せなかった。
「さて、それで金剛の魔宝石だったな」
最初と同じように、どこから取り出した魔導書を閉じるアウル。
瞬間、元居た洞窟へと俺たちは戻っていた。
……入ってきたときには見えなかったが、奥に巨大な扉があるのか。
「良い機会だ。お前らに我が宝物を見せてやろう」
そう笑ったアウルが指を鳴らした瞬間、巨大な扉がひとりでに開いていく。
竜の姿でも通れそうなくらいに途方もなく大きな扉が。
「――凄いな、これは」
「ふふ、新鮮に驚いてくれて嬉しい。
長く生きているとこれくらいしか楽しみがなくてな」
扉を開いた先、宝物庫と呼ぶにふさわしい空間が広がっていた。
様々な宝飾品や工芸品、宝石が色や年代に分類されて飾られている。
「どれもこれも、世界が蓄えた富を、人族が高みへと昇華させたものだ。
その短い命の中で、彼らは永遠を残していった――」
なるほど。彼がリタの魔導甲冑を求める理由がよく分かる気がする。
「――あの大きいのをくれるのかな? アウル」
「ダメだ。あれは古き友が俺のために加工してくれた金剛。
命と引き換えにしても渡さんよ」
そう笑ったアウルが、奥の方から持ち出してくるのは加工されていない原石。
「これはいつか腕の立つ加工師を見つけた時のために取っていたものだ。
リタ、お前なら分かるだろう。これの価値が」
「……あの大きいのよりも、花火にするには相応しい。含有する力が違う」
リタの回答に嬉しそうな表情をするアウル。
「本来であれば、これを花火にするなどあり得ないことだが、貴様らの力と意志に免じてくれてやる。ただし、ルドルフに伝えておけ。あの日よりも鮮烈な輝きを生み出さなければ許さないとな」
アウルから原石を受け取ったリタが頷く。
「必ず、伝えておく。本当にありがとう、アウル」
「かしこまった礼などいらん。それとお前の魔導甲冑は必ず貰うからな。
帝国なんぞで死んだら許さんぞ、リタ」
2人のやり取りを見つめていると、黄金竜がドワーフと共存しているということが体感で理解できる。なるほど、こういう関係なのだと。
「――やれやれ、アウルがお前らと戦うと言い出した時には肝が冷えたよ」
アウルの洞窟を後にしてしばらく、シルフィが大きなため息を吐いた。
「別に、いつものことだよ。あいつに何か頼もうとするといつもこうなるし」
「それは、お前が子供の頃の話だろう? リタ。
鎧を着ているお前はともかく、ジョン、よく無事だったな」
シルフィの言葉に、首を横に振る。
「いや、あいつ殺す気はなかっただろう。なんとなくだけど、よく分かったよ」
「ほう? そうか、それが分かったか。流石だな」
「……なんだろうな、ドワーフのこと、人族のこと、好きなんじゃないかって」
短き命を繋ぐ者と言っていたが、そんな連中のことを好いているように感じた。
言動の端々から。なんとなくだけれど。
「――ふふ、そいつは良い。
さぁ、帰って見届けてやろう、ルドルフの悲願を、金剛花火を」