「つくづく短い命を繋げる貴様らの考えは理解できんわ」
「――ほう、エルフの巫女に、金属臭いドワーフ。
ん? 3人目は知らんぞ。初めての闖入者とは恐れ知らずだな」
ドラッヘンブルクを出て更に奥に進んだ山。
その洞窟の中、黄金竜の住処。周囲が“竜の山”と呼ばれる原因。
そこに足を踏み入れたとき、この場所を俺は、ただの闇だと感じた。
だが、違った。全てを揺らすような声が響いたのだ。
竜の眼に光が灯り、この場所を照らした。
強烈な輝きが俺たち3人を、さらけ出した。
「……ジョンだ。訳あってシルフィと行動を共にしている」
「ほう、名乗ってみせるか。礼儀は弁えているな、度胸もある」
竜の笑いが洞窟を揺らす。
息が吹き掛からずとも、その音だけで俺の身体が揺れる。
……桁が違う。大きいということだけでこんなにも、圧倒的なのか。
「しかし、なぜ姓を名乗らぬ?
短き命を繋げる貴様らにとっては、自らの名と同等の価値を持つもの。
それをいったいなぜ、この俺に教えぬのだ?」
ッ――そう来るか、古の竜め。
シルフィが嫌味ったらしいと言っていた理由が分かるな。
理由を探してそれを突く。それで試しているのだ。相手のことを、俺のことを。
「――やめろ、アウル。こいつには事情があるんだ」
「ほう? 俺に意見するのなら、吸血剣を返してからにしてもらおうか、巫女よ」
「意見じゃない。事実を教えてやると言っているのさ。黙って聞けよ」
シルフィの言葉を笑い飛ばす黄金竜。
その吐息が俺たちに吹き掛かる。
「相変わらず威勢のいい女だ。男も寄ってこないだろう? その振る舞いでは」
「やかましい。余計なお世話さ」
「それで何なんだ? お前たちが帝国人を連れているのだ。ただ事ではあるまい」
挑発に挑発を重ねてきたくせに、意外と話は真面目に聞くんだな。こいつ。
「――ジョンは記憶喪失なんだ。名前も私がつけさせた」
「ほう? どうしてお前が面倒を見ている? シルフ」
こいつ、今までリタとシルフィが俺といるのがおかしいと言っていたくせにシルフィが俺の面倒を見てくれていることを知っているのか。何か事前に情報を得ていると見るべきだろうか。こんな洞窟の中にいるのに。
「帝国に洗脳されていたんだよ。そして私を殺しに来ていた」
「ほう、お前、自分を殺そうとした相手を抱き込んだのか。よくやるものだ。
事情は分かった。ジョン、貴様も災難だな、勇者など名付けられて」
――絶対に知ってるな、こいつ。俺のコードネームが勇者だったと知っている。
「勇者なんてロクなものじゃないぞ。
名付けられたとしても、そうなろうなんて思わないことだ。
偉業を成すことより、借りたものを返すことの方が大切だと知れ」
勇者ジョージと吸血剣サングイスの話か。
……しかし、いつかシルフィが言っていたとおりなんだな。
彼の成したことは偉業だが、彼にそれを望んだ者はいなかったと。
まぁ、この竜の場合は私物が返ってこないせいだろうが。
「それで、何しに来た小娘ども。どうせまた何かをくすねに来たのだろう?」
ぐるるると喉を鳴らし威嚇してくる黄金竜。
いや、行きたくないと言っていた理由はよく分かったし、危険だという理由も分かった。そして同時に危険という割に、どこかやり取りが軽かった理由も。
「――魔宝石を貰いたい。ダイヤモンドの魔宝石だ」
「対価は?」
「これで足りるかな?」
スッと金貨の入ったケースを取り出すリタ。
いったいどこに仕舞い込んでいたのか。魔法の一種だろうか。
「フン、現代人の金貨などが対価になるものかよ。
それならまだお前の甲冑の方に価値がある。完成させたのだろう?
魔導甲冑の母と呼ばれるお前が、渾身の新作を――」
金貨のような何にでも変換できるものではなく、リタの造る甲冑のような特殊な工芸品の方がアウルにとっては価値があるか。なるほど、分かる気がする。
「ちょっと待ってくれ。それは今2つしかない。どっちもこれから使うんだ」
「――ほう? 聞こえんな? 今ならまだ聞かなかったことにしてやるぞ、リタ」
「すぐには用意できない。貴方に渡す分がないし、しばらく私に暇がない」
あきれ返ったように溜め息を吹きかけてくるアウル。
まったくいちいち反応が大きいのをなんとかしてほしいものだ。
「今すぐに用意するというのなら、話に乗ってやろうと思ったのになぁ。
残念なことだ。しかし、ドワーフよ、お前は魔宝石を何に使うつもりだ?」
「――金剛花火を打ち上げる。我が祖父・ルドルフの悲願のために」
リタの回答に、笑みを浮かべるアウル。
竜の表情など分からないと思っていたが、意外と分かるものだ。
しかし、なぜ笑う? いったいどういう感情なんだ?
「つくづく短い命を繋げる貴様らの考えは理解できんわ。
貴様らにとっては忌々しい記憶が残るあの光を、再び見ようなどと。
そして変わらず貴様らは、この世界が蓄えた富を使い果たそうとする」
言葉だけを捉えれば怒っているように感じる。
しかし、なんだろう、どこかそれだけではないような……。
「……だが、そうか。ルドルフの悲願か。
なぁ、巫女よ。あいつにはどれだけ残されている?」
「あいつは死なないさ。金剛花火を打ち上げるまではね、あのルドルフなんだ」
シルフィの回答を笑う黄金竜。
「それでは渡さない方が良いではないか」
「……いや、アンタは渡してくれる。それが手向けだと分かっているんだろう?」
「フン、500年程度の小娘が――」
竜の瞳が、その輝きを増す。
「――タダで渡してやる訳にはいかぬな。示してみせろ、その力と意志を」