「この娘が魔導甲冑の母と呼ばれるのは、それが理由なんだ」
「――ほう、ピッタリだよ。流石だね、リタ」
鈍色の鎧を纏ったシルフィがリタに語り掛ける。
鍛冶師連合に帰ってきて少し後、魔導甲冑のフィッティングを始めたのだ。
「いいや、調整が必要だ。右腕を上げて、シルフィ」
……山犬たちを連れて帰ったのだから、少しはここの連中も驚くのかと思ったが誰も驚いていなかったな。リタというのはそういう人物と思われているのだろう。それに野犬を飼いならすということも既に慣れているようだった。
「そうかな? 充分によく合っていると思うんだけれど」
「ダメだ。全然ダメ。手紙で教えてもらった通りで大枠は合ってるけど、微調整がいる。命を預けるものだからね。私の満足いくまで調整に付き合ってもらうよ」
魔導甲冑というものは、その名の通り魔力を通すことで完成するらしい。
起動前は、ただの鈍色の鎧だが、魔力を通すことで色が宿る。
そして色が宿れば、任意で収納することができるそうだ。腕輪になるのだと。
「ふふっ。凝り性だな、リタは」
「――貴女には恩がある。神官としての力の使い方、教えてくれたのは貴女だ」
「分かった分かった。好きなだけ付き合おう」
……2人のやり取りを見ていると本当に付き合いが長いのだと分かる。
そして、あのリタがどこか子供のように見えるのは、相手がシルフィだからか。
――500年前の魔女と魔導甲冑の母。
とんでもない人物2人が並んでいるとは思えないな。
「シルフィ、左腕を」
リタのいうことを聞きながら、彼女を見つめるシルフィ。
その視線は何よりも優しげで温かい。
「どうした? ジョン。私のことを見て」
「いや、シルフィ。ちょっと聞きたかったんだけどさ。
魔導甲冑って魔力を通さないと使えないなら、神官にしか使えないのか?」
2人の姿が微笑ましかったからとか言うと水を差してしまいそうで、話を誤魔化した。ただ、少し気になっていたのだ。自らの魔力を通して甲冑を起動しなければいけないのなら、魔導甲冑は魔力を持たない一般人には使えないんじゃないかと。
「――いや、さっき君に握ってもらった手綱があるだろう?」
思わぬところから答えが飛んできた。
リタが例に出した手綱、握れば魔力が流れるというあれか。
……待てよ、てっきりあれは道具自体に魔力が籠っていると思っていたが。
「ひょっとして流れる魔力って、俺の魔力なのか?」
「そうだ、察しが良いな。私が造った魔導甲冑も同じなんだ」
「……神官でなくても持っている僅かな魔力で起動することができると」
こちらの言葉に頷くリタ。
なるほど、なんとなく分かってきた気がする。
「この娘が魔導甲冑の母と呼ばれるのは、それが理由なんだ。
以前の甲冑は、神官自身が使うか、神官が傍に居なければ使えなかった。
そのネックを解消したのがリタなんだよ」
やはりそういうことか。
その力が、機械帝国に対する大きな抑止力となった。
「魔力を流しているってことは、防げるんだよな? 光線銃」
「ああ、よほど出力の高いものでなければ防げるはずだ。
と言っても最近は戦ってないから微妙かな? リタ」
黙々と作業を進めていたリタがシルフィの言葉に唸り始める。
「技術革新していれば分からないけど、そもそも人間を殺せる時点で出力としては充分なはずだ。ドワーフと戦うことを想定していないのなら銃の威力を上げる必要性があるとは思えない」
なるほど、魔導甲冑でなければ撃ち抜ける武器、人を殺せる兵器を更に強化する必要があるか?ということか。確かにリタの考えも正しいように思う。
「それはそうだ。しかし技術屋がそこで止まるとも思えん。
聞いたよ、リタ。君が開発した“虚肢剛腕”の話――」
「……あれは、貴女が、旧魔王領に行くというから特別に」
リタの言葉に笑みを浮かべるシルフィ。
「私が注文を出したのは3か月前だ。いくらお前でも無理だろう?
そんな短期間で、魔力で動く仮装四肢なんて造れるはずがない。
いったいいつから温めていた? その発想」
14年戦争を早期に切り上げたドワーフの国。
そこの技師が用意するには過剰な力だと。
そしてリタがそれを用意したように、帝国の技師も止まらないと。
「……14年戦争中、帝国との本格的な戦いに備えて」
「だろう? 奴らも同じさ。魔導甲冑破り、考えていない訳はない。
何ならジョンのインテグレイト、試してみたらどうだ?」
確かにインテグレイトは帝国における最新鋭の装備だろう。
司令がそこまで嘘をついていたとも思えないし。
「バラして中を見ても良いのか?」
「ダメだ。俺の武器がなくなる」
「……威力を試すだけか」
少し残念そうに呟くリタ。
帝国の装備はあまり手に入っていないんだろうな。
特に損傷が殆どないものは。
「とりあえずシルフィ、貴女の調整が終わったらにしよう」
「そうだね。このまま待ちぼうけは辛い」
そう黙々と作業を進めていくリタ。
どうも魔力を流して、鈍色の甲冑を少しずつ変形させているようだ。
身体のサイズは事前に伝えられていたが、本人を前にした最終調整は必要と。
「……羨ましいな」
考えたことが、そのまま言葉になってしまっていたと思う。
けれど、思ってしまったのだ。
シルフィのことを尊敬し、シルフィが認めるリタ。
そんなリタに、シルフィが求めた。彼女の発明した魔導甲冑を。
それ以上にない賞賛であり、技術を認めているということだろう。
……いつか、俺もそうなれるのだろうか。
彼女に与えられたものを返せる日が、来るのだろうか。