「さぁ、目を覚ませ。山犬ども。今日からお前らは騎士団配下だ」
「……本当に銃を抜かないとは。肝の据わった男だな」
すべての狼たちを殴り倒し、気絶させ、首輪をかけた甲冑の男が笑う。
「見ていれば分かったよ、俺の出る幕はないと。凄い鎧だな、本当に」
「――賞賛は素直に受け取ることにしている。
しかし、帝国人に褒められたのは初めてだ。恐れられたことはあるが」
虚肢剛腕、そう呼ばれた背中の腕が跡形もなく消える。
全くどういう構造をしているのか、魔導甲冑というものは。
「甲冑のテストをしているってことは優秀な軍人なのかな? アンタは」
「いや、私は鍛冶師だよ。これを造ったんだが、虚肢剛腕は初の挑戦でね」
「それで実験のために山犬が出るところまで来ていたと」
シルフィたちと入ってきた時とは別の洞窟が見える。
ここら辺を山犬たちは根城にしていたという訳か。
「その通りだ。それで客人はどうしてこんなところに?」
「……とりあえず、行けるところまで行こうと思って」
「行けるところまでか。なるほど、面白い奴だな」
甲冑を着込んだままゲラゲラと笑うドワーフ。
「建物や人が少なくなったところで限界だと思わなかったのか?」
「俺が歩いて行けるなら限界じゃない。少なくともああいう洞窟や壁がないと」
「ふむふむ、気質としては嫌いじゃないぞ。そういうの」
そう笑った男が指を鳴らす。
瞬間、彼が纏っていた甲冑が、まるで霧のように消えていく。
そしてようやく俺は彼の姿を見ることになる。
「――女の子、だと?」
驚きが素直な言葉になり過ぎた。言ってから後悔する。
失礼なことを言ってしまったんじゃないかと。
しかし、あれだけの全身を覆う重装備から女の子が出てくるなんて思うものか。
「ふふ、不躾だな、客人。
しかし気持ちは分からんでもない。よく言われることだ」
俺の半分くらいの背丈に、人間だとすればシルフィより5歳は幼く見える容姿。
燃えるようなオレンジ色の髪と瞳。
ひょっとすると、彼女はドワーフの神官なのだろうか。
「客人、お前の名前は?」
こちらから名前を聞こうと思ったのだが、先手を取られてしまった。
「ジョンだ」
「なるほど、ジョンか……ひょっとして異名は、勇者だったり?」
「――知っているのか? 俺のことを」
ジョンと勇者という名前を紐づけられる人間などそうそう居やしない。
あの剣聖でさえ知っているか怪しいだろう。
そして、それを確実に知っているとなれば思い当たるのは1人だけ。
「シルフィの知り合いか? アンタ」
「うん。リタと言えば分かるかい? 名前くらい聞いていると思うんだけど」
「……リタ・ローゼン・シュミットハンマーか」
こちらの言葉に頷くリタ。この幼げな少女が“魔導甲冑の母”と呼ばれる女。
いや、幼いと思うのは人間として捉えているからだ。
相手はドワーフ。それに100歳に近いと言っていたじゃないか、シルフィが。
「いかにも。よろしくね、ジョン。
手紙で知ってるよ、シルフィが相当に気に入っていると」
「そうなのか? 俺は、彼女には頼りっぱなしで……」
自信のなさが表れてしまった俺の言葉を聞いて、リタが肩を叩いてくる。
「記憶喪失で、帝国に洗脳されていたんだろう? なのにシルフィを庇った。
あの人が気に入るのも当然さ。無事に記憶が戻ると良いな」
リタの言葉に頷く。こうして気遣ってもらえるのは素直に嬉しい。
自分がシルフィにどう思われているのか、それを他人から聞けるのも。
「そういえばリタさん。シルフィが待ってる、アンタのことを」
「おお、それもそうだな。虚肢の実験も済んだ」
そう言って山犬たちにつないだ首輪のいくつかをこちらに渡してくるリタ。
「今からこいつらを騎士団に運ぶ。手伝ってくれるな?」
「それは良いが、こんな凶暴な奴ら大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。暴れ出したら手綱を強く握れ、魔力が流れて動きを止める」
はえ~、ドワーフはそんなものまで作れるのか。凄いな。
「さぁ、目を覚ませ。山犬ども。今日からお前らは騎士団配下だ」
リタに叩き起こされて“きゃいん”と泣き声を上げる山犬たち。
手綱を握っている方はともかく、俺の方まで目覚めるとは。
何か魔法を使っているんだろうか。
「この犬たち、何に使うんだ? 騎士団配下って」
「騎士団では犬を使うのさ。
大型は人間でいうところの馬のように乗れるし、小型でも使いようはある」
へぇ、戦いを仕込むって訳か。
確かにドワーフの小柄な体格では馬を使うってわけにもいかないもんな。
「野良犬たちに仕事と食事、住処を与える。
それが幸福かどうかは知らんが、駆除されて死ぬよりはマシだろう」
「仕事と食事か……」
役割と報酬を与える。それが居場所になる。
「どうした? 何か思うところでも?」
「いや、シルフィが俺を、護衛として雇ったのもそういうことなのかなって」
「なるほど。確かにそうかもな。ただ保護されるだけでは自立できない」
自立か……。
「雇われて仕事をしている。それだけで人と人は対等な関係になる。
君は記憶喪失だからシルフィは色々と助けてくれるだろうが、それも対等な関係の上になされること。そういう形にしたかったんだろうな、あの人は」
さすが子供のころからシルフィーナという女を知っている人だ。
彼女の言葉から、シルフィの影を感じる。
「長いんだな。あの人との付き合い」
「私は覚えていないけど、生まれてすぐの時からの付き合いらしい」
「祖父が戦友だったと」
こちらの言葉に頷くリタ。
「両親のこともよく見てくれていてね。
神官としての力に目覚めた私に色々と教えてくれた恩もある」
やはり彼女はドワーフの神官なのか。
「人間が光、エルフが水と聞いているが、ドワーフの神様って?」
「炎さ。火を司る神なんだ。だから金属の加工に長けている」
「炉を使うのに有利だからってことか」
リタが頷く。読みは当たったらしい。
「機械帝国の使うコンピュータというものは分からんが、金属加工と魔法の付与なら負けていない。だからこそ14年戦争に、我々ドワーフは1年しか参加しなかったのだ」
確かにコンピュータとかナノマシンとかは帝国の専売特許っぽいもんな。
「魔導甲冑が凄まじかったとは聞いている。
それにこの地形だ。帝国も攻めにくかったんだろう?」
「ああ、いくつか土地は失ったが、ここを落とすことはできなかった」
“だから魔導甲冑だけが、帝国を退けた要因じゃない”
そう、さらりと口にするリタから優秀さを感じた。
的確に状況を分析し、驕らない優秀さを――




