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「どうして14年戦争で姿を消した貴方が、帝国兵士なんてやってるんです?」

 ――事件の黒幕、オースティンは殺した。

 だが、魔族にされた人間が元に戻ることはない。

 あの男の言った通りだ。元に戻す方法はない。


「……クソ、思ってた以上に痛いな、これは」


 爪でやられた腹部が痛む。気を抜くとそのまま意識が飛びそうだ。

 とりあえず傷口を押さえつけての圧迫止血。

 ……さて、どうするべきだろうな。ここから。


「っ――ジョン、その傷は……」


 痛みで座り込んだ俺は、おそらく一瞬意識が飛んでいたと思う。

 それを呼び戻してくれたのは、聞き慣れた先生の声だった。


「よう、クロエ先生……無事だったか。倒したぜ、オースティンは……」

「――その話は後です。腕をどけて、早く!」


 自分だって目覚めたばかりで意識がもうろうとしているだろうに、凄いな。

 俺なら目覚めた直後に他人のために動くなんて、できない……。


「ッ……出血が酷い。ジョン、今から治癒を施します。深く息を吸って」

「あ、ああ……」


 先生に言われる通り、深く息を吸って、吐き出す。

 傷口に触れる彼女の手から熱が流れ込んでくるのが分かる。

 ――これが、治癒の力、神官の力か。


「随分と無茶をしたようですね、ジョン」

「……先生が治してくれるんじゃないかって、思ったからさ」

「そういうのは私を起こしてからやるものですよ。でも、無事で何より」


 傷口だった部分をクロエ先生が軽く叩く。

 けれど、傷みはない。完全に傷は塞がったのだ。

 流石は神官様ということだ。


「すみません。オースティンには完全に不意を突かれました。

 まさか、この教会病院の身辺調査がこんなにずさんだなんて。

 退職金を貰ったばかりですが、慰謝料も貰いたいくらいですよ」


 冗談を飛ばしているが、顔は全く笑っていない。

 内心ブチ切れているんだろうな、先生。

 こういうことで負けるの、本当に嫌いそうだし。


「それでオースティンはどこの回し者だったんですか?」

「……復権派、魔王の」

「なるほど、それで魔族がゴロゴロいるわけですか」


 周囲を見つめるクロエ先生。


「あの、私、意識がなかったのですが、おそらくあれですよね。

 洗脳術式をかけられたような」

「……そうだ。正直、めちゃくちゃ強かった」


 “それはすみませんでした”と謝る先生。

 彼女がしおらしくしているところは初めて見るもので少し可愛いと感じる。

 しかし、すぐに先生の表情は鋭利なものに変わった。


「――無事にほぼ制圧完了だね、勇者殿」


 大勢が決したところでウォーレス少佐がこちらに話しかけてきた時、クロエ先生の表情が変わったのだ。しかし、鋭利な表情を向けられている少佐殿の方は全く気付いていない。


「どうだい? 協力ついでにこのまま帝国まで来てくれないか? 

 悪いようにはしないよ。なるべく良い処遇になるように取り図ろうじゃないか」


 断ったらここから即刻“剣聖部隊”との戦闘になるだろうな。

 そうと分かっていながら、俺は気が気じゃなかった。

 クロエ先生が本当に壮絶な表情をしていたからだ。


「――兄さん」


 え……? 今、先生は兄さんと呼んだのか? ウォーレス少佐のことを。

 クロエ先生の兄さんって、行方不明になっているって話だったよな。

 彼女は、兄を探すために教会病院をやめたと。


「ウォルター兄さん……どうして」

「え? よく私の名前が分かったね。でも、私に妹はいないよ?」


 ウォルター・ウォーレスと言うのか。少佐のフルネームは。

 初めて知った。階級も異名も知っていたがフルネームは知らなかった。


「冗談はやめてくださいよ、兄さん。

 どうして14年戦争で姿を消した貴方が、帝国兵士なんてやってるんです?」


 スッと距離を詰めるクロエ先生。

 ――これ、黙ってみてるとダメなやつかもしれない。

 先生のことだから何をしでかすか分かったものじゃないぞ。


「ッ……えっと、君の言っていることが理解できないのだけれど」


 うっわ、やりやがった。

 クロエ先生の奴、ウォーレスに殴りかかったのだ。

 しかしそれを簡単に防ぐ少佐も少佐だな。流石は剣聖の名を持つ男だ。


「しらばっくれるのはやめろ。この護身術は父のものだ。

 皇国軍で教えている護身術なのに、どうして帝国兵が使える?」

「え……? あ、いや、なんでだろう……見よう見まねって奴かな?」


 ……マズいぞ、これは。ウォーレスが圧倒的な実力でクロエ先生をいなして終わりだと思っていたが、護身術として何を使うかを見極めるため、先生が敢えて防がせたのだとしたら、ここから本命をやるつもりだ。


「ッ――――?!」


 やりやがった……止める間もなかった。

 クロエ先生はウォーレスの頭を掴み、何かしらの術式を走らせた。


「っ……ハハ、粗暴なお嬢さんだ。帝国軍人を相手に悪戯はいけないよ」


 スッと先生の腕を捻り上げるウォーレス少佐。


「兄さん……ッ!!」

「だから言っているだろう? 私は君の兄ではないと」


 クロエ先生の顎を捻り上げて、彼女の眼を見て告げる少佐。

 そして、彼はスッと向き直った。戦い続ける部下を見つめた。


「む、まだ終わっていないのか。勇者殿、この借りは必ず返してもらうよ?」

「――ああ、しっかり債権回収に来るんだな」


 クロエ先生から逃げるように部下への加勢に向かう少佐。

 この隙に逃げるかな……シルフィの奴はどこに居るんだろうか。

 そう思いながら、立ち尽くすクロエ先生に声をかける。


「ちなみに先生、ウォーレスに何したんだ?」

「脳みそごとナノマシンをぶっ壊して、即治療する術式……」

「……それって俺に使わなかった奴だよな?」

「身内ですからね、多少は良いかなと――」


 ……本当に身内なんだろうか? 

 いや、確かに帝国が捕虜を洗脳しているって話は聞いたな。

 そもそも俺もそうである可能性が高いという見立てだ。


 しかし、相手は少佐だぞ、隊長だぞ、剣聖という異名だって持っている。

 そんな立場のある人間でさえ、洗脳した捕虜だというのか?

 普通に考えれば不自然極まりないが……。


「……おい、ジョン」


 なんだ? 思考通信か? シルフィの奴め、連絡が遅いんだよな。


(どうした? シルフィ、お前、今どこに?)

「――おい、ジョン。こっちだ」


 スッと袖口を掴まれ、身体が反射的にビクリと反応してしまう。

 そうした先、俺の背後にシルフィが立っていた。


「……あまり声を出すな。剣聖に気づかれる前に逃げるぞ」


 おー、なるほどな。

 確かにこれ以上長居すると剣聖たちとの戦いになる。


「ありがたい。よく入って来られたな?」

「ふふっ、私を誰だと思っている? 退路も確認済みだ、行くぞ」


 スタスタと走り出すシルフィについていく。

 幸いにも剣聖部隊には追われていないように見える。

 シルフィが何かしらの魔法を使っているのだろうかな。


「……む、どういうつもりだい? 神官さん」


 病院の裏口から外に出ようとしたまさにその時だった。

 いつの間にかついてきていたクロエ先生にシルフィが語り掛けたのは。


「――貴方たちの知る兄さんのことを教えてもらいたい」

「ふむ、ここで世間話という訳にはいかないが、良いかね?」

「構いません。別の街に逃げるんでしょう? それくらいは良いですよ」


 ほう、まさか先生がついてくるとはな。


「良いのかい? 先生」

「ええ。今の兄さん自身と話していても埒が明かないでしょう?」

「よし、じゃあついてきな。外は大惨事だからね、離れるんじゃないよ?」


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