『人間へと擬態しているが、実際には人間じゃない、それはオークだ』
『――ジョン、発火術式は私が破壊した。
それと仕掛け人を見抜いたぞ、人質に紛れている。逃げる前に捕えてくれ』
――シルフィからの思考通信。
その内容は、発火術式の破壊、魔術師の特定。
流石だ、流石はシルフィーナ・ブルームマリン。500年を生きる魔女。
『人質の中に紛れて、片足の医者がいるだろう? そいつだ。
人間へと擬態しているが、実際には人間じゃない、それはオークだ』
ッ……?! 片足の医者、オースティンじゃないか……!!
そう思った瞬間には、加速思考を発動していた。
驚いているのは時間の無駄だからだ。
俺が感情に支配されている時間は、現実を止めていた方が良い。
クロエ先生が操られていたのは魔族に押し切られたからだと思っていた。
20人近く居たのだ。たとえ神官といえど勝てるはずはない。
その結果、魔術師に支配されたのだと。
だが、違う。オースティンが黒幕だというのなら、不意打ちだ。
不意打ちで先生を洗脳し、コマにしたんだ。
なんたる外道――
「ッ……!!」
立ち上がり、オースティンの姿を探す。
加速思考を発動しながら、最小限度の時間で。
――奴め、本当に人質に紛れている。厄介極まりない。
(どうすればいい? シルフィ、あいつ、人質のど真ん中にいる)
『……奴は今、魔力障壁を展開していない。確実に紛れるためだろうな。
だから、気づかれる前に非殺傷のインテグレイトを撃ち込め』
――なるほど、極めてシンプルな答えだ。
そう思いながら加速思考を発動する。
こちらが気づいたことに気づけば、オースティンは必ず人質を取る。
ここまでに奴がやったことを思い出せ。
反帝国派に潜り込んで過剰な力を与えた。さらに彼らを魔族に変える仕掛けも。
更にクロエ先生を洗脳し、剣聖と俺に負けそうになったら人質を取り始めた。
教会病院に発火術式を仕掛けたのもこいつだ。そのために男が1人死んだ。
――許してはならない。決して許してはいけない悪だ。
誤射は許されない。一撃で決めなければいけない。
一切の間違いなく奴を撃ち抜くのだ。
「ハ――ァ」
加速思考を解除し、一度深く呼吸し、再び発動する。
次に解除した瞬間に狙いを定め、引き金を引く。
そこまでを、やるんだ。
「ァアアアア!!!!」
――違えずに、オースティンの背中を撃ち抜いた。
腐れ外道の背中を。それを見届けてからの加速思考。
次に俺がやるべき一手は決まっている。
「離れろ! この医者から離れるんだ!!」
離れていく人質たち。クロエ先生にかけていたような洗脳術式を無作為にかけていた可能性も考えたけれど、心配しすぎたようだ。
「――クソ、どうやって見抜いた!」
こちらの追撃を防ぎながら、片足の医者が立ち上がる。
魔力障壁を展開していることは間違いない。
そして、そうか。人間の姿まで捨てたか――
「……それがアンタの本当の姿という訳か。てっきり義足も嘘かと思ったが」
「フン、魔術師でも、欠損した足は治せないのさ」
――剣聖とその部下たちは魔族と戦い続けている。
決着は、俺が着けるしかないだろう。発火術式はシルフィが破壊した。
ならばこいつに解除させるべき術式は。
「魔族化した人間を元に戻す方法は?」
「そんなものはない」
「やはり、お前は仲間を怪物に変えて使い捨てるつもりだったと」
シルフィからの思考通信が入る。
『そうだとは思っていたが、やはり魔族化を解除する方法はないようだな。
――ジョン、非殺傷設定を解除しろ。
結果的に生かして捕えても構わないが、殺す気で行かないとやられる』
言われるまでもない。だが、いいきっかけだった。
術者を捕えなければいけないという前提を切り替えるには。
――インテグレイトの設定を変更する。
この男は殺す。加減はしない。
「……仲間などではない。分かっているんだろう? 俺はオークだ。
人間同士の争いなどに興味はない。
力を試すのにふさわしい連中だったから協力しただけのこと」
褐色の肌、額に生えた角、鋭利に伸びた牙。
確かに人間とは、異なる種族だと分かる。
「……実験は成功した。
俺はもう逃げ切れないだろうが、それでもこの成果は確実に引き継がれる」
やはり、そういうことか。
俺の手の内が見たいとの発言、離脱できるか怪しい状況下で情報を欲した態度。
そして、社長の病室で戦っていたあの男と行っていた情報交換。
……この男は、魔術師マルロは、仲間に情報を送っている。
「ッ、そしてこれが、俺の最期の魔法だ。刮目しろ、機械帝国の戦士よ。
所詮は踏み台に過ぎなかったが、最期くらい反帝国派のように戦ってやる」
魔術師の身体から膨大な魔力が溢れ出す。
苦し紛れにインテグレイトを放つが、あれほどの濃い魔力だ。
やはり打ち消されたか。
「――命を捧げます、我が魔王よ。貴方の未来を照らしてみせよう」
それが男の最期の言葉だった。彼自身が理性のない怪物へと堕ちたのだ。
失っていた足は再生し、その皮膚はまるで鎧のように硬化した。
理性のない真紅の瞳。もう、姿は完全に怪物、自らが堕とした連中と同じもの。
『まさか、ここまで魔王の技術を再現しているとは……』
(――殺せるのか?)
『不可能ではないが……』
充分だ。それだけ分かれば――
突っ込んできたオースティンの身体を蹴り飛ばし、距離を取りつつインテグレイトを振り下ろす。効果があるかどうか分からなかったから、回避しながらの一撃としたが、それは正解だった。
切断した皮膚が再生したのだ、ものの数秒で。
深く切れば死ぬのか、それとも再生力を上回るほどに切れば死ぬのか。
どちらにせよ、近づき過ぎれば致命的な反撃に遭うのは目に見えている。
「ッ――!!」
インテグレイトの弾丸では、浅く切ったのと同程度のダメージしか通らない。
さて、どうする? 距離を詰めて深く攻撃しなければ恐らく効果はない。
しかし、長時間の接近、刃を深く突き立てる動きをすれば必ず反撃されるぞ。
――迷いに対する答えを出すために発動した加速思考、止めた時の中。
ふと、クロエ先生の姿が浮かんだ。
拳銃を両腕で防ぎながら突進していった彼女の姿が。
……おおよそまともな戦い方ではない。だが、それでも。
「終わりにしてやる、オースティン……!!」
インテグレイト、その刃を構える。
刺突の構え、それは奴の右腕に防がれる――が、そんなことは関係ない。
こちらは殺傷設定、障壁も右腕も貫通し、光の刃は、胴体に届く。
「ァアア―――!!!!」
奴の左腕が俺の腹部を貫く。だが、刃は抜かない。
このまま、焼き切ってやる……!!
『おい、ジョン、正気か……!!』
(勝算のないことは、やらねえ……!!)
深く突き立てたインテグレイトを振り下ろし、そのまま奴の身体を切断する。
切断したことで、力の入らなくなった身体をさらにもう一度。
確実に、殺すために――
「――終わりだ、マルロ」