「いかにも私は魔王の信徒、復権派と言えば分かるかね?」
「部下の危機に命を張るのは、隊長の務めだよ、勇者殿」
教会病院の3階。燃える布を纏い、その中に飛び込んできた男。
真紅の戦闘服に俺と同じインテグレイト。
見間違えるはずもない。あの男だ、剣聖ウォーレス少佐が突っ込んできた。
「――勇者殿、非殺傷設定を解除するんだ」
反帝国派の人間は全員が魔族へと身を落とした。
もはや、当人たちの意志が残っているとも思えない。
そして発火術式の術者でもない。だから当然だ、少佐の言葉は。
「ァア――――ッ!!」
腕だけではない。全身が魔族へとなった怪物が3人。
狙うのは動く人間といったところだろうか。
倒れている護衛連中は無視して俺を狙ってきているものな。
――振り下ろされた右腕を切断する。
ッ、これが、非殺傷設定という枷から解き放たれたインテグレイトの力なのか。
なんて凄まじい力なのだろう。少し背筋が冷える。
「流石に3人相手じゃ苦戦するようだね? 勇者殿――」
ものの数秒で病室の社長を狙っていた奴を斬り捨てるとは。流石の腕前だ。
「……少佐。正直助かったよ、1人で相手にできる連中じゃなかった」
まさか腕を切断しても止まらない怪物だなんて。
痛みを感じていないのだろう。こいつらは死ぬまで戦い続ける。
こうして少佐と背中合わせになったから少し息が着けるが、そうでなかったらと思うと。
「しかし、魔術師は仲間を使い捨てにするつもりのようだね」
「ああ。まさかこれで元に戻るって話でもあるまい。文字通りの外道だ」
おそらくこのウォーレスという男であれば俺の怒りを理解してくれるだろう。
あの時、あの村にいたエルフの子供たちを助けたと言ったこの男ならば。
「――勇者殿、私が君に合わせる。好きに戦いたまえ」
「できるのかい? アンタなら」
「ああ、これでも一度斬り合った相手の癖は忘れないからね」
……ヤバイな、この男とまた戦うことになったら。
そう思いながら、囲んでいるうちの1人に斬りかかる。
3方を囲まれていたが、これで突破できた。
「ふむ、やはり首を切断すると死ぬか。細切れにする必要はないと」
「――本当に合わせてきたな、少佐」
俺が腕を切り落とした隙を突いて、そのまま首を撥ねたのだ。
よくもまぁ、こちらに刃を当てることなく正確に動いたと思う。
一度斬り合った相手の癖は忘れないという言葉に偽りなしというわけだ。
「――分かった。外でも同様の魔族化が起きているんだね」
少佐の言葉は恐らく思考通信への返答だろう。
「反帝国派が怪物になったか?」
「たぶんね。病院を占拠したメンバー以外にもってことらしい」
なんてえげつない真似を。
……おそらく大ホールにいた連中も同じなんだろうな。
死地に飛び込んだのは俺だと思っていたが、まさかこうなるとは。
「クロエ先生……」
――加速思考を発動し、現実世界の時を止める。
一刻も早く目の前の怪物どもを殺し、大ホールに向かわなければ取り返しのつかないことになる。縛り付けた反帝国派の連中が魔族に堕ちただけでも手が付けられないし、あの男が通信していた相手、魔術師マルロは恐らく大ホールにいる。
時間は無駄にできない。だから加速思考解除後は射撃で足を止める。
足を破壊できればあとは斬り殺すなり撃ち殺すなり好きにできる。
少佐殿が瞬殺してくれるかもしれない。
「ッ――!!」
銃口をわずかにズラしての早撃ち。
2人のうち1人は問題なく、床に倒れ込む。
「下がりたまえ、勇者殿――」
1人は狙いが浅かったのか、そのまま突っ込んできた。
それを前に少佐はインテグレイトを振るい、敵の身体を2つに分断する。
足を止めた1人についてもトドメを刺すのにそこまでの時間はかからなかった。
「少佐、俺は黒幕の魔術師がどこにいるのかに察しがついている」
「――ほう? どうして」
「ここに居た奴らの頭目は、俺の情報を得ていた。大ホールで戦った時のことを」
俺の言葉を聞いた少佐の表情がひきつるのが分かる。
「……人質が集められている場所だね」
「ああ、先に術者を殺せば安全になると思ってここに来たが」
「罠にかけられたか――」
――全力で走り出す。
目指すは大ホール。そこだ、そこに魔術師マルロがいる。
まんまと敵の罠に嵌められた。人質にされた人々が、クロエ先生の身が危ない!
「勇者殿、大ホールにいた敵の人数は?」
「20弱だ。見回りから戻ってきた奴がいれば数は増えてるかもしれない」
「――ははっ、少し骨が折れそうだね。そこに魔術師までついてくるんだろ?」
そうして辿り着いた先。魔族と化した反帝国派が待ち構えていた。
明らかに陣形を組んでいて、こちらを迎え撃つ気満々と言ったところだ。
さて、どう攻め込むべきか――
「――戻ってきたようですね、ジョナサン」
大ホールの入り口、扉の死角から覗いていたはずなのに気づかれた。
「そして、もう1人いますか。出てきてくださいよ。
こちらの拳銃に残弾はありませんから」
――加速思考を発動する。
なぜ、こちらが気づかれたのかに関しては魔法だろう。
近づくものがあれば探知するように仕掛けていたとしか思えない。
俺も少佐も音だけで気づかれるようなヘマはしていない。
そもそも百人単位の人間が集められた大ホールだ。音では気づけない。
では、次に魔族に身を堕とした反帝国派の連中。あいつらはなぜ暴れていない?
社長の病室に居た連中に比べて随分と統率が取れている。
こちらの突入を封じるための陣形、人質をいつでも殺せる位置に数名。
戦闘慣れした人間が指揮していなければ、ああはならない。
――やはり、この場に魔術師マルロが居るのは間違いない。
探知も統率も魔術師でなければできないことだ。
それでは、あれはなんだ? あの瞳の濁ったクロエ先生は。
髪の色まで真っ黒になって、特徴的なピンクゴールドはどうした?
いったい誰に操られている?
……これ以上は、時間を止めていても考える材料はない。
覚悟を決めて時間を進め、状況を見極めなければいけないか。
「――敵はどうやら、旧魔王系統の魔術師のようだね」
「待ってくれ。違うんだ、あの人は……」
少佐はクロエ先生のことを敵だと誤解している。
だが、それは有り得ない。俺には確信できる。
「――ほう、よく分かったな。帝国人。
いかにも私は魔王の信徒、復権派と言えば分かるかね?」