「おい、ウォーレス。思考通信を使えないか? ジョンと連絡を取りたい」
「――2班! 1班を回収しろ!!」
私だって闇雲に剣を振るっていたわけじゃない。
追い込んでいたのだ。シルフィーナを。
倒れている1班から少しでも遠ざけるように。そしてそれは今、完了した。
「へぇ……やるね、剣聖。ウォーレス少佐だったか」
「お褒めいただき光栄だ――そのまま投降してくれないか?」
「ハハッ、それはダメだな。ねじ伏せてみなよ。敵は女1人だぞ?」
アランからの思考通信が入る。
3班を増援に回すかどうかというものだ。
(不要だ、数を増やしても、ここじゃ勝てない)
『しかし逃がすというわけにも……』
(いや、撤退する。魔女のことだ、1班に何を仕掛けているか分からん)
そう伝えた直後だ。アランの思考が乱れたのを感じた。
(なんだ? 何かあったか?)
『――ええ、なんか騒ぎが……え? 教会病院が占拠された?』
アランが何を見ているのか、何を聞いているのかまでは分からない。
ただ、異常事態が起きたということだけが分かる。
「教会病院が、占拠……?」
無意識だった。私はアランから聞いた言葉を無意識に口走っていた。
そして、それが最大の間違いだった。
「――おい、ウォーレス。どういうことだ? 何があった?」
こちらの言葉を聞いた魔女が、私のインテグレイトを蹴り飛ばし、かつ胸倉を掴んでいた。今までのような回避に徹した戦い方じゃない。
というか、こいつ、いつでも私を無力化できたというのか……!!
「教会病院が、占拠されたと……」
「それは知ってる! 詳しく話せ! ジョンが居るんだぞ!!
お前らだって勇者の身体を回収したいんだろう? 違うか?!」
――どうして、この女はそれを知っているんだ。
確かに私たちに命じられているのは、勇者の身体の回収。
生きて連れ帰るのが最善だが、遺体でも必ず回収しろと言われている。
「――教会周辺に魔術式が仕掛けられているな」
そこから、なし崩しで魔女シルフと行動を共にすることになってしまった。
殆ど強引に押し切られたのだが、確かに彼女の言う通りなのだ。
ここで勇者にテロの被害者として死なれたら、遺体の回収は不可能に近い。
「はい。どうもここ最近活発だった“反帝国派”の行動のようですね」
「……ワックの前ではしゃいでいた連中だね?」
「全員が参加していたという訳ではなさそうですが、大半が同じ構成員だと」
アランめ、短期間で良く調べ上げたものだ。
「ふふっ、全ては攻めあぐねている皇国軍の受け売りです。
あいつらは落第ですね、情報が筒抜けだ。
この野次馬の中にテロリストが居ると考えてもいないように見える」
辛辣な評価だが、確かに野次馬に紛れているだけで問題なく教会病院を見ていられるというのは、対応としては下の下だろう。
「――俺は逃げるぞ! こっちだ!」
「ッ……やめろ!! 先に進むな。引き返せ!!」
隣に立つシルフィーナ殿が、静かにジョンと呟いたのが分かる。
勇者殿のことをジョンと呼んでいるのだろうな。
まさか燃えている方じゃあるまいし、止めようとした声の主が勇者殿か。
「……燃えましたね、隊長」
「術式は本物、ブラフじゃなかったという訳か」
皇国軍が攻め入らなかったことは褒めてやれるな。
それに行動も早い。既に陣が完成しているということは、先に読んでいたか。
まぁ、その割には実行犯を止められなかったのは手落ちだが。
「――ジョン、やはり戦うか。お前なら。
おい、ウォーレス。思考通信を使えないか? ジョンと連絡を取りたい」
「え……? ああ、考えてもいなかったね――」
試しに思考通信を発信する。受信可能なのは私の部下以外に1人。
しかし、なんだ? 随分とノイズが酷いというか、邪魔されているような。
「シルフィーナ殿」
「なんだ?」
「何者かに思考通信が阻害されているかと」
こちらの言葉に舌打ちするシルフィーナ殿。
そういえば、あの胡散臭い司令が言っていたな。
勇者殿との思考通信を遮断されてしまったと。
「貴女がやっているんですか? 思考通信の遮断」
「……そうだ」
「どうします?」
「――待ってくれ」
まったく勝手な女だ。他人に頼みごとをしておいて。
「結果的には1班が中にいなくて助かったかもしれませんね、隊長」
「……バカ、そんなこと言ったらシルフィーナ殿が」
静かに睨みつけているが、たぶんこのエルフは内心ブチ切れているはずだ。
「……反帝国派……あの、連中……殺す……」
いや、内心じゃない。本当にブチ切れている。
どうしたものかな。ここで勇者殿に死なれるのが最悪だというのは確かだ。
しかし、助けるにしたってどういう方法でやるべきか。
「――ジョン、マズい。それはマズい。
くそっ、おい、ウォーレス! 遮断を解除した。今すぐ思考通信を送れ!」
しばらく教会病院を睨みつけていたシルフィーナ殿が語り掛けてくる。
このエルフ、たぶん建物を透視してるんだよな。さすが魔法使い。
「はいはい。了解ですよ、お嬢様。内容は?」
「――魔術師を殺すな、だ! あいつ、非殺傷設定を解除しようとしてる!」
なるほど、あの発火術式を仕掛けた相手と対面しているのか。
流石は勇者殿。一方的に仕掛けられた環境下でよくぞ犯人まで辿り着いた。
(――非殺傷設定の解除はやめておいた方が良いぞ、勇者殿)
『どうしてアンタが……ウォーレス少佐――ッ!!』
(説明は後だ。今、君が相手にしているのは魔術師だろう?)
重ねて説明を施す。術者が死んだ場合に術式がどうなるか分からない現状において、術者の抹殺は危険だと。
『……アンタ、魔術への素養もあるのか?』
(いや、隣にアドバイザーが居てね。君の雇い主だ)
『――シルフィと? いったい何がどうなって……ッ?!』
なんとなく雇い主という言い回しを使ったが、正解だったか。
シルフィーナという女を見ていると、そうじゃないかと感じたのだ。
「ウォーレス、足元を狙うように伝えろ。敵は腕から胸にかけてを強化している」
そこからシルフィーナ殿のアドバイス通りに勇者殿に指示を伝えた。
「勇者殿は勝ったのかな?」
彼女の安堵したような表情を見ていたら分かった。
結構顔に出るエルフだな。伝説の魔女だというのに。
……しかし、ずっと建物の中を透視し続けているなんて。そこはやはり魔女か。
「うむ、とりあえず目の前の敵は倒したようだ」
(上出来だ、流石は勇者殿――)
『……司令の真似事はやめろ、ウォーレス』
へぇ、司令とのやり取りもこんな感じだったのかなんて思っていると、隣のシルフィーナ殿の表情が青ざめていくのが見て取れた。
「どうされた? シルフィーナ殿」
「……マズい。あれじゃなかった、もっと高度な魔術師だ、いや、これは」
教会病院へと駆け出そうとする彼女の腕を掴む。
「なんだ? ウォーレス!!」
「私が行く――」
「なに……?」
何か知らないが敵はもう一段階深い仕掛けをしていたように見える。
それを考えれば、彼女ほどの魔法使いを中に送り込むのは得策じゃない。
外からあの発火術式を解除でき得るのはシルフィーナ殿以外にいまい。
「アラン、突入後、必要な通信はお前から私に――」
「……正直あなたを止めたいのですが。隊長」
「聞かん。時間の無駄だ。部下を助けるのは私の役目だからね」
まぁ、別系統の人材だった勇者殿が部下かと言われると怪しいが、それでもたった今、私の指示で戦っていた男だ。それに危機が迫っているのならば捨て置くことはできない。
「――良いのか、ウォーレス。お前は私を信用できるのか」
「あなた以上の魔女がどこに居るんですか? シルフィーナ」
「……噂通りの男だな。分かった、大丈夫だ、必ずあの術式を突破してやる」
そう言ってシルフィーナ殿は、大きな布を取り出す。
さらにそこに水を生じさせ、魔法をかけた。
……流石は魔法使いだな。いったいどこから出したんだ?
「これを纏っていけ。場所は3階だ。そこに通じる階段も造る。
――マズい、魔族になるぞ、このままじゃ! 距離を取るように伝えろ!」
教会病院へと視線を戻したシルフィーナ殿が叫ぶ。
魔族になるだと? 人間が……? なんて危うい状況なんだ……!!
(ッ――勇者殿、今すぐ距離を取れ! 今すぐだ!)
思考通信で伝えつつ、シルフィーナ殿が風で階段を作るのを待つ。
しかし、とんでもないな、これが伝説の魔女の力か。
「この布は、術式を突破したら脱ぎ捨てろ。燃えるからな。
中にいた反帝国派は魔族と化している。オークどころじゃない」
「……殺す気で行かないとダメそうだね?」
こちらの言葉に頷くシルフィーナ殿。
「すまない。この術式を外から破壊できないか、考えてみる」
「ああ、よろしく頼むよ」
簡単に状況の説明を受けて、彼女の階段を駆け上る。
そして、ここを跨ぐと発火するという一線で私の足が止まった。
……ガラでもないな、恐怖しているのか。私は。
――つい先ほど、燃えて死んだ男の悲鳴と姿が思い浮かぶ。
そもそもこんな高いところに居る時点で落命の危険はあるというのに、今さら。
「……逃げろ社長!!」
勇者殿の悲鳴が聞こえた。思考通信ではない。閉じた窓の向こうからだ。
「待ってろ、今行く――!!」
そう叫んで、私は飛び込んだのだ。発火術式を越え、窓ガラスを叩き割って。