「ふふっ、無駄だよ。剣聖くん。私は君の遥か上にいる」
「部下の危機に命を張るのは、隊長の務めだよ、勇者殿」
なんて格好つけて言ってみたが、実際、死ぬかと思った。
適当な布を纏い、シルフィーナ殿に魔術をかけてもらっての強行突破。
無茶も無茶の大無茶だ。
そもそもが、勇者と魔女シルフを追うという任務だったのに、なぜこんなことになったのか。その始まりは少し前に遡る。
『――隊長、目標を発見しました。別れるようです』
川に飛び込んだ魔女と勇者を追いながらも手掛かりの無さに悩まされて数日。
捕らえられていたエルフの少年少女たちを助けた件の事情聴取を名目にして、そろそろ本部への撤退命令が出るかと思われたころ合いだった。交易都市アディンギルにシルフィーナと名乗るエルフが現れたという情報が入ってきたのは。
その情報を確認するためにアディンギルへと入り、しばらく。
ようやく彼らの存在を掴んだ。
わっくわくバーガー付近にいるのを見つけたのだ。
(1班は男を。2班は女を追え。まだ手を出すな、追うだけで良い)
まずは情報収集。ゆっくりと事を進めようと考えていた。
だが、そもそも私の見通しが甘かったのだ。
あの魔女シルフ相手に“ゆっくり”進めようなんて甘ったれにも程があった。
『――隊長』
(悪い知らせのようだね。遠慮なく話してくれ)
『女を、見失いました』
悪い知らせほど早く教えるように徹底していた。
そしてそれを糾弾しないように心掛けていた。
しかし、マズいな……見失ったとなると、どっちだ?
(気づかれたかい? それとも単純に人ごみに紛れただけ?)
『おそらく、勘づかれたかと。直感ですが』
――状況は既に最悪だったのだけれど、指揮官として私はもう一度ミスをした。
この瞬間に勇者殿を尾行させている1班を下がらせるべきだったんだ。
『た、隊長……魔女が、助けを呼べと、ひっ……ッ!!』
彼ら1班の位置情報は体内ナノマシンの相互通信で把握できる。
場所はこの交易都市に形成された高い建物に囲まれた影の中。
こちらが有する多人数であるという利点を潰せる狭く閉じた場所だ。
「――罠ですね、隊長」
「アラン……しかしだな、どう思う? 魔女は私の部下を殺すだろうか」
「どうでしょうか。残虐だという話は聞きませんが、皇帝暗殺を企てている人物」
副官のアランに確認してみたが、そうだよな。
相手は皇帝暗殺を企てている魔女だ。私の部下を殺してもおかしくない。
今、生かしているのはこちらを誘き出すための罠に使っているだけ。
「隊長、くれぐれも冷静な判断を。敵の指定した場所で戦うのは愚策ですよ」
「……ならば、そこに飛び込むのは私だけで充分だな。
アラン、いざという時の指揮を頼むぞ」
私の回答に副官は呆れたようだった。
「まぁ、そうですよね、隊長なら――分かりました。退路は死んでも確保します」
「いいや、必要に応じて君たちだけでも逃げろ。祖国に危機を伝えるのだ」
副官に全てを託し、魔女の指定した場所に向かう。
この高い建物の群れにできた閉所。
こういう場所を歩いていると、ここが“人間の国”だと忘れてしまう。
「――まるで帝国と同じ景色だ。戦争なんてしなくても帝国は全てを飲み込む」
前回、彼女と出会った時には会話らしい会話をしなかった。
だからこれが初めての会話、彼女から向けられた初めての言葉だ。
幾多の伝説を持つ魔女、シルフィーナ・ブルームマリンというエルフからの。
「不服かな? 貴女にとっては――」
「いいや、それ自体に不服はない。進んだ技術が伝播するのは当然だよ」
建物によって生じた影の中、水色の瞳がギロリと輝く。
それだけで気圧されそうになるが、そういうわけにはいかない。
1班の命が掛かっているのだ。
「それではなぜ、貴女は皇帝の命を狙うのかな――?」
会話を続けながら状況を確認する。
魔女シルフの周辺に1班の4人が倒れている。
この狭さだ。誤射の危険がある以上、非殺傷設定の解除はできない。
「伝播する技術の頂点にあいつが居続けるからだ。
技術の伝播に寄生するように、あいつの意志が伝播していく」
――いったい何を言っている? この魔女は、皇帝の何を知っている?
「すまない。君に話をしても仕方のないことだったな。
だが、その体内にナノマシンがあるのならば忘れないことだ」
「……いったい何を?」
作戦に従事する前に“魔女との会話には気をつけろ”と言われた理由が分かった気がする。この女の語る言葉には独特の重みがある。普通なら気にせずに無視するようなことなのに、その真意が気になってしまう。
「ナノマシンは例外なくその全てがあの皇帝のものだ。それを宿す人体も同じさ」
「――ふふっ、元より剣と共にこの身は陛下へと捧げているよ」
「そうかい。じゃあ、掛かってきなよ。部下を取り返したいんだろう?」
インテグレイトを引き抜く。
「ッ――?!」
こちらの一振りが全く届かなかった。目測を誤るはずがない。
まともな人間なら避けられる位置じゃなかった。
ましてや、振り抜いた私の腕の上に立つだと……どこまで舐めた真似を!
「ふふっ、無駄だよ。剣聖くん。私は君の遥か上にいる」
「ッ――シルフィーナ!!」
「そうだ、本気を出してみろ。剣聖の名前が本当かどうか試したい」
まるで水と戦っているみたいだった。
距離は常に至近。剣で戦うべき局面が続いた。
魔女があえてそうしたのだ。こちらの力量を見るために。
「おっと、危ない危ない」
一瞬、ほんの一瞬、届くかと思った。
このまま振り抜けば、魔女に刃が届く。そう確信していた。
だが、寸前で彼女は太陽光を屈折させて、こちらの眼を潰した。
「……鏡の魔法!」
「ふふ、流石だよ。私に魔法を使わせるとは。やはり君は剣聖だ。
けれど、分かっただろう? 私と君の実力差というものが」
……彼女に言われるまでもない。
剣聖と呼ばれた自信が木っ端みじんに打ち砕かれそうだ。
だが、それでも1つ、勝ちを拾った――
「――2班! 1班を回収しろ!!」