「私の治癒は最強です♪ 胸を貫かれたくらいじゃ死にません」
――診察室に入ってきた連中はインテグレイトで無力化した。
まだ命中の確認しかしていないから、確実とは言えない。
ここから倒れた連中の頭を蹴り飛ばし、必要に応じてもう一撃だ。
「……先生」
でも、俺は、クロエ先生の身体を離せずにいた。
……俺のせいだ。
俺が強引に診察の予約を入れてなければ、この人はもう退職していたのに。
加速思考なんていう力を持っておきながら、なぜ予測できなかった。
俺の方が扉に近ければ、対処の仕方だってあったのに。
こんな、こんなことって……。
「っ――貴方はお優しいのですね。ジョン」
俺の頬を、クロエ先生の指先が撫でる。
馬鹿な。胸を貫かれたはずなのに、なぜ……?
「ふふっ、アンデッドが目覚めたみたいな目で見ないでくださいよ。
私の治癒は最強です♪ 胸を貫かれたくらいじゃ死にません」
そう言いながら指を2本立てるクロエ先生。
「勝利のピースです。知りませんか?」
「ああ、初めて知った」
「ふふっ、記憶喪失というのは本当なんですね――」
俺の肩を借りながら立ち上がるクロエ先生。
「――貴方の腕前を見ると記憶喪失というのが嘘なのかと」
「いいや、これしか残ってないだけさ。後付けかもしれないし」
「……ほう。これは、殺していないんですか? 拳銃を使っていながら」
倒れている敵2人を観察し、彼らが死んでいないことを見抜く先生。
流石だな。触れてもいないのに分かるとは。
「光線銃を非殺傷設定で使った。まぁ、殺しても良かったかもしれんが」
「いえ、これで情報を引き出せます。ジョン。手伝ってもらえますよね?」
まず倒れている敵2人を念入りに縛り上げて、次に扉の前にベッドを置く。
簡易なバリケードということだ。
「こいつらが帰らなければ敵の増援が来ると思うので、その前に吐かせましょう」
2人を連れて移動することも考えたが、意識を失った人間2人を運ぶのは予想以上に困難だったからやめておいた。短期決戦の尋問になる。
手も足も縛っているから大丈夫だとは思うが、インテグレイトは抜いておこう。
「――始めます。ジョンは怖い顔してその拳銃を持っていてください」
そう言ったクロエ先生は、オレンジジュースを入れていたコップで水をすくう。
俺が頭を沈めていた水をすくい上げ、男の顔にぶちまけた。
「っ、な、なんだ……?」
「――目が覚めたようですね、テロリストさん?」
「なっ、お前は殺したはずだぞ……?!」
眼は本物と言っていた方の男。その瞳は確かに何か色がおかしい。
なんというか、白目が黒くなって黒目が赤くなっている。
「帝国よりも残虐な真似をする割には、帝国より知識はないようですね。
知りませんでしたか? 神官は殺しても死なない」
言いながら男の顔面を蹴り飛ばすクロエ。
その勢いはすさまじく、男の頬が裂けかけている。
女性用の先の尖った靴なのが効いたんだろうな。
「痛いですか?」
優しげな顔で男に尋ねる先生。
それに頷く男の傷を治癒の加護で治す。
……どうしてそんな真似を、と思ったがその理由はすぐに分かった。
「ひっ――!!」
今度は診察に使っていた万年筆を、男の鎖骨に突き立てたのだ。
「さて。これで状況はご理解いただけましたか? 神官を敵に回した意味が。
これから私はあなたに質問をします」
「な、なにを……」
男が口を開いた瞬間にもう一度万年筆を突き立てるクロエ。
「誰が発言を許しましたか?」
「わ、分かった……許して、許してくれ……」
「――それはあなたの態度次第。私が質問できる相手は2人いますからね」
そう言いながら男の傷口を撫でるクロエ先生。
……これで、掌握完了というわけか。
今後、なにがあっても、この人は敵に回さないようにしよう。
「――まず、あなた方は何者だ?」
「反帝国派アディンギル支部、俺の名前は……」
そこからは拷問らしい拷問をせずに男はペラペラと喋ってくれた。
所詮は素人、対拷問の訓練は受けていないように見える。
「……俺たちの目的は、入院中のワックグループ社長だ」
「病院そのものを占拠した理由は?」
「神官サマなら分かるだろ? あいつは護衛をつけている」
俺がクロエ先生ならここでもう一発殴っていたが、意外にも先生はそうしなかった。最初の拷問で恐怖を植え付けたから、自分の怒りで傷をつける必要はないということだろうか。
「――護衛があるから人質が必要だと?」
「ああ、皇国軍の基地も近い。対等に渡り合うためには必要だった。
だが俺たちだって無駄に人を殺すつもりはないんだぜ?」
湧いてくる怒りに身を任せ、インテグレイトの銃口を向けていた。
「――お前らのせいで男が1人、燃えて死んだぞ」
「それは俺たちの忠告を守らないから……」
「ハッ、おまえ言ったよな? 殺したはずだって、先生のことを」
あんな術式を仕掛ければ死人が出ることは目に見えている。
そして、こいつは明確にクロエ先生を殺すつもりだった。
「――ふふっ、帝国の兵士さんって怖いでしょう?
私よりよっぽど怖いですから、気を付けてくださいね」
クロエの視線が、俺に銃を下げろと告げていた。
……尋問の邪魔をしてしまったか。
「さて、話を分けましょうか。
教会病院から離れた人間を焼く術式、あれはなんです?
あなた方のようなお遊び連中が仕掛けられるものじゃないはずだ」
万年筆を喉元に突き付けながら問うクロエ先生。
……アンタの方がよほど怖いぜ。俺よりも。
「お遊びって……」
「ふん、遊びじゃないとでもいうつもりですか?
ハンバーガー屋でバカ騒ぎするような貴方たちが」
“帝国との戦争にも参加したことないでしょう? 貴方”
なぜ、先生にそれが見抜けたのか分からない。
ただ男は、クロエ先生の言葉に頷いた。
何か俺には気づかないようなことで見抜いたのだろうか。
「それで、誰だ? あんなものを仕掛けられるのは」
「……言えない、あの人は救世主だ」
男の首に万年筆を突き立てるクロエ先生。
そのままそれを引き抜き、男の頭を踏みつける。
「――その傷だ、癒さなければ助からない。
言ったはずですよ、私には聞く相手が2人いる。
無駄な時間を取らせないでもらいたい」
無慈悲に踏みつけ続けるクロエに男が悲鳴を上げる。
「お前の悲鳴なんて何の役にも立たない! 話すのか、話さないのか!
救世主とやらに恭順するというのなら手伝ってあげましょうか――?」
しゃがみこみ万年筆を突き付けるクロエ。それを押し込む直前だった。
男が話し始めたのは。
「――マルロ、マルロって魔法使いが、俺たちのところに来たんだ。
あいつも帝国に家族を殺されたからって、この眼も俺にくれた」
「……透視の眼だよな、それ」
俺の言葉に頷く男。なるほど、魔法使いから貰ったものか。
人間の魔法使いならば先生と同根なんだろうが、あまりに毛色が違うな。
神の力を独自発展させたものを魔法と呼ぶのなら違いは当然なのか……?
「この術式もマルロが仕掛けている」
「解除条件は?」
「あいつ自身が解除しない限り、解けないと……」
クロエ先生が男の傷を癒す。
「マルロというのは今どこに?」
「大ホールの方にいるはずだ、ワック社長のところに行っていなければ」
「なるほど。それでこの作戦に参加している人数は?」
30人は居ると聞いている。それが男の回答だった。
全容を聞かされていないといったところだろうか。
あのデモ隊の感じを見るとそこまで組織立っていないような気もするしな。
「――必要なことは聞き終えましたね。ジョナサン」
俺の視線を向けてくるクロエ先生。
ジョナサンというのは偽名だろうが、なるほど、インテグレイトを向けろと。
「ひっ……ま、待ってくれ」
「必要なことは聞き終えました、もう不要です」
「――待ってくれ! もう1人居るって聞いている!」
クロエ先生が冷徹な目を男に向ける。
「30人が31人になろうと何も変わりませんよ」
「違う、人質の中に紛れていると。だから不用意なことはするな、安心しろと」
「――誰だ? それは男か、女か、何者だ?」
男の胸倉を掴み上げ、クロエ先生が問いただす。
「知らない、知らないんだ、これ以上は何も知らない!!」
「――ジョナサン! もう1人に聞く、撃ち殺しなさい」
「本当に良いのかい? 先生――」
視線を読み解く上では別に非殺傷設定を解除しろという意味ではないらしい。
だから元々の設定のまま、男にインテグレイトを撃ち込んだ。
少し待ってやったんだけど、結局は何も話してくれなかったしな。
「……ふふっ、別に本当に殺しても良かったのに」
「必要のないことさ。それで先生、もう1人に聞くのか?」
「万全を期すのならば聞きたいんですが、そろそろ本当に増援が来るかと」
確かにその可能性は高いな。
「ジョン、あなたはどうします? 着替えて投降しますか?」
「いや、付き合うよ。先生。このクソッたれ反帝国派を潰しに行くんだろ?」
この2人を無力化して実力は分かった。
例のマルロという魔術師が不安要素ではあるが、それ以外は話にならない。
あの剣聖が率いた陽動部隊に比べて弱すぎる。
「ふふっ、悪いですね。病院の事情に巻き込んでしまって」
「元々、俺が強引に予約を入れていなければ、先生もここに居なかったんだろ?」
「――ええ。これもまた神の巡り合わせですね。力をお借りします、ジョン」