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『――繰り返す。この教会病院は我々“反帝国派”が占拠した』

『――この教会病院は、我々が占拠した! 

 抵抗は考えるな。大ホールに来い。

 10分を越えて隠れていた者、抵抗した者は容赦なく殺す!』


 謎の音が耳に入った瞬間に一度、占拠という言葉で一度。

 そこからも数度、思考を加速させた。

 まずは音の出所が何か探り、部屋上部に取り付けられた格子の向こうと分かった。


「ジョン! あれはただのスピーカーです、壊しても意味はありませんよ」

「ッ……すまない。なんとなくそんな気はしたんだが」


 引き抜いたインテグレイトを降ろす。

 ……ワックのような録音ではないのだろうが、音の発生源は別。

 ここではない。周囲に敵がいるかどうかは不明だ。


「先生……いったい何が起きたんだ、今の――」


 俺が彼女に問うた直後だ、再びあの音が聞こえてくる。


『――繰り返す。この教会病院は我々“反帝国派”が占拠した。

 外に出ようとは思うな。中にいるものは大ホールへ集まれ。

 10分後に掃討部隊を出す。そこまでに移動していない者は殺す』


 反帝国派……さっきのワック前でデモをやっていたのと同類か。

 しかし、占拠しただと? 掃討部隊だと?


「あちらさんが説明してくれた通りですね。

 ――反帝国派。最近増長しているのは知っていましたが、まさかここまでとは」

「ワック前で、はしゃいでいたような連中、だよな?」


 こちらの確認に頷くクロエ先生。


「恐らく同じ連中でしょうね。

 あいつらの奥に危険な連中が居るという噂は聞いたことがあります。

 しかし、まさかここを襲ってくるなんて。皇国軍基地も近いというのに」


 そう言ったクロエ先生はカーテンを開ける。

 窓を開き、外を伺う。


「……ここ2階だぜ、先生」

「この程度の高さなら治せる傷で済みます。一刻も早く事態を外に伝えたい」

「神官の治癒ってわけか」


 一瞬、良い選択かと思った。敵の言っていることがブラフの可能性は高いと。

 しかし、なんだろう。予感だ。

 嫌な予感がして、先生の腕を掴んだ。


「俺を置いていかないでくれ、先生」

「ジョンさん……じゃあ、一緒に行きますか?」

「いや、その前に――」


 ベッドに置いてあった枕を放り投げる。

 放物線を描き、教会病院の外壁からしばらく離れた時だ。

 放り投げた枕が燃え上がった。


「――やはり、外に出ようと思うなって言うのは、ブラフじゃねえ」

「ッ、こんな高等術式を使ってくるなんて……」

「神官が絡んでるってことか? 人間、だよな……?」


 こちらの言葉に頷く先生。


「それも魔法と呼ぶに相応しい実力者です。

 ……甘く考えていました。弓兵が伏せているくらいかと」


 この先生、弓兵に弓を喰らっても押し切るつもりだったのか。

 とんでもない女だな。


「――俺は逃げるぞ! こっちだ!」


 1階の病室から男が飛び出してくる。


「ッ……やめろ!! 先に進むな。引き返せ!!」


 そう叫んだ男は聞かずに飛び出していく。

 インテグレイトを構えるが、その時には“遅すぎた”。


「くそっ……!!」


 男の悲鳴が聞こえる。全身に炎が回り、その身体が焼け焦げていく。

 魔術式が発動したのだ。

 生物、非生物問わず教会から一定以上離れると発動するというわけか……ッ!


「――こんなこと、病院に、こんなものを、帝国だってこんな……」


 どうする、こんな状況で、どうすればいいんだ。

 ……司令、シルフィ……ッ!

 俺は指示がないと対処もできないのか……ッ!!


「――ジョン、奥に男性医師の着替えがあります。

 着替えて投降してください。今の服装では、ただ投降しても殺されるでしょう」

「先生は、どうするつもりだ……?」


 診察室から出ていこうとするクロエ先生の肩を掴む。

 今の彼女はとても冷静に見えない。このまま送り出してはいけない。

 現状への対処法をなにも思いついてはいなかったが、それだけは分かった。


「――神に代わって逆徒を討ちます。それが神官としての務めだ。

 奴らは反帝国派などと名乗っているが、よほどあれよりタチが悪い」


 教会病院で働いてきた者の誇り。帝国でさえ病院を狙わなかったという経験。

 彼女の怒りは分かる。だが、ここまで周到な敵だ。

 たった1人で勝てるはずがない。


「待ってくれ、俺も――」


 そう声をかけようとした瞬間だった。

 扉の前に立っていたクロエの背から刃が突き出てきたのは。


「――ッ!!」


 加速思考を発動する。

 脳の機能が増大し、思考だけが加速する。

 そして相対的に、現実はその時を止めた――


 立ち位置が最悪だった。敵は扉の向こうから刃を突き出しているのだ。

 俺はそれを見抜くことができなかった。クロエの胸が貫かれるまで。

 彼女の背中から刃が見えるまで、何も気づけなかった!


 ……おそらく敵は扉の向こう側から、こちらが見えている。

 そうでなければここまで正確に狙えるはずがない。

 これは扉の破壊ではない。そもそも診察室の扉に鍵など無いのだ。


 ――枕を投げ捨てたからか? あの男を呼び止めたから?

 敵はこちらに脅威があると見抜いて、扉の向こうから確実に1人殺しに来た。

 ならば、俺が構えればそれも同じように見通してくるだろう。


 それを敵に悟られては逃がす可能性がある。こちらが負ける可能性も。

 つまり、俺が取るべき行動はただひとつだ――


「先生……!? クロエ先生……!!」


 まるで何が起きたかなど分かっていないように、倒れた先生を抱える。

 そして、気付かれない程度に、扉から距離を取る。

 わずかに後ろを見て再び、思考を加速させる。


(――扉の向こうから追撃を仕掛けてくる気配なし、か)


 相手は突き刺した剣を引き抜いた。そして扉が開き始める。

 小刻みに加速思考を発動しながら3秒も経っていないような時間に、無限の思考を費やす。


(……クソ、まるで脳みそが燃えるみたいだ)


 ッ、あの野郎、クソ司令、加速思考の副作用を教えなかったな。

 いや、最初の実験台が俺ならば副作用を把握していない可能性もあるか。

 どちらだとしてもロクな話じゃないが――


「ハハッ、この眼は本物だ。厄介な神官を殺せたぜ?」

「帝国人もいるな。まとめて殺しておこうか」


 クロエ先生を抱きしめながら背後に回していたインテグレイトの引き金を引く。

 狙いを定めるには困難な姿勢だったが、加速思考を併用すれば問題ない。

 2発、ほぼ同時、僅かに銃身を傾けて射抜く。たったそれだけのことだった。


「ケッ、眼が本物だろうと、それが乗っかってる頭は本物じゃなかったようだな」


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